役立たずを探せ! 異世界追放遊戯譚
夢乃常世
やっぱり冒険者は卑怯なやつしかいないんだ(ルファ)
破滅というやつは、往々にして遊びに誘うような気軽さでやってくる。
「役立たずは誰か、はっきりしたな。皆、ルファを追放する運びでいいか?」
今、私は三人のメンバーに囲まれながら処遇を決めかけられている。
ここで追放されたら私の人生は終わるも同然。これが最後のチャンスなのに!
「そんな! 私が役立たずだという証拠はどこにあるんですか?!」
「ルファが回復魔法を切らしたせいでメンバーが死んだ。一人ならまだ弁明できるが、二人も死んだのはルファが役立たずだとしか考えられない」
「違います! あれは二人が手に負えない量のモンスターへ突っ込んだから死んだんです!」
「なら助けを呼べばよかったじゃないか」
「二人は回復が間に合わない量の攻撃を受けていました! あんなの自殺です!」
「あの程度をこなせないようじゃ、本当の意味で役立たずだと思うが?」
――残り三十秒。
まずい。時間が無い。焦った私は、言われた内容も吟味せず、勢い任せに反論を繰り出した。
「それとこれとは話が違うじゃないですか。今はこの場の話をしてるんですよ! 少しミスしただけで、なんで現実でも役立たずの烙印を押されなきゃいけないんですか?」
だが、役立たず認定されたくない一心の必死さが裏目だったようだ。
「今、現実でもって言ったか? なら今は役立たずって認めるんだな?」
「言葉のあやです! 関係ない話を持ち出して嵌めようとするなんて、この卑怯者!」
「ちょっと煽っただけでこれだ。女ってのはこうもヒステリックなものなのか?」
「煽らないと喋れないなんて、倫理観というものが欠けているんじゃないですか?」
私が責めると男は呆れたようにため息をつき、周囲の人間に問う。
「関係ない話を持ち出して煙に巻こうとしているのはどっちなんだか。いずれにせよ俺はルファを役立たずとして追放に一票いれる。皆はどうだ?」
私を追放しようと音頭を取っていた男に続き、他の人間も私の追放に賛同し始めた。
「そうだな。役立たずと思わしき人物はルファしかいない。そうでなければ――」
私を詰める周囲の声は、最早頭に入って来ない。この感情は諦めというのだろう。
――残り十秒。
処断の時間が迫っている。しかし私に追放を覆すような手だては思い浮かばなかった。
――三。
時は無慈悲に過ぎていくばかり。
――二。
私はどこで間違えてしまったのだろう。
――一。
思えば、このパーティーに参加したことがそもそもの間違いだったのかもしれない。
――投票時間が終了しました。ルファ:三票 コレド:一票
――ルファが追放されました。ルファは『役立たず』でした。
――役立たずが追放された為、パーティー陣営の勝利となります。
――あなたの負けです。残念でしたね。お疲れ様でした。
終わった。人生を賭けた博打だったのに。
「やっぱりルファが役立たずだったじゃないか。俺の読みは間違っていなかったな」
私をひたすら詰めて来たコレドという男が言う。
周囲は彼を流石だと持ち上げるが、私は彼を褒め称える気分になれなかった。
『追放遊戯』。
これは皆に親しまれた遊びだけど、私にとってはただの遊びじゃなかった。
今後の人生が詰まったお金を賭けていた。もう私の破滅は決まったようなものだ。
ただ、人殺しの罪に問われる事はない。これは競技用ダンジョンに潜って行われた事だから。
私が手にかけた二人も、現実では生きている。
魔法で生成された仮想ダンジョンを冒険しながら、役立たずを探し出して追放できるかどうかという遊び。
そして重要なのは、このゲームが賭け事の対象になっているということだ。
いわば遊戯賭博。
そして私は敗北した。この後は莫大な借金が待っている。
ダンジョンから現実に戻ると、外周から「金返せー!」と野次が聞こえた気がした。
遊戯に参加する以外にも、参加者の誰が勝つか賭けるという観戦賭博もある。
よく周りを見れば、今現在遊戯が終了しているのは私達の卓だけだ。周囲の人間はテーブルの上に突っ伏して、魔法製の本を抱いて眠っている。原理はよく知らないが、こうすることで意識だけが競技用の仮想ダンジョンに飛ばされるらしい。
他の卓が終わっていないということは、私に賭けていた人が叫んだと言うことで。
こちとら初めての追放遊戯なんだから、責任を追求されても困る。
いくら大穴だからって、初心者に賭ける方がどうかしていると思うのだ。
それで勝とうと思った私も大概だけど。
でも今すぐお金が必要になったから、大嫌いな追放遊戯に参加するしかなかったのだ。
同じ初心者同士なら、私でも勝てるだろうと思ってこのパーティーに入ったのに。
予定と違って、私は散々な負け方をした。
急に降って沸いた借金を返すために挑んだというのに、更に増えてしまっては元も子もない。
今の負けで手持ちのお金は殆ど尽きることになる。
本当にどうしたら……。
このままでは路上生活まっしぐら。だが、そうなるのは私だけじゃない。
あの子たちになんて説明すればいい?
