第2話

「う……ん……ん?」


 目が覚めた。パッチリと。気分は悪いが、体の調子はすこぶる好調だ。胸を刺されて死ぬ夢を見た。リアリティのある夢だった。何の気無しに胸を触ると、ふにゅりと柔らかい感触。


「……」


 周りを見れば、草やら何やらが吊り下がっている。知らない部屋だ。


「ん、起きたか」


 声のする方を見れば、一人の女が毒々しい色の液体が入った瓶を振っていた。外見はまさに魔女に相応しい様相だが、絵本などに出て来る魔女と違って若く、それでいて不健康そうな顔だった。


「実験は成功だ。

 君、名前は?」

「え?あ、御霊江……御霊江、ロゼです…けど……」


 答えると声が実に幼い。喉に手を当てると其処には喉仏は無かった。


「みたまえ?ああ、知ってるぞ。

 冒険者共が噂してた腕の良いフリーのなんでも屋か。愛銃は高そうなマークスマンライフルと聞いたが……まぁ、私が見つけた時は無かったな。

 なんだ、追い剥ぎにでもあったか」


 女は一人納得した様子で頷いていた。状況は嫌な方に納得していく。しかし、死んだと言うなら何故生きている?


「僕はどうなったので?」

「言うよりも見て貰う方が早いだろう」


 女はそう言うと埃よけの布を被せた姿見を持って来ると、その布を取る。長年使っていないのが分かるホコリの量だ。思わず咳き込み、女も咳き込んだ。何故、アホの様に大仰に剥ぎ取ったんだ?

 女を睨みつつ、すくんだ鏡を見る。そこには1人の美少女が写っていた。


「うわ……マジか」


 薄々感じてたが、やはりそうだった。


「これは……中々に…うん」


 顔やら腕やらをペタペタ触り、現実とそのギャップを埋める。いや、埋まらないが冷静さを取り戻そう。

 胸を刺されたがその傷跡はなく、顔は自分の面影もない。全く別人の身体だ。


「取り敢えず、貴女が助けてくれたんですか?」


 状況の整理だ。


「まぁ、そうっちゃぁそうだな、うん。

 正直新しい術思い付いて試したかった所にお前と言う死にかけと偶々手に入れた新鮮な死体があったからやってみた」


 なんと言う……


「感謝すべきか怒るべきか……

 いや、此処は万事上手く行っているようなので感謝しておこうと思います。命を永らえてくださりありがとう御座います」


 この女を殴ったとして、何も生まない。なら、少しでも友好的に行こう。打算的だが、それが現実的だ。


「ハッハッハッ!

 頭オカシイやつだなお前。勝手に実験台にされて怒るやつは沢山いたが感謝されたの初めてだ」


 キョトンとした顔をしたと思ったら腹を抱えて笑い出す。


「やっぱり胸倉掴んでおいた方が良いですか?」


 拳を固めると女は慌てて首を振る。


「止めろ止めろ。

 お前のその身体はただの人間の身体じゃないんだ」


 もう一度姿見を見る。今度はじっくり。耳は尖り、目は紅い。口を開くと犬歯が長く尖って出ていた。


「この身体は……吸血鬼?」


 外見的特徴だと吸血鬼だ。


「いや、物好きの吸血鬼が使用人だか奴隷エルフに子供を産ませたのがその身体らしい」


 故に耳が吸血鬼よりも長いのか。しかし、のエルフよりは短い。


「死因は?」

「知らん。

 病気か毒か呪いか、少なくとも体はキレイだったぞ。魂が無かったからお前の魂を入れただけだ」


 複雑すぎる背景の死体だな……

 病死よりも呪いの線がありそうだ。


「それより、僕を殺した奴等を知らないかい?」

「さぁ?

 ただお前の銃を欲しがっている奴は何人か知ってるぞ」

「良ければ教えてほしい」

「確か、金剛組のトコの大幹部。名前は……何だったかな?ナスだかキュウリだかって奴だ」


 金剛組、鬼族が中心となって立ち上げた軍事企業だった筈だ。

 そこの大幹部とはつまり組長又は社長たるウエスギに意見出来、ウエスギの次に高い権限を持つ鬼族達だ。

 十数名おり、その中でも特にタケダ、ナス、ナガオ、サナダの4人はウエスギの幼馴染らしくこの4人は大概一緒に写真に写ってる。

 金剛組かぁ……彼処は話通じるけど……金剛組なぁ……


「他には?」

「ドルエンだな。銃マニアのデブ」

「彼奴か〜」


 よく売ってくれと頼みに来てた。人間のデブ。


「他は分かります?」

「ガンスリンガー」


 あ〜……


「彼は違う」

「ほう?」

「彼はそう言う卑怯な事は絶対にしない」

「何故言い切れる?」


 女はニヤリと笑うと僕を見る。


「貴女は彼に会った事は?」

「あるとも」

「なら分かるはずだ。

 彼はああ言う卑怯な事はしない。するとしても正面から堂々と来る」

「随分と信用するのだな」


 女は呆れた様子だった。


「当たり前だ。

 彼はリボルバー2丁とたまに使うライフルやショットガンで何でも屋をやっているんだ。僕みたいな冒険者とは違い仕事を斡旋してくれたり身分や実力を保証してくれる物がない世界に身をおいて、名のしれた冒険者達よりも腕も信用も売上も上なんだよ」


 一度だけ彼と話したことが有るが、彼は人間が出来てるし自身の仕事を十分に理解している。そして、その名に相応しい力量と謙遜を持った紳士だ。


「そうか。

 まぁ、お前がそう言うならそうなんだろう。他にはガンスリンガーの弟子のなんだったか?」

「マリーちゃんですか?

