第36話 今度こそ僕は間違えない~クリス視点~

 “私を裏切り、イザベル様を信じたあなた様とは、今後ともに生きていく事など出来ませんわ。私はお兄様のいる、イライザ王国で暮します。さようなら”


 “待ってくれ、リリアナ。僕は今度こそ君を守る。だからどうか…”


 “あの時私の言う事を全く聞いて下さらなかったあなた様を、どうしたら信じられるとお思いですの?私の事を思うなら、もう関わらないで下さい。私はもう、誰からも信じてもらえず、毒を飲んで死ぬなんて御免ですわ”


 クルリと後ろを向いたリリアナが、スタスタと歩いていく。必死に追いかけようとするが、なぜか足が動かないのだ。


 “リリアナ、行かないでくれ。頼む、リリアナ”


 その瞬間、ぱちりと目が覚めた。またあの夢か…


 貴族学院の入学が近づくにつれ、毎日の様に見る夢。1度目の生の記憶を取り戻したリリアナが、僕を軽蔑し去っていくのだ。


 僕がした事を考えれば、当然と言えば当然だ。でも僕は…もう後戻りできない程、リリアナを愛してしまっている。


 いいや…愛しているのなら、万が一リリアナの記憶が戻った時は、大人しく身を引くべきなのだろう。でも僕は、身を引く事なんて出来ない程、リリアナに執着しているのだ。もうリリアナなしでは、生きていけないのだ。


 それに何よりも、僕の手でリリアナを幸せにしたい。


「殿下、おはようございます…て、凄い汗ですね。また悪い夢でも見られたのですか?すぐに湯あみを」


 僕の尋常ではない汗を見た使用人が、すぐに湯あみをさせてくれた。いよいよ明日は、貴族学院入学式だ。そして明日、あの女、イザベル・ルミリオンが姿を現す日。


 あの女、今思えばとても貴族令嬢とは思えない程、常識知らずでとんでもない女だった。それなのに、そんな女に僕は…


 自分が情けなくて、ついソファに座り込み、ため息をついた。今度こそ僕は絶対に間違わない。朝食後、僕は剣の稽古に汗を流した。


 リリアナを僕の手で守れる様、もっともっと強くなりたい。そんな気持ちが溢れ出す。


 午後は公務をこなした後、再び剣の稽古に精を出す。今日はそれぞれ別々に過ごすことになっている為、リリアナは王宮には来ない。1日リリアナに会わないだけなのに、既に会いたくてたまらない。


 リリアナ、何をしているかな?


 考える事と言えば、リリアナの事ばかり。


「クリス、随分と張り切って剣の稽古をしているのだな。明日は貴族学院の入学式だぞ。その辺にしておいたらどうだ?」


 僕の元に現れたのは、幼馴染で1度目の生の時、僕が絶大な信頼を寄せていたマーデンだ。こいつの嘘で、僕はすっかりイザベルの言う事を信じてしまった。


 もちろん今回の生では、信用している訳がない。ただ、それでも僕は、こいつを傍に置いている。こいつを傍に置く事で、イザベルの動きを把握するためだ。もちろん僕を裏切った時点で、イザベル同様こいつも地獄に叩き落してやるつもりだ。


 女に溺れ、僕を裏切ったこいつを、僕は絶対に許さない。


 とはいえ…こんな愚かな男を信じていた1度目の生の僕も、大概愚か者だったが…


「そうだね、稽古はこれくらいにして、僕は部屋に戻るよ。マーデンも明日は入学式だろう?そろそろ屋敷に戻ったらどうだい?」


「そうだな、俺も帰るよ。それじゃあ、また明日」


「ああ、また明日」


 マーデンと別れ、湯あみを済ませた。


「殿下、明日着る予定の制服の最終チェックを行いたいので、ご試着お願いします」


「最終チェックなら、昨日もしただろう?」


「最後にもう一度チェックしたいのです。さあ、お着替えを」


 使用人に制服に着替えさせられた。ふと鏡に映る制服姿の自分を見つめた。


 僕はこの制服を着て、リリアナに酷い暴言を吐いたのだな。リリアナは身に覚えのない事で僕に怒鳴られ、どんな気持ちだったのだろう。


 リリアナの悲しそうな顔が脳裏に浮かび、胸が締め付けられそうになる。


「すまないが、すぐに着替えさせてくれ。それから、今からちょっと出かけてくる」


「今からお出かけですか?ですが…」


「すまない、すぐに戻るから」


 会いたい、今すぐリリアナに会いたい!無性にリリアナに会いたくてたまらなくて、馬車に飛び乗り、リリアナの家を目指した。


 急に来た僕を快く夫人が屋敷に入れてくれた。しばらくすると、制服姿のリリアナがやって来たのだ。


 その姿を見た瞬間、1度目の生の時の記憶が一気に蘇る。あんなに明るかったリリアナが、いつの間にか俯き、辛そうな顔で学院に通っていた。本来なら僕が寄り添わないと行けなかったのに、あろう事か僕は…


 そして最後は、ガリガリにやつれ、全てに絶望し死んでいったリリアナ。


 僕のせいでリリアナは…


 ごめん、リリアナ。本当にごめんなさい。謝ってする問題ではないのは分かっている。


 でも、僕は…


 一気に感情が溢れ出し、リリアナの前で泣いてしまった。そんな僕に、優しくハンカチを渡してくれるリリアナ。


 こんなにも優しい子を、僕は…


 今度こそ、絶対に僕は間違えない。僕の手で、リリアナを守って見せる。だからどうか、僕の傍にいて欲しい。


 そう何度も何度も、心の中で呟いたのだった。


 ※次回、リリアナ視点に戻ります。

 よろしくお願いします。

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