第21話 性別不詳 シャル・メイアー改造計画 1


 早朝四時、俺はいつも通りに部屋を出た。


 すると、同じタイミングで隣の部屋のドアが開く。


「おっ。ちゃんと起きたのか」


 ドアからは眠そうに瞼を擦るシャルが現れる。


「……はい」


 ちゃんと動きやすい服も着ているね。


 初日は俺が起こさないとダメかと思っていたが、やる気は十分ってことだろう。


 この行動から彼が本気で強くなりたいと願っていることが窺える。


「よし、行くぞ」


「……はい」


 普段はオドオドしているシャルだが、寝起きの彼は素っ気ない返事を繰り返した。


 寝起き悪いタイプなのかな。


 寮の外に出ると朝の涼しい風が体に当たって気持ちいい。


「これからどうするんですか?」


 シャルも完全に目を覚ましたのか、少々ビクつきながら問いてきた。


「言ったろう。走るんだよ」


「ほ、本当だったんですか?」


「そうだ。王都の中を走って体力作りだ。魔法使いといえど、体力と筋力は必要だ」


 魔法使いは『魔法』という意味分からん術を使い、高火力な攻撃を相手に向けて放つ最強の殺人マシーンだ。


 高い技術力と恵まれた才能があれば一撃必殺も夢ではない……が、これは所謂『大魔法使い』だとか『賢者』って呼ばれるタイプの人間のみに許される理想形だ。


 凡庸な魔法使いが活躍するシーンは集団戦にある。


 集団戦では後方から魔法を放って敵の殲滅をフォローするのが役目。しっかりと役割をこなせば、仲間から絶大な賞賛を得ること間違いなし。


 ただ、これもあくまで理想に過ぎない。


 実際の魔法使いは華麗に立ち回ることなどほとんどなく、集団戦になっても仲間達に合わせて行動を繰り返さねばならないし、対魔物戦であっても走ったり逃げたりするシーンは多くあるだろう。


 対人戦だったら相手側にだって魔法使いはいるのだ。


 魔法の撃ち合いになり、空から落ちてくる魔法を泥まみれになりながら避け続けて反撃を、なんてことはざらである。


 更には一対一になれば、相手の攻撃に合わせて防御・回避することは攻撃よりも重要な行動となる。


 実際は地味で体力勝負がほとんど――と、元傭兵魔法使いである母様も語っていた。


「つまり、最終的には体力と筋力が高い方が勝つ」


 ここまで懇切丁寧に説明してやった。


「……体力の方はわかりますけど、筋力はどう重要なんです?」


「魔力が切れたら殴り合いになるだろう? その時、パンチが強烈な方が勝つ」


 シャルは小さな声で「ぱんち……」と呟きながら俯いた。


 納得してくれたかな?


「さぁ、走るぞ」


「は、はい」


 彼の背中をポンと叩き、前へ走り出すように促した。


 俺は彼の隣に並び、いつも以上に遅いペースで走り出すが――


「ひぃ、ひぃ、ひぃぃ~!」


 走り出してから十分もしないうちに、体力が皆無なシャルは息が上がってしまう。


「ほら、足を動かせ!」


「はひ、はひ!」


 激を飛ばすも、シャルの走りはヘロヘロ状態だ。


 それでも諦めずに走る姿勢は認めよう。


 偉い!


 だが、更に十分ほど走るとシャルの体力は限界となった。


 まだランニングコースは四分の一も進んでいないというのに。


「あう……」


 歩道のど真ん中で倒れてしまい、シャルは死んだカエルのような姿勢のままピクリとも動かない。


「もう動けないか?」


 問うてみるも、彼から返ってくるのは苦しそうな息遣いだけ。


 仕方ない。


「よっと」


 俺は限界に至ったシャルを背負い、そのままランニングコースの走破を目指す。


 走るスピードもいつも通りに……。いや、これはなかなか良いんじゃないか?