住む場所がなくなるからこれからは路上で生活しますよ、って?
そんなの受け入れられるはずがないだろう。もう何もかも終わりだ。
絶望する私に、勝負を仕掛けてきた男が追い打ちをかける。
「さあ、早く賭け金を支払って貰おうか」
本当なら払いたくなんてないけど、ここは賭場だから仕方ない。
ルールに従って、大人しく賭け金を払う。
それでも、嫌なものは嫌だ。唇の端を噛み、あの子達への忸怩たる思いでいっぱいになりながら賭け金を手渡す。口の中に、つんとした鉄臭さが広がる。
これが敗北の味だと言うなら、二度と味わいたくない嫌なえぐみだ。
しばらくすると、パーティー陣営だったうちの一人が呟いた。
「足りないな」
「ちゃんと規定の金額は払っていますけど?」
負けても次の稼ぎが入るまでギリギリ生活できるような額を計算して賭けたから、足りないなんて事はないはずだけど。
すると、その男は無知な人間に教えてやっているという態度で、嫌味ったらしく言った。
「役立たず陣営が負けたら、パーティー陣営の取り分の少なさを補うために多めに払わなきゃいけないって知ってたか? 初心者のお姉ちゃんよ」
取り分の補填? 始める前に調べたけれど、聞いたことない。本当にあるなら致命的だ。
「そんな……正規の分だけでもギリギリなのに、更に払わなきゃいけないんですか!? 賭場のルールブックにそんなのどこにも書いてなかったのに!」
私は負けた悔しさと今後についての焦りから、思わず声を荒げてしまう。
「あぁ、プレイヤー同士の心づけみたいな文化だからな。知らなくても無理はない」
心づけなんて聞いてない。負けてもしばらく過ごせるようにお金を残しておいたのに。
これじゃあ今週を乗り切れるかも怪しくなってくる。
本当にどうしたら……大嫌いな冒険者相手に身売りするしかないのかな。なんでこんなに辛い思いをしなきゃいけないんだろう。いっそのこと全て置いて逃げてしまおうか。
「待ちなさい。そんなものは存在しないわよ。だから払わなくていいわ」
絶望して何もかも投げ出そうとしていた私に、横合いから声がかかった。
望外の助けの声に、ふっかけた男は不機嫌そうだ。
「あぁ? なんだぁ? 本人同士のやりとりなんだから関係ねぇ奴は引っ込んでろよ」
返ってきた言葉に、助けに入った少女は顔を顰める。
歳の頃は十代後半だろうか。追放遊戯の場にそぐわない様な雰囲気の、綺麗な銀髪の少女だ。
こんな場末の賭場よりも、華やかな貴族街にいる方が余程似合っている。
彼女は首を振って呆れ、遊戯内で私を詰めていたコレドという男と、今私に吹っ掛けていた男、更にもう一人私に殺された男を指先さしながら言った。
「流石、しょうもない事をやる奴は言う事も下劣ね。私、観戦賭博でこの卓を見ていたけど、貴方達イカサマをしたでしょう? 三人で一人をやりこめるなんて姑息な奴らよね」
イカサマって何? この人達不正行為してたの?
私は自分が不正行為をされたかもと知って、黙っていられなかった。
「イカサマって、私何かされていたんですか?」
「いわゆる通しってやつかしら。事前に合図を決めて、自分が役立たずか否か仲間に伝えていたのよ。消去法で誰が役立たずか分かっちゃうから、賭場では禁止されているの。それから、わざと役立たずと思しき人の近くにいて殺されるのを待っていたりもしたみたいね。もしそのまま殺されたら、近くにいた奴が役立たずだと仲間に教えるのも同然だからね」
そんなことされたら、勝てるわけがない!
私は憤りをぶつけるように男達へ向かって叫ぶ。
「卑怯な手段を使ったあげく、ありもしないルールをふっかけてむしり取ろうとしたんですか?! これだから冒険者なんて大嫌い!」
冒険者なんてこんな奴らばっかり!
借金の返済手段がこれくらいしか思いつかなかったにしても、彼らが好む追放遊戯なんてやるんじゃなかった。
やっぱり冒険者は卑怯な奴しかいないんだ。
「とはいえ勝ちは勝ちだからなぁ。賭け金はこのまま頂くことになるんだが」
なおも言いつのってくるコレドという男に、銀髪の少女は頑として譲らなかった。
「まだそんな事言ってるの? こんなの運営に通報したら一発で出入り禁止よ。当然試合も無効だわ。なんなら過去に事例があるし。巻き込まれた人達はおあいにくだけど、賭け金は返してあげることね」
その少女はパーティー陣営に渡った賭け金を奪い去ると、私に差し出してきた。
五人いるパーティー陣営のうち、イカサマに関わってない二人から文句があがるも、私としては願ったりかなったりだ。
役立たず陣営のもう一人もお金が返ってきて嬉しそうな顔をしていた。
獲物を狩る側だったコレドは、追い詰められる側となって文句を垂れる。
「クソッ! なんでそこまで知っている奴がこんな初心者帯の試合を見てるんだよ!」
コレドが憤慨する中、助けてくれたはずの銀髪の少女がおもむろに述べた。
「ところで、一つ提案があるの」
「なんだよ。さっさと通報でもなんでもすればいいじゃねぇか」
コレドが腐ったように言い放つも、銀髪の少女はどこ吹く風だ。
「ここは一つ、私も混ぜて再戦しない? さっきの十倍の賭け金でさ。勿論、通しは無しで」
何を言っているんだこの人!
