第16話 実技試験 2


 さて、実技試験後半戦。


 剣術や体術を得意とする生徒の実力を見るために模擬戦が開始された。


 模擬戦に参加する生徒は三回ほど戦う必要があるのだが、相手は講師側がランダムでピックアップするらしい。


 既に初戦を終えた段階で生徒全体のレベルを評価すると――


「よわ」


 弱い。


 ガチで弱い。


 お前、それで生きていけんの? ってくらい弱いやつばかり。


 初戦で戦った伯爵家の坊ちゃんはドヤ顔を見せながら「自分、実家で家庭教師からみっちり学びました!」「剣術の先生からは花丸もらいました!」みたいな自慢を口にしていたので身構えていたんだけどね。


 クッッッッソ弱い。


 どこが花丸なんだよ!! 絶対にお世辞で褒められてたのを真に受けただけだろ!? ってくらい弱い。


 そんなんじゃウチの山で生きていけないよ、と言いたい。


 その程度の実力じゃブラウンウルフに噛みつかれて体中の肉を食われちまうよ。


 ワイルドボアの突進食らって腹の中身をぶちまけて死ぬのがオチだよ。


 そこそこ栄えた地方都市でぬくぬく育った坊ちゃんはこの程度か、とため息を吐いていたのだが……。


「レオ君、頑張って!」


 でへ。


 リリたんの応援があるから、僕張り切っちゃう。


 リリたんの応援にクールな態度で返しつつも、第二戦目の相手は伯爵家に仕える騎士の家系に生まれた子らしい。


「領騎士団団長である父から学んだ剣。君には悪いが存分に披露させて頂こう」


 あー、はいはい。


 始めましょうや。


 元傭兵と思われる男性講師から始まりの合図が出された瞬間、俺は優雅に木剣を構える坊ちゃんに向かって駆けだす。


「え!? はや!?」


 この模擬戦、魔法を使ってはいけないルールだ。


 純粋な剣術、体術、身体能力のみを評価する試験である。


 実に俺向きだ。


 魔法を駆使して戦うスタイルを確立してはいるが、本質は『筋肉』なのだから。


 革のガントレットを纏う拳を脇に絞り、溜めたパワーを一気に放出するように拳を放つ。


 相手は咄嗟に木剣を盾に使うが、その程度じゃ止まらないよ。


「フンヌッッッ!!」


「ギャー!?」


 俺の拳は木剣を真っ二つに折り、更には坊ちゃんが身に着けていた胸当てに衝突。


 拳の直撃を受けた坊ちゃんは自慢の剣術を披露する暇もなく、後方へゴロゴロと転がりながら吹っ飛んでいってしまう。


「それまで!」


 場外として定められた場所まで吹っ飛んだので俺の勝ち。


 楽勝じゃんね。


「ナイス筋肉!」


 それに講師の男性もよくわかってらっしゃる。


 俺は彼にサムズアップを返すと、彼も腕の筋肉をアピールしながらサムズアップを返してくれた。


 あの講師とは仲良くなれそう。


「レオ君、すごいよ!」


 模擬戦用の枠から外に出ると、リリたんが俺に駆け寄ってきてくれた。


 ぶんぶんと犬の尻尾を振っているかのように、人懐っこい笑顔を見せながら褒めてくれる。


「はは、実家で鍛えておいて良かったよ」


 リリたんきゃわいい♡ 頭なでなでちたい♡


「実技試験は満点取れるんじゃない!?」


「次の人にも勝てれば満点貰えるかもね」


 さて、次の対戦相手は誰だろう? なんて、余裕を見せながら待っていたのだが。


 運命のイタズラ――いや、これこそが俺に用意された運命なのかもしれない。


 最後の対戦相手は『勇者』だったのだ。


「僕はリアム・ウェインライト。よろしくね」


 白銀に輝く綺麗な髪、優しそうな顔。身長も高く、纏う雰囲気も柔らか。


 同性に対しても爽やかな笑顔を見せるこの男こそ、ゲームの主人公たる勇者である。


 本来、主人公の名前はプレイヤーが任意で決定するのだが、現実世界では『リアム・ウェインライト』という名になっているらしい。


 ただ、家名は任意で変えられないので共通している。


 ウェインライト子爵家の長男として生まれた、という設定はそのままのようだ。


「よろしく」


 まずはこちらも爽やかに返しておく。


 こいつは生まれた瞬間から勝ち確している野郎だが、俺だって爽やかさじゃ負けないぜ。


 顔面偏差値もなァ!


 今まさに、イケメン対イケメンの女性陣必見な戦いが始まろうとしてるってわけだ!


 ヒャア! リリたんのためにも負けられないぜ! ――と、舌なめずりしたところで、俺の脳内には冷静を司る自分がボフンと現れた。


『ここで勇者に対して本気を出してもいいの? 勇者に勝ったら相手に認められ、将来的に勇者パーティーへ組み込まれてしまうんじゃない?』


 確かにそうだ。


 こいつはまだ『勇者』ではないが、将来的に光の剣を引っこ抜いて王様から勇者の称号を与えられる。


 そして、仲間を集めて魔王討伐の旅に出るのだが――その際、勇者は頼りになる人物をスカウトするのである。


 類稀なる魔法の才能を持つ侯爵家のご令嬢、それに後々クラスへ編入してくるもう一人のヒロイン。


 王都でスカウトされるパーティーメンバーはこの二人だが、あれはゲームのシナリオに沿った行動である。


 ここは現実だ。


 確かに人としての思考を持ち、人としての行動を行う勇者が「自分に勝った人物を仲間に加えたい」と思うのではないだろうか?


