第90話 好感度の変化

 ムーニャが帰ったあと、すぐに師匠に食ってかかる。


「なんですぐ戦わせてくれなかったんすか!」


「8割方、おまえが負けるからだ」


「そんなこと!」


「ないって言えんのか?」


「ぐぬ……」


 頭に血がのぼっているオレに対して、師匠は冷静な顔だった。オレのことを見ずに、たんたんと述べてくる。

 まぁ、たしかに、さっきの戦いを思い出せば、オレの方が勝率が低いかもしれない。


「でも! 師匠!」


「ま、おまえがあいつにムカついてるのはわかってる。1週間であいつより強くなれ。そのためにシゴいてやるからよ」


「わかりました!よろしくお願いします!」


 師匠の目にも、オレの実力が足りてないとハッキリ見えていたらしい。オレは、あんなやつに負けてると思うと悔しくって、その後の厳しい訓練にも死ぬ気で喰らい付いていった。


♢♦♢


-5日後-


「ぜぇ……ぜぇ……」


 師匠の道場の床にへばりつくオレ。そして、それを見下ろしながら、竹刀を肩に乗せている師匠。オレは、絶賛、地獄の特訓中であった。ムーニャを倒すためにこの5日間、全力で訓練してきた。その結果がこれである。いわゆる、オーバーワークというやつだろう。


「やっぱ1週間は無理だったか。なんかすまん」


「あ、謝らないでくださいよ……まだまだ……」


 とは言うが身体に力が入らない。


「はい、陸人くん、スポーツドリンクですよ」


「あ、あざます……」


 桜先生が給水ボトルに入った飲み物を差し出してくれたので、寝転んだまま吸い付く。身体に水分が染み渡ってきた。


「うふふ♪ 餌付けしてるみたいで楽しい♡ ママのミルクでちゅよ〜♡」


 なんか言ってるがスルーして、水分に集中しておく。


「で、荻堂せんせ、こいつ、ムーニャに勝てそうなわけ?」


「6割方、負けるな」


「勝率4割かぁ〜。ゆあ、ムーニャちゃんがリーダーなのは、不安だなぁ」


「ま、そうよね。というか、あいつが勝ってもリーダーにする気なんてないけど。最悪、陸人が負けたら、あいつのパーティ入りは断念しましょ」


「勿体無い戦力にも思えますが、パーティ内の信頼関係の方が重要ですもんね」


「と、思ったから、コイツに勝たせようとしたんだがな。気合いだけじゃあ、どうにもできなかったな。すまん」


「すまんすまん言わんでください……師匠。凹む……」


「ま、でもおまえには、あれがあるだろ?咲守」


「あれ?」


「チートスキル」


「……はっ!?たしかに!」


 師匠の言葉に、床から身体を起こし、あぐらをかいて目を輝かせる。そうだ! オレには《クラス替え》スキル様があった! あれを使えばムーニャにだって!


「ん〜? でも、池袋駅ダンジョンに行く前にステータス割り振ってたよね? ステータスポイントって余ってたっけ?」


「えーっと――」


 オレは、左手のデバイスでモニターを表示して、《クラス替え》スキルの画面をみんなに見せた。


「池袋駅ダンジョンから帰ってきてから、師匠と鈴の好感度があがってたから、数ポイントはあったはずなんだよね」


「へぇ? そうなんだ? 見せてよ」


「いいよ」


 まずは師匠の好感度を見せる。以前は〈60〉だったのだが、今は〈76〉だ。


「ホモで草w」


「あ? イカれたか?」


「なに言ってんだ? おまえ。これは男同士の信頼ってやつだぞ?」


「陸人くん……まさかそっちのけが? つばめちゃんが持ってた本みたいなことがこんな身近で? そんな……」


「栞先輩? 何を言ってるんですか?」


「もういい。で? このクソガキの好感度はいくつになったって?」


「えーっと」


 ポチポチと画面を操作し、鈴のステータスを開こうとする。すると――


 バチコーン!!

