第10話 家族の運命を変えた悪役貴族


 オークリーダーを討伐した俺達親子は、残っているオークの殲滅に移った。


 ここで気付いたのは、指揮官を失った途端にオーク達の動きがバラつき始めたこと。


 人型の魔物が人間と同じく動揺するのかは不明だが、明らかに動きや判断力が鈍っているように見える。


 魔物と言えど、人型故に人間と共通する部分もあるのだろうか?


 しかし、俺達にとっては都合が良い。


 俺と親父は仲間達と協力して次々に仕留めていき、遂に最後の一体を殺害することに成功した。


「俺達の勝利だァァッ!」


「「「 おおおッ!! 」」」


 親父の勝鬨を合図に生き残った者達が雄叫びをあげる。


 ――俺達は勝った。


 少なからず犠牲者は出てしまったものの、街の防衛に成功した。


 そして……。


「よくやった、レオンッ!」


 俺の頭をくしゃくしゃと撫でる親父も救えた。


 ハーゲット家の未来は変わったのだ。


 これで母様がおかしくなってしまう未来も避けることができたのだ。


 死亡フラグに繋がる第一歩、最初のフラグも力で捻じ伏せてやったんだ。


「父様、やったね!」


「おいおい、戦闘中みたいにオヤジって呼べよ! 俺はそっちの呼ばれ方の方が好きだぜ!」


 ニッと笑う親父に対し、俺は手を伸ばした。


「やったぜ、親父!」


「おう! やったな、レオン!」


 満面の笑みを浮かべる親父とハイタッチを交わす。


「ようし、レオン! 母さんの元に戻るぞ!」


「うん!」


 俺は家族を守ったんだ。守れたんだ。


 俺が積み上げてきた四年間は無駄じゃなかった!


 胸を張りながら屋敷に戻り、避難していた住民に称えられながら親父と共に玄関を潜ると――


「な"んで戦いにい"っじゃったのぉぉぉぉ!!」


 大泣きする母様に抱きしめられた。痛いくらいに。


「じんばいしだ~! こんなの私が死んじゃうよぉぉぉぉ~!」


「ご、ごめん、母様……」


 大泣きし続ける母様をどうにか落ち着かせるべく謝り続けていると、今度は感情が怒りに傾いたらしい。


 母様は泣きながらも、キッと親父を睨みつける。


「アナタにも問題あるからね!? どうしてレオンが来た時に戻れと言わなかったの!?」


「す、すまん……。レオンが予想以上に強かったし、息子と戦うのが嬉しすぎて……」


 屋敷の外は勝利の余韻で賑やかなのに、一番の功労者である親父はプンスカ怒る母様に激詰めされてしまう。


「嬉しかったじゃないわよ! ばか! ばかばか! アナタっていつもそう! 若い頃からそう!」


 ガミガミと怒られ続ける親父の背中は徐々に小さくなっていき、すごく自然な流れで正座に移行していった。


 親父……。なんか、ごめん……。


「坊ちゃん。傷の手当をしましょう」


「え? 傷? 傷なんて無いと思うんだけど」


 親父が怒られている間、シオンが応急セットの入った箱を持ってきてくれる。


「膝、怪我してるじゃないですか」


 言われて見てみると、膝から血が出ていた。


 といっても、転んで擦りむいた程度の傷だが。


 それでもシオンは見逃してくれず、彼女の処置を受けることになった。


「……坊ちゃん、よくぞ戻って来てくれました」


 床に座って足を伸ばしていると、シオンが患部を洗いながら言う。


 彼女の顔には嬉しそうな笑みがあるが、目からは涙が零れていた。


「言ったじゃん。俺が守るって」


「ええ。その通りでしたね」


 シオンは顔を上げると、満面の笑みを浮かべて――


「坊ちゃん、守ってくれてありがとう」


 この時見たシオンの笑顔は一生忘れられないと思う。


 彼女の笑顔を見て、俺はこれからも家族を――


「サワサワサワ」


「どさくさに紛れて腹筋触らないで」


「嫌です。もう二度と触れないかと思ったんですから」


 まぁ、今この瞬間くらいは思う存分に触らせてあげよう。



 ◇ ◇

 