助けてくれたと思ったら、とんでもない事を言い出した!
十倍なんて金額、既に借金を抱えている私に払える訳が無い。
「無理ですよ十倍なんて! 私は賭け金がありません!」
「あぁ。払えない人は私が無利子で担保してあげるから安心して。返すのはいつでもいいわ」
「そういう問題じゃなくてですね……!」
「じゃあどういう問題?」
住む場所がなくなるだけでも問題なのに、想定以上の借金なんて生活がままならなくなる。
こんな条件受けれっこない。
私はなんとかこの不条理な賭け金の勝負を阻止する為に、理屈で押し通そうとした。
「これは言わば貴方と三人の対決なんでしょう? ランダムで決まる配役なのに、三人組と貴方が一緒のチームになったらそもそも勝負として成立しないじゃないですか」
「この三人と私の勝負? 何か勘違いしているわね。私は不正な負けをした貴方達に、公平な機会を与えるだけ。別にこいつらから絞りとる為にやろうって訳じゃないの」
私は自分の意見が正しいと疑っていなかったが、どうやら銀髪の少女にとってはそうではなかったようだ。
助けの手を差し伸べてくれたから、てっきり三人組を懲らしめる為だと思っていたのに。
「そんなの、余計に払う金額多くなったら困るのは私達の方なんですけど!」
そうだそうだと三人組以外の参加者が私に賛同する。
すると、銀髪の少女は私たちを言いくるめにかかった。
「考えてみて? 追放遊戯を遊ぶのに、一回何分かかると思う? 時間をかけて十回やるより、一度に十回分賭けたほうが効率いいと思わない? 結局今後も追放遊戯を遊ぶなら、十回分の勝負を今やるのと、後々回数こなすのは何も変わらないと思うけど?」
少女の弁で何人か納得したけど、私は騙されない。彼女の弁には肝心な事が抜けている。
「詭弁です。初心者からすれば一回分の経験は、賭け金以上の価値があるんですよ。あなたの提案は、学ぶ機会を奪ってお金をむしり取ろうとしているようにしか聞こえないんです」
銀髪の少女が一瞬黙ったので説き伏せられたと思ったけれど、彼女は怪しく笑って宣った。
「そうね。確かにその通りだわ。私はあなた達になら勝つ自信がある。裏を返せば、味方になった人間を勝たせられるとも言えるの。そしてゲームの性質上パーティー陣営が多くなるから、私がそちらに所属する確率も高い。今この場にいるのは私も含めて八人。つまり私がパーティー陣営に配属されたら、五人が得するということよ。私の勝ち鞍に乗りたい人は賛同するといいわ。自分が四分の一で役立たず陣営になる不運な人間だと思い込んでいる人以外はね」
その言葉に、周りはすっかり乗り気になって参加を申し出ている。
え? もしかして参加したくないのは私だけなの?
この人が役立たず陣営に配属される可能性もあるのに?
ましてや必ず勝つかも分からないのに?
仮にこの人の言う通りだとして、彼女が役立たず陣営に所属したら六人が負けることになるんだけど、誰も気がついてないのかな。
その事を問うてみようとしたが、皆は既に賭け金十倍の勝負で勝った気になっていて、話しかけようとしても聞いちゃくれない。
どうやらここに私の味方はいないようだ。
気がつけば私以外は参加側に回っていた。
乗り気でない私に、銀髪の少女が問うてくる。
「あなたはどうするの? 追放遊戯に参加するってことはお金が欲しい理由があると思うのだけど、それは一時の感情でふいにできてしまうほど軽い理由なの?」
そうだ。ここで逃げる事はできるけど、それは初めの状況に戻るだけだ。私にだって、嫌いな追放遊戯に参加してまでお金が欲しい理由がある。
こうなったらもう、勝つしかない。
「分かりましたよ。乗ればいいんでしょう!」
賭け金が増えたと言っても、勝てばいいだけの話だ。
なにより、今のままじゃ借金返済には足りていない。だから追放遊戯に参加したんだもの。
考えようによっては渡りに船かもしれなかった。
もしかしたら泥船かもしれないけれど、もう乗るしか手段は残されていないのだ。
私は覚悟を決めて、勝負に踏み出した。
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