 突如、頬に衝撃が走る。


「いって!? なにすんだ! チビ!」


 鈴のバカがビンタしてきたのだ。


「信じらんない! 女の子の好感度をこんな大勢の前で見せるなんて! ノンデリ!」


「は? はぁ!? 今まで見せてただろうが! クソチビ!」


 鈴がめっちゃくちゃキレた顔でオレのことを睨みつけてきていた。思わず立ち上がり、睨み返す。


「うっさい!」


「なんだおまえ!」


「……陸人くん、お座り」


「へ?」


 オレたちが睨み合っていると、圧がこもった声が聞こえてきた。声のする方を見ると、桜先生が笑顔でオレを見つめていた。笑っているのに、まったく楽しそうではない。笑顔の能面が張り付いていた。


「……あの?」


「お座りして?」


「あ、はい……」


 あまりの圧に、大人しく従う。ゆっくり腰を落とし、正座の構えだ。


「鈴ちゃん? どうしたの?」


「な、なにがよ?」


 鈴に顔を近づけるゆあちゃんの様子もおかしい。両目をガン開きして、首を傾げながら、鈴のことを見つめている。どんな些細なことも見逃さないよう、じっくりと。


「ねぇ? 鈴ちゃんは参戦しないって言ったよね? ねぇ?」


「……そ、そうよ?」


「なら、なんで突然、好感度見られるの、イヤがったの?」


「な、なんとなくよ……」


「……栞ちゃん」


「はい、お任せください」


 ガシッ!栞先輩が鈴のことを羽交締めにする。


「ちょっと!なにすんのよ!」


「そのまま、押さえててね」


「お任せください」


「陸人くん」


「はい!」


「鈴さんのステータスを」


「はい!」


「この! バカ! やめなさい!!」


 オレはチビのことを無視して、圧がすごい3人の視線に従うことにした。ポチり。


――――――――――――――――

氏名:双葉鈴(ふたばすず)

学級委員への好感度92/100

――――――――――――――――


 鈴の好感度は、〈92〉まで上がっていた。たしか以前は、〈70〉くらいだったはずだ。


「92……」

「92……」

「92……」


 3人がハモる。こわい……


「これは! あれよ! そうそう! あれ!」


「あれって、なぁに?」


「あー! 命を助けてもらったから!? だと思う! そうよ! いつまで掴んでるのよ! バカ栞! バカバカ!」


 鈴が栞先輩の腕の中からするりと抜け出す。


「バーカ!」


 もはや、あのチビは語彙を失っていた。


「鈴ちゃん? そんな勢いだけじゃ誤魔化せないよ?」


「誤魔化してないわよ! バカゆあ! わたしもう帰る! バイバイ!」


「あ! ちょっと! 待ってよ! まだ話は終わってないよ!」


 ゆあちゃんの静止の声を聞かず、鈴のやつは訓練場を出ていった。誰も止めには入らない。これで話は終わったのか?


「あー……えっと、なんでしたっけ? 師匠、オレにはチートスキルがあるから、なんとかって?」


 話の軌道修正を試みる。さすがオレ!


「あ? ああ、だからよ、双葉のやつの好感度がもう〈90〉超えてんなら、嬢ちゃんときみたいにカンストさせればボーナスポイントが――」


「荻堂先生? 何を言ってるんですか?」


 桜先生が割り込んできて、師匠のことを睨む。結構強めな口調だ。


「いや、だからよ、コイツがもっと強くなるために好感度の数値をだな……」


 桜先生の迫力に師匠が押される。


「先生?」


「な、なんだよ……」


「少しお話があります。こちらへ」


「ああ……」


 師匠が桜先生に連行されていった。残されたのは正座したままのオレと、鬼の顔をした幼馴染、そして栞先輩だ。そうだ! 栞先輩は唯一冷静だ! 助けを!


「栞先輩!」


「なんですか? 一応言っておきますが、私は柚愛ちゃんサイドですよ?」


 ニコリ、と微笑む栞先輩は全然笑ってなかった。終わった……


「りっくん? いつから鈴ちゃんとラブラブになったの? 教えて欲しいな?」


「ら、ラブラブ?」


 マジで何を言ってるのかわからない。オレは幼馴染にガン詰めされて、「はい……はい……」と答えることしかできなくなった。

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