 家族との温かい触れ合い? と勝利の報告を済ませたあと、俺達に圧し掛かったのは『戦後処理』だ。


 親父に「これも勉強」と言われて連れ出され、まず体験したのはぶっ殺したオークの死体処理。


「既に知っていると思うが、魔物の体内からは魔石が採取できる。オークも同じだ」


 山に生息するブラウンウルフやワイルドボアと同じく、魔物であるオークからも魔石――体内の魔力が凝縮して宝石化したもの――が採取できる。


 これらは魔物退治において貴重な戦利品の一つとなり、人型種であるオークの魔石はサイズも大きいので利用価値が高い。


 魔石はサイズが大きいほど内包する魔力量が多く、街で売られている……いや、都会で売られている魔道具のエネルギー源となる。


 因みに言い直したのは、我が領地で魔道具は販売されていないからである。


 魔道具を作る人がいないって親父と母様が嘆いていたっけ……。都会っていいよな、とも言っていたのを思い出す。


 話が逸れてしまったが、魔石ってやつは前世で言うところの電池だ。


 家電を動かす電池が生き物の体内から採取でき、それらは物によっては高額で取引される。


 他にも魔物素材と呼ばれる毛皮、爪、牙などがあり、魔物を解体してそれらを採取するわけなのだが……。


「グロ……」


 さすがに人型は感じ方が違う。


 ブラウンウルフやワイルドボアは動物型だったから多少は軽減されていたが、街の住人がせっせとオークを解体していく様子は……。なかなかキツいものがある。


 ゲームの中じゃ戦闘終了後に『〇〇を入手した!』なんて軽くメッセージが出るだけだけど、実際現実になればこうなるよな……。


 R18指定のグロ映画以上の光景だよ……。


「これがオークの魔石」


 ガーディンさんが「ほら、見てみ?」くらいのテンションで紫色の血が滴る赤い魔石を見せてくるのだが、正直シンドイ。トラウマになりそう。


「レオン、嫌がらずにちゃんと見ておけよ? 魔石の取引は重要な財源の一つだ。領主としても、個人としてもな」


 特にオークの魔石は高く売れるのでしっかりと採取したい。


 そして、採取した魔石を売った金は死んだ住民の家族へ見舞金として渡したいと。


「だから、しっかりと採取しよう」


「う、うん……」


 うわああ! 血がヌメッとしてるぅぅぅ!


 どう誤魔化そうにもグロ映画のワンシーンにしか見えねえよ!!


 なるべく目を逸らしながら魔石の採取を手伝っていくが、手に伝わる感触がもう……。


「……なんで魔物の血って紫なんだろう?」


 脳を誤魔化すため、血の色について思考を偏らせる。


 更にそれに集中するため、敢えて口に出した。


「さぁ?」


 俺達人間は赤い血。魔物は人型であっても紫色の血。


 俺の呟きを拾った親父は首を傾げるだけだった。


 頼むからもうちょっと何とか言ってくれ。


 なんかこう、こういうことなんだぜ! って自慢気に語って意識を集中させて欲しい。


「さて、魔石を抜いた死体は埋めるか。レオン、穴掘ってくれないか?」


「うん、いいよ」


 オークの解体以外なら何でもします。何でもさせて下さい。


 俺はここぞとばかりにその場を離れ、初級土魔法を駆使して大穴を掘り始めた。


「ところで、レオン」


「ん?」


「お前、将来はどうするんだ?」


 穴を掘っていると、横に並んだ親父が問うてくる。


 ……少なくともハーゲット家の未来は確実に変わった。


 親父は生存したし、母様も正常だ。シオンも無事。


 恐らく、このままハーゲット家は平和な暮らしを送ることが出来ると思う。


 ただ、魔王と魔王軍の存在が確認されたあとはどうだろう? ハーゲット領も魔王軍との戦争に巻き込まれてしまうのだろうか?


 この点についてはゲーム内で語られる物語と違うルートを辿ることになるので分からない。


 このまま家族を守るため、領地に残ってのんびり暮らすという選択肢もあるにはあるだろう。


 しかし、俺にはまだ救うべき人がいる。


 ――リリたんだ。


 俺の推しキャラであるリリたんを救わねばならない。


「俺は王立学園に行くよ」


 リリたんを救うには王立学園へ入学することが必須。


 学園で彼女と出会い、彼女の運命を変えるためにフラグを折らねばならない。


 それに正史ルートで王都に残った俺が、魔物化するって状況も気になる。


 どうして人間が魔物になってしまうのか? その方法は? 俺が魔物化するに至るまで、他の誰かが関与しているのか?


 物語終盤、ゲーム内でも設定資料集でも語られなかった真実を解き明かすのも、死亡フラグを完全に折るための必要な要素なのではないだろうか?


 俺自身とリリたん、二人分のフラグを完全粉砕するためにも王都へ行く必要がある。


「王立学園に?」


「うん」


「……もしかして嫁探しか?」


 親父はニヤッと笑う。


「ち、違うよ」


 一瞬、俺の心を読んだのかとドキッとしてしまったが、親父は脳筋領主であってエスパーではないのは確かだ。


 たぶん、親として察したのだろう。あるいは、同じ男だからか。


 ただ、俺も俺で「推しキャラを救いに行きます」とも言えないし「魔物化する謎を解き明かしに行きます」とも言えない。


 自分好みの可愛い女の子を救って、あわよくばイチャラブ恋人生活を送りたいという本音も恥ずかしくて言えない。


 だから、俺は――


「俺よりも強いやつに会いに行く」


 どこかで聞いたようなセリフで誤魔化した。

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