 彼女も僕と同じ役職ですからね。でも、彼女の銃は僕の使ってた奴よりも高性能な奴ですね。

 エマさんが造った銃なので」


 エマさんはエルフとドワーフのハーフで有名なガンスミスだ。僕の持っていた銃を使ったガンスミスの一番弟子でもある。


「ふーん。

 後はガンスリンガーの嫁さんだ」

「ギレーナ・ベルナドット」


 ギレーナ傭兵団と言う獣人中心に作られた傭兵団を組織してる。金剛組と違って大企業ではないがその実力は高い。嫁さんと言うが押掛女房をしているらしく、ガンスリンガーは辟易しているそうだ。


「私が知っているのはそれぐらいだ」

「なるほど、ありがとうございます。

 それで、迷惑ついでに僕の服とか装備とかありませんか?」

「おお、忘れてた。

 有るぞ。ちょっと待ってろ」


 女はそうだったそうだったと部屋を出ていくと見慣れた装備と見知らぬ服を持ってきた。


「迷わず銃を手に取るか」


 ホルスターに収まる拳銃を引き抜くと苦笑された。


「命の次に大事なものですからね」


 口径は9mm。セミオートチックで装弾数は15発。スライドは強化マグナス鋼でフレームも同様。軽くて丈夫。グリップにはナムラ皮を使って衝撃吸収率がゴムよりも高い。

 銃口には逆ネジを切ってサプレッサーを取付可能にしており、ホルスターに二本付けてる。これも取られてない。

 弾倉は予備2本に銃本体に1本。これも無事。何ならライフルの予備弾も無事で、お金も手が付けてない。本当にライフル狙いだったらしい。

 この拳銃、ベレッタの92という奴をモデルにしておりライフルに比べたら確かに安いが、それでも中々に値が張る一品だ。もちろん、ライフルに比べたら、銃床どころか機関部の撃針より少し高いかも、レベルではあるが。


「何もイジってはおらんよ。分からないからね」

「試し撃ちしても?」

「外にある木にでも撃ってくれ」

「それと、この服は?」


 装具の隣に置かれた見知らぬ服を広げる。一応着ていたズボンはあったが上は可愛らしい猫耳付きのパーカーときわどい下着だ。


「お前の上着はお前の血で真っ赤だったから捨てた。代わりに私の知り合いが置いていった物をやる。

 私には入らない」


 僕の身体はどちらかと言えば子供で、女は大人だ。サイズでは僕の方が着れるだろう。

 きわどい下着は紐で止めるのでフリーサイズだ。胸はほんの少ししか無いので女に介助してもらわずとも着れた。

 下着姿を姿見で見れば変態に受けそうな少女が一人無表情に立っている。笑えば可愛いだろう……まぁ、僕なのだが。

 僕の履いていたズボンはかなり大きく、裾を何度も折り曲げて大き過ぎる靴に無理矢理押し込んだ。

 ベルトはキツキツにしてなんとか留めれたので良しとする。


「装具はデカすぎるな……まぁ、良いか。

 今後の成長に期待しよう」


 一番小さくしてもまだ大きい。

 拳銃をホルスターに入れて外に出る。其処は何処かの森だった。


「森?」

「ああ、此処はシュトロンの迷いの森だ」


 僕が襲われた森じゃねーか。


「其処の一角さ。

 森から出る際は言ってくれ。迷いの呪いがあるから上級の魔術師か魔女じゃないと抜けれない」

「了解」


 拳銃を引き抜き、50メートル程先にある木に狙いを澄ませる。

 この細腕にしては拳銃は軽い。流石亜人の身体だ。筋力は見掛けよりもあるようだ。ただ、握把が太過ぎる。手が小さいからしょうが無いのだが。

 試しに撃ってみるが、狙い通り木に当たる。まぁ、当たるのだが確り握れていないので、反動で抜けそうになる。やれやれ。連射をしてみると案の定、2発目以降は大きく外れて着弾する。すっぽ抜けそうになったのを無理矢理押さえたからだ。


「確かに触ってないようですね。

 帰ります。外に案内して下さい」

「構わんがそろそろ日が沈む。

 明日朝に出発しよう」


 女はそう言うと家に戻ってしまった。ふむ。あの女は魔女ないしは錬金術師だな。

 家に戻り、女に進められるがまま着席する。

 すると箒に簡素な木の腕が取り付けた物が料理の乗った皿を片手にやってくる。


「貴女は魔女なので?」

「如何にも。まぁ、錬金術も齧っているがね。

 自在箒の魔女と言えば少しは分かるのではないかな?」


 聞いたことがあるぞ。


「箒を自由に扱う変な魔女って噂は聞いたことありますけど……」

「間違ってはいないが、変な魔女とは失礼な。

 だがまぁ、確かに私は将来的に箒に人間の様に思考し自立して動かせる研究をしているがね」


 その一環に君を助けたんだよと告白されてどんな顔をして良いのか分からなかった。

 下手したら僕は箒になっていのかも知れない。

 台所で作業をしていた箒が持ってきたのはシチューだ。


「箒が作ったので?」

「ああ。

 作り方を教えれば後はやってくれるからね」


 箒が料理を作るのか……


「衛生面は大丈夫なので?」

「えーせーめん?」

「何でもない」


 魔女とはそう言う性格なのだ。


「まぁ、食べ給えよ」


 一口食べると普通に美味しい。


「普通に美味しくてビックリですね」

「そうだろうそうだろう。

 宮廷料理人のレシピを入れたのだ」


 他にも、と箒の説明をされた。僕はその間シチューを食べる。箒にパンやらワインやらを世話されながら箒の魔女の話を聞き流す。

 あんまり興味ない。魔術は苦手だ。

 それから夕飯を食べ終え、シャワーを借りて一晩過ごす。魔女は普通に夜通し何かの研究していた。

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