 ここで勇者に対して強い印象を残すと、後々で苦労するのではないだろうか?


 勇者パーティーに組み込まれてしまうのだけは避けたい。


 何故なら俺は、俺の人生とリリたんの人生が最優先だから。


 俺と彼女の死亡フラグを折るために学園へ入学したのだから。


『わざと負けよう。わざと負けて、勇者への印象を薄くしておこう!』


 そうだ。それがいい。


『勇者と関わるのは危険だ! 勇者と関わるイベントだけは今後も絶対的に避けよう!』


 そうだ、その通りだ!


 たまには良いこと言うじゃん、俺の中の俺!


「始め!」


 講師の合図が始まった瞬間、これまで初手を取っていた俺は敢えて身構える。


 勇者の方もこちらの出方を窺う姿勢を見せつつ、同時に「あれ? 突っ込んで来ないの?」と言わんばかりの驚く表情を見せた。


 ……なるほど、他の生徒もよく観察してるってわけだ。


 真面目な優等生主人公らしい行動だね。


「ハッ!」


 というわけで、今回の戦いにおいて先手を取ったのは勇者。


 中段からの軽い攻撃を避け、次の突きは拳で弾く。


 ――本気を出しているのかは不明であるが、現段階では「他の生徒よりはまだマシ」というレベルだ。


 現在はゲームに例えると序盤も序盤。


 まだ勇者の育成が始まったばかり、という状況もあるのだろう。


 ゲーム内でも学園パートで勇者を大きく成長させ、魔王討伐の旅での土台を作るわけだし。


「…………」


 まだ弱い。


 しかし、こいつはここから恐ろしいほどの成長速度を見せるはず。


 これが現状で下した評価。


「ハッ! ヤァッ!」


 さて、ここからが問題だ。


 どうやって負けよう?


 現状だと俺の方が圧倒的に強いのは確かであり、勇者の攻撃なんざ鼻をほじくりながらでも回避できる。


 かといって、わざと回避しないのも……。相手に演技がバレてしまうだろうか?


 こちらから一切攻撃しないのもバレる要因になりそうだよな……。


「よっ」


「くっ」


 軽くジャブを見せてみるが、勇者は木剣で俺の拳を受け止める。


 ジャブ程度でしかめっ面見せんなよぉ……。こんくらい悠々と回避してくれよぉ……。


 もう泣きそう。


 どうやって負ければいいの。


 そんなことを考えていると、勇者は腰を捻って突きのモーションを見せた。


 見え見えのモーションだ。


 ああ、そうだ。ここで突きを貰って降参しようかな?


 しかし、更にこのタイミングで――


「レオ君っ! がんばれっ!」


 リリたんの応援が耳に届く。


 その瞬間、俺の体はリリたんにカッコいいところを見せようと自然に反応してしまった。


「―――ッ」


 殺気をムンムンに放ちながらも、動きはシオンと対峙する時と同様に鋭く、強く握った拳は脇に引き絞って。


 飛び出して来るであろう突きに対してモーションの段階で見切り、あと一歩踏み込めば勇者の腹に重い一撃を叩き込める――という段階で脳内の俺が『それはダメでしょ!?』と警告を発した。


 そうだったぁぁぁぁ!!


 負けなきゃいけないんだったぁぁぁぁっ!!


 と、止まれええええ!! 俺の体、止まってえええええ!?


 やばい、やばいと脳内で叫びながら体に急ブレーキをかける。


 自身の体を無理矢理静止させたせいか、左足がズザザッと地面を滑って態勢が崩れた。


 チャンスッ!!


「ほげっ!?」 


 足が踏ん張りきれず、バランスを崩した自分を演出!


 次の瞬間、溜めていた勇者の突きが放たれて――


「あだっ!?」


 俺の額にガツンと突き刺さる。


 よし、よし、よし、よし!!


 ナイス俺!!


 額を抑えながらも大袈裟に痛がる様子を見せ、講師に対して手でアピールした。


「それまで!」


 結果、勝負は勇者の勝ち。


 少々間抜けっぽい姿を見せてしまったかもしれないが、負けることには成功した。


「だ、大丈夫?」


「あ、ああ。うん、大丈夫だ。ちょっと痛かっただけ」


 心配してくる勇者を手で制しつつも、さっさとその場を離れた。


 会話が増えれば増えるほどボロが出そうだからな。


 模擬戦の枠内から出ると、観戦していたリリたんが心配そうな顔を浮かべて駆け寄ってきた。


「レオ君、大丈夫?」


「あはは……。最後の最後にみっともない姿を見せちゃったね」


「ううん。そんなことないよ。レオ君、最後までかっこよかったよ!」


 リリたんの笑顔だけが俺を癒してくれるよ。


 ちゅき♡


「あ、タオルを用意しておいたの」


「ありがとう」


 リリたんからタオルを受け取り、遠慮なく汗を拭く。


 なんて気の利く女の子なんだ。


 この子がゲームでもメインヒロインじゃなかったことに、改めて疑問を感じてしまうね。


「洗って返すよ」


「ううん、大丈夫」


 リリたんはタオルを回収しながらニコリと笑う。


 ……こんな奥さんがいてくれたらなぁ!

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