第53話:脱出☑
深夜のエメラルドヘイヴン。都市の輪郭を縁取る光の帯が、まるで天の川のように瞬いていた。その中心にそびえ立つ翠玉の塔、その最上階にある統治者の間で、アステールは窓辺に佇んでいた。彼の瞳に映る街の景色は、かつての誇りと喜びの源泉だった。しかし今、その光景は重荷となり、彼の心を締め付けていた。
翠玉の塔は、エメラルドヘイヴンの中枢であり、その名の通り美しい翠玉色の外壁を持つ巨大な建造物である。高さは1000メートルを超え、その頂上からは都市全体を一望することができる。塔の内部には、最新のミリスリア技術を駆使した設備が整えられ、サテライトシステム全体の管理が行われている。
アステールの指先が、窓枠を軽く叩く。規則正しいリズムは、彼の心の中で渦巻く思考の波を表すかのようだった。長い沈黙の末、自ら築き上げた楽園からの脱出――それが唯一の解決策だと彼は悟ったのだ。
彼は静かに部屋の中央へと歩み寄り、クリスタルデスクに向かった。そこには、サテライトシステムの概念図が立体ホログラムとして浮かび上がっていた。外敵からの防御と内部の安定を目的としたこのシステムは、かつてアステールの理想を体現するものだった。しかし今、そのホログラムの輝線は彼の目には牢獄の鉄格子のように映る。理想は現実の重みの前に、音もなく崩れ去っていた。
アステールは深く息を吐き出すと、行動を開始した。
まず、旅路を共にすることになるミリスリア擬製生物の選別に取り掛かる。彼の指先が光るホロスクリーンを滑るように動き、データベースをスクロールしていく。武力特化型、情報処理特化型、そして自律的修理も熟せるオールラウンドタイプを3体。これらはどれも、先日の会談後にレヴァンティスから手に入れた正真正銘の最新型旗艦機である。
レヴァンティスは、ミリスリア擬製生物の開発と生産において、サテライトシステム内で最も進んだ技術を持つサテライトである。その技術力は他のサテライトを圧倒し、常に最新の擬製生物を生み出し続けている。アステールが選んだ擬製生物は、レヴァンティスの最新技術の結晶であり、その性能は通常のミリスリア擬製生物とは比較にならないほど高度なものだった。
各個体の能力値や適性を慎重に吟味し、最適な組み合わせを模索する。これらの存在が、未知なる旅路における彼の盾となり、剣となり、そして道標となるはずだった。
次に、彼は自身の内なる力—―源泉としての能力を再確認した。アステールの持つ源泉としての力は、当然のことながら旅の伴となる擬製生物を駆動させて余りある。
源泉としての力は、世界に4柱しか存在しないという希少なものである。それは無限にミリスリアを供給する能力を持ち、その周囲には豊かな生態系が自然と広がる。アステールは、その4柱のうちの1つを受け継いだ存在であり、その力は計り知れないものがあった。
最後に、彼はエメラルドヘイヴンにおける魔鉱石の備蓄状況を確認した。魔鉱石はミリスリアを蓄え、放出する特殊な鉱物であり、サテライトシステムの運営に不可欠なものである。エメラルドヘイヴンに眠る豊富な資源。その量を目にして、アステールは微かに安堵の表情を浮かべる。これだけあれば、残された者たちをセレフィナが導くに足る十分な時間的余裕があるだろう。
この三つが、彼の計画を支える重要な柱となるのだ。
深夜、月が天頂に達したころ、計画は最終段階に入った。アステールは選び抜かれたミリスリア擬製生物たちを静かに集め、身を隠す準備を整えた。
暗闇に溶け込むように、アステールは行動を開始した。選ばれしミリスリア擬製生物たちが、まるで影のように彼の後に続く。その足音さえ、夜の静寂を乱すことはなかった。
エメラルドヘイヴンの輝きが徐々に遠ざかっていく中、アステールは心の中で誓いを立てた。この旅が成功し、再び理想を追求できる日が来るまで、決して諦めない。たとえどれほどの困難が待ち受けていようとも。
翠玉の楽園を後にする彼の背中には、重い責任と新たな希望が宿っていた。アステールの夜逃げは、エメラルドヘイヴンの歴史に大きな転換点をもたらすことになる。そして同時に、彼自身の人生にも。
闇に溶け込むように姿を消していくアステールと彼のミリスリア擬製生物たち。彼らの姿は、エメラルドヘイヴンの外周を守る翠玉の壁を越えると、夜の闇に完全に飲み込まれた。翠玉の壁は、高さ100メートル、厚さ10メートルの堅固な防壁であり、通常であれば容易に越えることはできない。しかし、アステールの源泉としての力と、最新鋭のミリスリア擬製生物たちの能力を組み合わせることで、彼らは難なくこの障壁を乗り越えた。
あてのない旅路となるだろう。しかし、その先に待つ未来が、アステールの描く理想に少しでも近づくことを、彼は信じている。そして、その信念こそが、未知なる世界への第一歩を踏み出す勇気を彼に与えていた。
アステールの背後で、エメラルドヘイヴンの灯りが徐々に小さくなっていく。彼の心には、去り行く故郷への名残惜しさと、新たな冒険への期待が入り混じっていた。そして、彼の脳裏には、かつて玄武から受け継いだ使命の重みが、再び蘇ってきていた。
「真の楽園を、必ず」
アステールの静かな呟きが、夜風に乗って消えていった。彼らの姿が完全に見えなくなった後も、エメラルドヘイヴンの灯りは変わらず輝き続けていた。しかし、その光の中心にいた存在がいなくなったことを、誰も気づいていなかった。新たな夜明けが訪れるまで。
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