第38話管弦の宴~準備~ 壱

藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみも内裏に戻ったことだ。どうだろう、管弦の宴を開こうと思うのだが?」


 帝の言葉に、いちもにもなく賛同したのは、三位の中将だった。


「それは良い考えと存じます!」


 いきなりのことに、驚く公卿たちであったが、帝の提案に異論を唱える者はいない。


「では、早速準備に取りかかろう。日は、二十日後とする」

「かしこまりました」

藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみに琵琶の独演をお願いしよう。三位の中将が絶賛していたからな」

「それは楽しみです」

「管弦の宴は、女御や更衣たちにも参加してもらおう」

「女御さまや更衣さまもですか?」

「ああ。藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみだけ弾かせるのは贔屓に他ならない。他の妃は蔑ろにされていると感じるだろう?」

「確かに。それもそうですね」


 公卿たちは一斉に頷く。


「では、皆の者。宴の支度を頼む」

「かしこまりました」


 こうして、内裏は慌ただしく動き始めたのだった。





 





 管弦の宴が開かれることを後宮に知れ渡ると、当然というべきか、宣耀殿女御は意気揚々と宣言した。


主上おかみに私の演奏を聴いていただける絶好の機会だわ!」


 華やかに口元を扇で隠しているものの、目元がウットリと潤んでご機嫌であることを表していた。


「女御さまが演奏なされば他者など霞んでしまいますわ」

「そうですとも。女御さまの演奏は格別でございますもの」

主上おかみもお喜びになるでしょう」


 女房たちも口々に宣耀殿女御せんようでんのにょうごを褒め称える。

 尚侍が現れてから、宣耀殿女御せんようでんのにょうごは機嫌の悪い日が続いていた。

 主上おかみの寵愛が尚侍に向いているのは明らかで、尚侍のいる藤壺にはあまり近づかない方がいいと、女房たちは判断していた。

 そのため、宣耀殿女御せんようでんのにょうごは尚侍が不在の今も、藤壺付近を訪れることはない。

 まぁ、藤壺と宣耀殿はかなり距離がある。

 そう簡単に訪れることはできないが、バイタリティー溢れる女御のこと、藤壺に怒鳴り込みに行かないとも限らない。

 だからこそ、女御が上機嫌でいることは、女房たちにとっても喜ばしいことだった。



(これで主上おかみは私を見てくださるわ)


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの狙いはただ一つ、帝の寵愛を得ること。

 そのためには、尚侍をどうにかしなければならない。

 しかし、尚侍のいる藤壺に女御が近づこうとすると何かと邪魔が入るのだ。

 何故かは、わからない。


「女御さま、宴の席では何を弾かれますか?やはり、和琴でしょうか?」

「琴も捨てがたいと思われますわ」

「筝の演奏も素晴らしいですし、迷ってしまいますわね」


 女房たちが口々に褒めそやし、宣耀殿女御せんようでんのにょうごは満更でもない様子で扇を閉じたり開いたりしている。


(これで主上おかみは私を見てくださるわ)


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごはほくそ笑んだ。

 彼女の狙いはただ一つ、帝の寵愛を得ることのみ。


 私の演奏を聴けばきっと……今度こそ……)


 帝の愛を得られるはずと信じきっていた。


 





 




 同じ頃、弘徽殿の局にも宴の開催が耳に入っていた。


「管弦の宴……?」

「はい、三月後に開催されるとか」

「そう……」

「女御さま、早速を練習を始めなければ!」

「練習?」

「はい、あまり日もありませんし、急がなければ」


 女房たちは、いそいそと準備に取りかかった。

 主人の返事を待っていては間に合わないと、判断したのだろう。

 そんな女房たちの行動を咎めることなく、ぼんやりと慌ただしい女房たちの姿を眺めていた。


「女御さまもご準備を!」

「え、ええ……」

「さあ、お召し物を」


 女房たちに急かされながら、弘徽殿女御こきでんのにょうごも準備に取りかかった。

 宴に着ていく衣装は、もちろん自身で決められるわけがない。

 弘徽殿女御こきでんのにょうご付きの女房たちが、ああでもないこうでもないと言い合いながら、衣装を決めていた。


 いつもは窮屈なまでに閉鎖的な弘徽殿の局が、今は女たちの活気に満ちている。

 女房たちの衣装はもちろんのこと、琴や琵琶など楽器も取り揃えられていた。


「まあ!素敵!」

「どなたが選んでくださったの?」


 女房たちは楽しそうに衣装や楽器を品定めしている。

 弘徽殿女御こきでんのにょうごは、その様子をただただ眺めていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る