 見た目通り体重が軽いとはいえ、シャルを背負って走るのは普段のランニングにちょっとした負荷が掛かって心地よい。


「よ、よく走れますね……」


 俺の背中でぐったりとするシャルから感想が漏れるが、同時に「うっ……」と吐き気を催すような呻き声まで聞こえてくる。


「頼むから俺の背中で吐くなよ?」


 結局、最後まで彼を背負ったまま王都を一周。


 続けて、寮に戻ったあとは庭で筋トレを行うことにしたのだが――


「ふぬぬぬ!」


 腕立て伏せ、二回。


「ふうううう!!」


 スクワット、四回。


「むぅぅぅぅ!!」


 腹筋、三回。


 以上がシャルの成績である。


「ううっ……。だ、だめですよね。こんな僕じゃ……」


 自身の非力さ、貧弱さを改めて思い知ったのか、涙目になりながら「ごめんなさい」と謝罪を口にした。


「何で謝るんだ?」


「だ、だって……。こんな僕が強くなろうなんて……。こんな僕に付き合うのは無駄だって思いませんか……?」


「いや、別に」


 勝手に悲観して絶望するシャルに対し、俺は首を横に振って否定した。


 何故ならば。


「体力作りと筋トレは継続が大事だ。結果よりも継続することに意味がある」


 そう。大事なのは継続力。


 体力と筋力を鍛えたいという意志。強くなりたいという意志を抱き続け、継続することによって初めて結果が実るのである。


「今日のお前は十分でバテた。今日のお前は腕立て伏せが二回しかできなかった。だが、明日は今日を越えようという気持ちが大事だ」


 俺はムンと腹に力を入れ、シオンが大好きな腹筋をシャルに見せつけた。


「この筋肉だって一日で作ったわけじゃない。何年もトレーニングを続けて作り上げたんだ」


 筋肉とは一日にしてならず。


「筋肉とは、人生を通して作る兵器だ。日々、剣を鋭く研ぐように体を鍛えあげていくんだ」


 偉そうに言う俺の筋肉だって、未だ未完成と言わざるを得ないのだから。


「今は泣いてもいい。だが、明日はまた四時に起きろ! そして俺と共に走れ! 俺と共に筋トレをしろ!」


 ビシィ! とシャルを指差しながら、終いにこんな言葉をくれてやった。


「明日のお前は今日のお前よりも確実に強くなっているだろう! 何故ならトレーニングを行ったからだ!」


 一ミリだけ筋力が上がろうと、確実に筋肉は作られている! 一ミリの進歩であろうと進歩は進歩! 


 世界の真理を教えてやると、シャルは俺を見上げながら瞳を潤ませる。


「こ、こんな僕を……。君は見捨てないの?」


「見捨てやしない。何故なら筋肉をつけようとする者は正しいからだ」


「ハ、ハーゲット君……。ううん、レオン君……!」


 感極まったのか、遂にシャルは大粒の涙を流しながら俺の腹筋を抱きしめる。


「ぼ、僕、頑張る! レオン君に見捨てられないよう、絶対に頑張るからぁ!」


 シャルは俺の腹筋に頬をくっつけながら泣き続けた。


 彼の流す涙が腹筋を伝わる度、くすぐったかった。



 ◇ ◇



 シャルが頑張る宣言を行った初日以降、宣言通りにトレーニングを継続。


 本日で一週間が経過したが、まだランニングコースを走破できないし、筋トレも二桁に到達できたのはスクワットだけ。


 しかし、着実に進歩はしている。


 その成果を感じ取っているのか、シャルは涙を流すことは無くなった。


 加えて、泣き言も言わずに日々の限界に挑む姿からは、日に日に自信が芽生え始めているようにも窺える。


 そして、一番の変化はというと。


「レオン君、一緒にご飯食べよう?」


 俺に懐いたことだろうか。


 早朝トレーニングの時間だけじゃなく、その後に食べる朝食の時間も、学園に通学する短い道のりも、授業の合間も、俺の後ろをチョコチョコと着いてくるようになった。


 まるで親の後を追う小動物の子供みたいに。


 まぁ、一日中一緒に行動して、更に放課後のトレーニングまで行うようになったのだ。


 人見知りっぽくて友達らしい友達もいなかったシャルからすれば、当然の結果にも思えるが。


「今日も放課後はトレーニングするでしょ!?」


「もちろん」


「えへへ。放課後も頑張るからね?」


 問いに頷くと、シャルは可愛らしく笑う。


 もう小動物系美少女じゃんってくらい可愛く笑うのである。


 女性用の制服着てたら完璧じゃんってくらい。


 下手したら勘違いするやつが出そうだ。


 それは置いといて、本人がやる気に満ち溢れていることは良いことだと思う。


 俺も手を差し伸べたからには最後まで責任を持って付き合うつもりだが――


 最近、ずっとシャルと行動しているおかげでリリたんと甘い学園生活を過ごせていない。


 そろそろリリたん欠乏症になりそう。


 俺の方が泣き言喚きそう。


「放課後のトレーニングはどうするの? また走るの? 筋トレ?」


「いや、そろそろ魔法の方にも着手しよう」


 この一週間で基礎トレーニングの方法は伝えたし、継続することにも慣れ始めてきただろう。


 次は魔法使いとしての肝となる、魔法の使い方と戦い方についても考えていこう。


「分かった! 頑張る!」


 シャルは胸の前で両手をぐっと溜めながら意気込んだ。


 ……リリたんが犬系ヒロインなら、シャルはウサギだろうか?

 

 だんだんシャルの頭にウサギの耳が生えているような……。


 そんな幻が見え始めてきた。

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