第88話 ムーニャの実力

 脳波制御スーツのおかげで師匠が普通に歩けるようになって2日後、高校の訓練場でいつもの訓練をしていたところ、また、あいつがやってきた。


「イッシン、立てるようになったんだ。良かったね」


「……」


 オレたちは黙って、そいつの言葉を聞く。


「……ああ、おかげさまでな」


 師匠は、珍しく気まずそうにしていた。たぶん、オレたちが全員、ムーニャのことを睨んでいるからだろう。


「あー……ムーニャ、おまえ……」


「イッシン、ムーニャ強くなった。剣の腕前、見てほしい」


「あ?」


「リハビリ、もっと必要?やっぱり補助スーツ着ても戦えない?」


「おい……話を聞け……」


「そっか……やっぱ、イッシンは雑魚になっちゃったんだね……」


 しょんぼりするムーニャ。そして、怒りのボルテージが上がっていくオレたち。


「おま!」


 口を挟もうとした。でも、それを師匠は腕を出して制す。


「ムーニャ、てめぇ、なんども、雑魚雑魚とふざけんなよ? てめぇなんぞ、足が動かなくても負けねぇよ」


「足が動かなくても? 何言ってるの? 足が動かない剣士なんて雑魚。ムーニャが負けるはずない。強がりもそこまでいくと滑稽」


「なら、試してみるか?」


「……どういう意味?」


「おまえごとき、車椅子のまま、相手してやるよ」


「……ムーニャのこと、舐めてるの?」


 ピリッと緊張感が漂ってくる。無表情なのに、怒っているのは誰の目にも明らかだった。


「ああ、舐めてるね」


「……吠え面かかす。負けたら〈雑魚です〉って認めて」


「いいぜ。その代わり、俺が勝ったら双葉に謝れ」


「師匠……」

「わぁ! 聞いた! 鈴ちゃん! ねぇねぇ!」

「……なによ……ノンデリ師匠のくせに……」

「ふふ……」


 オレたちは、予想していなかった師匠のセリフに頬を緩める。ムーニャが、チラリとオレたちのことを見た。


「なにそれ。そんなのどうでもいい。どうせムーニャが勝つ」


「戦う前から勝った気か? そんなんだから、成長しないんだよ」


「……いいよ。見せてあげる。ムーニャの成長……」


 そして、師匠は補助スーツを脱ぐために更衣室に引っ込んでいった。そして、戻ってきたときには、いつもの道着に車椅子の姿だ。しかし、この前まで使っていた車椅子とは、だいぶ異なる物に乗っていた。


「なにそれ?」


 訓練場の中央に2人が移動し、向き合った状態でムーニャが質問する。


「なにがだ?」


「車輪がついてる。そんなの見たことない」


 師匠が乗っている車椅子のことだろう。オレも同じ感想だった。以前使っていた車椅子は、車輪なんてなく、空中に浮いていたのに、今使ってる車椅子には、大きな車輪が2つ付いている。


「あれは、2000年代、約200年ほど前に使われてた車椅子ですね」


 と桜先生が教えてくれる。


「ふむふむ。車が飛んでなかった時代ですよね? 歴史の教科書で見たような気がする」


「で? なんでそんな骨董品持ち出してきたの? ムーニャのこと、舐めてる?」


「ごちゃごちゃうるせーな。雑魚ほど口数が多い。黙って剣で語れよ」


「むっ……」


 師匠の挑発にムーニャが構えを取る。

 腰を低くして、左手で鞘を持つ。右足を前、左足を下げ、右手はそっと刀に添えた。


「居合いか? つまらねぇな。やっぱ成長してねぇじゃねぇか」


「雑魚イッシンなんて、イッシンから盗んだ剣で十分」


「そうかよ」


「負ける準備はいい?」


「いつでも来い。バカ弟子が」


「……」


 ガキン!!


「え?」


 師匠が呟いた次の瞬間、師匠の首筋に刀が接近していた。師匠はそれを鞘で受け、ムーニャのことを見つめている。

 あっという間の出来事で、オレはつい驚きを口にしていた。


「陸人くん……見えましたか?」


「いや……」


 正直、かすかにしか見えなかった。あまり集中していなかったとはいえ、どのタイミングで踏み込んだのか、刀を抜いたのか、把握できなかったのだ。それほど、ムーニャのやつは速かった。


 しかし、ムーニャはムーニャで、驚いた顔を浮かべていた。


「なんで、動かない……」


 ムーニャの刀がカタカタと震えている。その表情から、かなりの力を右腕に込めていることが伺えた。しかし、師匠は涼しい顔のまま、微動だにしない。


「それが全力か?」


「っ!?」


 師匠がニヤつき、刀を少し動かすと、ムーニャは、警戒して元の位置まで飛び下がった。その額には汗が滲んでいる。


「それが、おまえの2年間か?」


「……イッシンはやっぱり変。全力で斬ったのに、壁まで吹き飛ばす気で斬ったのに、何でピクリとも動かないの? そんなのに、座ってるのに……」


「わかんねぇか? 鳴神流の極意は地面との接続だと教えたはずだが?」


「覚えてる。でも、イッシンには、接続する足がない」


「どうして、足にこだわる必要がある?」


「……ふふ……あははは!! やっぱりイッシンはすごい剣士!! ムーニャのことワクワクさせてくれるのはイッシンだけ!! 次は本気!!」


 今度は刀を抜いたまま、右手を後ろに下げた。剣先をまっすぐ師匠に向けて、左手を剣先の腹に添える。左足は前で右足が後ろ、腰を少し下げた。


「……突きか」


 ニヤリ、ムーニャがニヤついた後、先ほどと同等以上のスピードで踏み込んだ。集中していたので、なんとか姿を追える。


 弾丸のように飛び出したムーニャの突きが、師匠の喉元にぶつかろうとする。


 師匠はその突きを余裕の表情で弾いた。そして、弾くとほぼ同時に、自分の刀をムーニャに対して投げつける。


「なっ!?」


「なに油断してんだ?」


 止められるなんて思わなかったのだろう。それに剣士が刀を捨てるなんて、理解が追いつかない。咄嗟に投げられた刀を弾くことしか、ムーニャにはできなかった。


 そこに、車椅子を左腕で操作した師匠が突っ込む。車輪を片方だけ浮かし、滑り込むように、ムーニャの懐に入り込んだ。右手には鞘。それをムーニャの腹に叩き込む。


「かはっ!?」


「うわ〜、いたそ〜」

「あいつ、女にも容赦しないのね。サイテー」


 女子陣はドン引きだった。


 ムーニャが膝をつき、肩に鞘が乗せられる。


「まだやるか?」


「……参った」


「いい子だ。ま、最後の突きは良かったぜ」


「おお〜。パチパチパチパチ」


 オレは反射的に拍手をしていた。熟練した剣士同士の戦いに、純粋に感動したのだ。


「見応えがある試合でしたね」


「ですよね!」


 内心、『そっか、あいつ、ちゃんと強かったのか。口が悪いだけのやつじゃなかったんだな』と思っていた。


 今の試合について話していると、気まずそうな顔のムーニャを連れて、師匠が近づいてきた。

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