隣国から留学してきたピンク頭の男爵令嬢です。対戦、よろしくお願いします!
くびのほきょう
第1話
「あたしに言われても困りますぅ。そういうのはレオ様に直接言ってくださいよぉ」
イエルはゆるく二つに結んだふわふわのピンク色の髪を指に絡ませながら、赤い瞳をウルウルと潤ませてイエルを取り囲んでいる令嬢たちへ反論した。イエル・ドルチェのコンセプトは”あざとかわいい”。だが、無駄に語尾を伸ばす設定はやりすぎではないかと少し疑っているし、何よりも演技とは言え15歳の身でこの話し方は恥ずかしくてしかたない。
案の定、イエルの返事を聞いた令嬢達は元々吊り上がっていた目をますます吊り上げ、射抜かんばかりにこちらを睨んできた。
学園の授業が終わった放課後、馬車止めまで一人で歩いていたイエルは3人の令嬢に呼び止められ、半ば強引に近くの中庭へ連れて来られた。
イエルを取り囲こんでいる3人の令嬢のうち、1番背の高い令嬢が頭の上から怒鳴りつけてくるのだが、大きな声を出されるたびにイエルの体は勝手にビクっと震えてしまう。これはわざとではなくただの反射なのだが、イエルは平均よりも背が低く小柄なため、まるで令嬢たちにいじめられて怯えているように見えてしまうだろう。
「我が国の王太子殿下を、婚約者でもない令嬢が愛称で呼ぶなど許されないわ。”レオポルド殿下”とお呼びなさい!あなたが態度を改めるまで何度も言うけれど、レオポルド殿下にはカファロ公爵令嬢という婚約者がいらっしゃるの」
婚約者がいる身でイエルへ「”レオ”と呼んで欲しい」と言ってきたのは、他ならぬその王太子レオポルドなのだが、そう反論するのは彼女たちの怒りの火に油を注ぐことになるだけだ。レオポルドがいないここでは気を使って”レオポルド殿下”と呼んでもよいが、この3人はカファロ公爵夫人の実家のラコーニ公爵家を寄親とする伯爵令嬢や子爵令嬢で、普段はフィオレ・カファロ公爵令嬢の取り巻きをしている令嬢たち。イエルが気を使う必要などない。
まるで、私たちは親切で声掛けしてるのだという態度でイエルへ説教してくる令嬢達の話はまだ続く。
「まったく、ルオポロ王国では婚約者のいる殿方に近づいてはいけないと教わらないのかしら。あなたは今ルオポロを代表して留学してきているの。つまりは、あなたへの評価がそのままルオポロの評価になるってことよ」
ルオポロ王国というのはここヴィルガ王国の隣国で、イエルの出身国の名前。イエルはルオポロ王国のドルチェ男爵の末娘で、この春にルオポロ王立学園へ入学し、留学生に選ばれ、夏休み明けの2学期の間だけここヴィルガ王立学園へ留学している。
留学してきてから3ヶ月経った今、イエルがヴィルガ王立学園でできた友達はひとりだけ。そのたったひとりの友達がヴィルガ王国の王太子レオポルドのため、こうして様々な令嬢達から疎まれているのだ。
「でもでも、いつもレオ様の方から声をかけて来るんですぅ。ただの男爵令嬢のあたしには断れませんよぉ」
この堂々巡りで生産性のない会話は何度目だろうと、イエルは心の中でため息をついた。留学生のイエルが学園に慣れるようにという建前で王太子レオポルドが話しかけてくるようになった留学当初から、イエルは様々な令嬢から呼び出されて口頭での注意を受け続けている。この3人の令嬢達からはたしかもう4回目。
しがない男爵令嬢の留学生と王太子のレオポルドの関係など、レオポルドの気持ち次第。イエルがどうこうできることではない。
たとえイエルがレオポルドを誘惑するつもりで接近していたとしても、レオポルドはイエルを無視するどころか処分する力まである。逆にイエルがレオポルドのことをどんなに嫌がっていたとしても、レオポルドからの誘いを断ることは難しい。最初から最後まで主導権がレオポルドにあることなど、誰の目からも明らかなのだ。
彼女たちも本当はイエルに言ってもしかたないと理解しているはず。現に令息からは注意を受けたことなどなく、呼び出してくるのはこのように同じことを繰り返すばかりの令嬢達だけ。婚約者がいる王太子が堂々と浮気をしているのを見て不愉快に感じる気持ちは、同じ令嬢としてとても分かる。分かるけれどもイエルからは断れないし、今はレオポルドからの寵愛を利用しようとしているため、女に嫌われるぶりっこ女として開き直っている。
