エメラルドヘイヴン

第19話:権力の交代☑

エメラルドヘイヴンの中枢、枢密会の会議室は、神秘的な雰囲気に包まれていた。天井に据えられた魔鉱石が放つ淡い輝きが、空間を柔らかく照らしている。魔鉱石とは、ミリスリアと呼ばれる特殊な生命エネルギーを蓄え、放出する不思議な鉱物だ。その存在は、エメラルドヘイヴンとその周辺のサテライト群の繁栄を支える根幹となっていた。


会議室の中央に立つアステールの鋭い眼差しは、壁面に設置された大型スクリーンに釘付けになっていた。アステールは、エメラルドヘイヴンの指導者にして、ミリスリアの源泉としての力を持つ唯一無二の存在である。彼の周りには、セレフィナをはじめとする側近たちが静かに控えている。


静寂を破ったのは、セレフィナの冷静ながらも緊張感を孕んだ声だった。


「アステール様、『黄金の平原』サテライトからの報告が届いています」


彼女の手には一通の報告書が握られ、その指先がわずかに震えているのが見て取れた。


黄金の平原サテライトは、エメラルドヘイヴンの管轄下にある生態系の一つだ。その名の通り、広大な黄金色の草原が広がる豊かな土地として知られている。しかし、今やその平和な景観の裏で、大きな変化が起きようとしていた。


アステールはゆっくりと首を傾げ、セレフィナに視線を向けた。


「なんだ?」


その一言には、事態の重大さを察する鋭さが含まれていた。言葉は短くとも、その眼差しは深遠な思考の海を映し出していた。


セレフィナは一瞬躊躇したが、すぐに平静を取り戻し、報告を続けた。


「黄金の平原の秩序行使業者、オルドサーヴィスがサテライト全体を支配下に置いたとのことです。サテライトリーダーのオルフィウスも彼らに従う形で行動しているようです」


オルドサーヴィスとは、黄金の平原サテライトで治安維持を担当していた組織だ。彼らは長年にわたり、サテライト内の秩序を守ってきた。しかし今、その立場を利用して権力を掌握したのだ。


「状況は非常に厳しく、リーダーシップの欠如が目立ちます」


セレフィナの声は冷静を装っていたが、その奥底に潜む懸念は隠しきれていなかった。


アステールは一瞬、思考に沈んだ。しかし、その表情に焦りの色はない。まるで全てを見通すかのような穏やかな眼差しで、彼は呟くように言った。


「そういうこともあるだろう。オルドサーヴィスが支配を強めたのなら、それがサテライトの現実だ。ならば、その現実に合わせて動くしかない」


その言葉には、サテライトを束ねる者としての本質が滲み出ていた。アステールは、各サテライトの自治を尊重しつつ、全体のバランスを保つことを常に心がけていた。それは、彼が理想とする「生命の楽園」を実現するための重要な方針だった。


セレフィナの驚きは一瞬のことだった。彼女はすぐに平静を取り戻し、確認を求めた。


「では、新たなサテライトリーダーとしてオルドサーヴィスに正式な権限を与えるということでよろしいですか?」


アステールの返答は明確だった。


「そうだ。それでいい。彼らに黄金の平原を統治する能力があるなら、それを試す価値はある」


その言葉には、決断の重みと、従うべき絶対的な指示が込められていた。同時に、それは新たな可能性への扉を開く鍵でもあった。アステールは、この予期せぬ事態を、サテライトシステムの進化の機会として捉えていたのだ。


セレフィナは深く頷き、かしこまりましたと答えた。その声には、アステールの決断に対する揺るぎない信頼が滲んでいた。彼女の瞳に宿る決意は、アステールの意志を全身全霊で遂行する覚悟の表れだった。


会議室のドアが開き、ガーランドが入室した。エメラルドヘイヴンの防衛主席である彼の鋭い目は瞬時に状況を把握し、アステールの指示を待った。


アステールの声は低く、しかし力強く響いた。


「ガーランド、オルドサーヴィスに伝えろ。黄金の平原の新たなリーダーとしての権限を与える、と」


了解しました、とのガーランドの短い返事と共に、彼は速やかに退室した。その背中には、アステールの決断を遂行する揺るぎない覚悟が見て取れた。彼の足音が廊下に消えていく中、会議室には再び静寂が訪れた。


アステールは再びスクリーンに目を戻し、サテライト全体の状況を注視し続けた。その眼差しには、各サテライトを自在に操る指揮官としての自負が宿っていた。生態系のバランスを保ち、理想の楽園を築くためには、時として柔軟な判断が必要であることを、彼は熟知していたのだ。


セレフィナはその傍らで、アステールの姿を見つめていた。彼の背中から放たれる圧倒的な存在感と、未来を見据える鋭い眼差しに、彼女は心の中で静かに誓った。アステールの理想を実現するために、自身の全てを捧げると。その決意は、彼女の全身から漂う緊張感となって部屋中に満ちていった。


魔鉱石の淡い輝きが揺らめく中、エメラルドヘイヴンの指導者たちは、未知なる未来への一歩を踏み出そうとしていた。新たな秩序の下で、このサテライトがどのような進化を遂げるのか。


黄金の平原サテライトの未来に不確定要素がある一方で、アステールの判断が、エメラルドヘイヴン全体の未来を左右することだけは確かだった。

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