レオポルドに直接言えない令嬢達は、レオポルドのお気に入りを害するまでの勇気もないらしい。殴られたり怪我をしたことはない。
「っていうか、あたしは2学期だけの短期留学だからあと1ヶ月でルオポロに帰るんですよ?レオ様にとってはあと1ヶ月のお遊びだと思いますぅ」
たった4ヶ月しかいない留学生の男爵令嬢は、レオポルドにとって後腐れなく恋人ごっこを楽しむのにちょうど良いのだ。
留学生に選ばれた時、さほど優秀ではない自分がなぜと不思議に思っていた。留学してきた当初、イエルはレオポルドから声をかけられる前にも沢山の令息から声をかけられたが、そのことで、ヴィルガ王立学園の貴族令息が遊ぶのに丁度良いイエルをルオポロ王立学園がわざと選んだのだと気付いた。
きっとヴィルガ王国の令息から無理強いされたとしても、ルオポロ王国の大使がイエルを助けてくれることなどないだろう。むしろ、何か探ってこいと間諜のような命令をしていないだけ感謝しろと思われていそうだ。家格が低いとこんな扱いをされることがあるんだなと呆れる。
留学当初にイエルに声をかけてきた令息の中には、婚約者と仲睦まじいことで有名な令息や、真面目だと思われている令息、そして、今ここにいる令嬢の婚約者もいた。浮気男なんて最低だ。この世に誠実な男はいないのかと、誰よりもイエル自身が憤っている。
「とにかく、分をわきまえなさい!」
先ほどまでイエルを逃すまいと取り囲んでいた令嬢達は、慌てて捨て台詞を残し、急に四方へ逃げ去ってしまった。
もしかしてと後ろを振り向くと、陽の光を反射し光る金髪をサラリと靡かせ、すらりと長い足でこちらへ向かって歩いてくる令息がイエルの目にも確認できた。ヴィルガ王国の王太子レオポルドだ。キュッと上がった口角に少しタレ目のオレンジの瞳で、ただ歩いているだけでも機嫌が良さそうに見せる。そんな得する美しい顔。
レオポルドより頭一つ分小柄で華奢な茶髪の従者一人だけを引き連れている。その少女のような体格の従者はカルリノという名の一代男爵で、齢40超えの無口な中年男性だ。こう見えても騎士団長と互角の剣の腕前というのは、ヴォルガ王国に来てから3ヶ月しか経っていないイエルですら知っている有名な話。
「イエル!中々馬車に来ないから迎えに来ちゃったよ。令嬢からの呼び出しなんて無視したらいいのに」
「あたしはレオ様と違ってしがない男爵令嬢だもん。無視なんてできませんよぉ」
イエルはなるべく甘ったるい声を出してレオポルドに向けて口を尖らせてみせた。ここまですると”あざとかわいい”ではなく”おろかあほっぽい”だとイエルは思うのだが、このコンセプトを決めてくれた侍女のジャナが読みを間違えることなどない。レオポルドはオレンジ味の飴玉のような瞳を細めて喜んでいるため正解なのだろう。
今日は放課後にレオポルドと、市井の喫茶店へ美味しいと話題のアップルパイを食べに行く約束をしていた。1年のイエルと2年のレオポルドは校舎が異なるため、レオポルドの馬車で待ち合わせをしていたのだ。イエルのフワフワのピンクの髪をひと撫でしたレオポルドは、いつものようにイエルへ左腕を差し出した。
中庭から馬車どめまでの少しの距離をレオポルドと腕を組んで歩く。後頭部に視線を感じ、レオポルドに気づかれないようにそっと振り向いたイエルの目線の先、少し離れたところに先ほどの3人の令嬢を後ろに控えて佇む黒髪の令嬢と目が合った。凍てつくような青い瞳でこちらを睨みつけている美少女は、学園中の生徒から将来の王妃と敬われているフィオレ・カファロ公爵令嬢で間違いない。
真面目で努力家で優しい、イエルの思い出の中では常に朗らかに笑っているフィオレ。そんなフィオレがこんな暗く冷たい顔を見せるほど成長していたことへ、イエルは内心で驚く。
何も知らないフィオレに嫌な思いをさせてしまうのもあと1ヶ月。イエルの計画さえうまくいけば、1ヶ月後、新年を迎えると同時にイエルだけでなく、フィオレにとっても、長年の夢が叶う。二人ともに幸せな未来が待っている、はず。
……ごめん。あと1ヶ月だけ我慢してね、フィオレ。
イエルは心の中で謝った。
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