初陣と覚悟

「ナカソネ領」との領地争いで、目的地である北東を目指す「クロズミ領」のサルタ総勢約300人、ヤチホコ1名の小規模戦争。


 なるべく時間をかけて移動する。かの宮本武蔵は、佐々木小次郎との決闘の際、巌流島へ2時間も遅れていったという。


 兵法なのかどうなのか、相手を焦らすのもまた作戦のうちなのだろう。命のやり取りに卑怯も何もないのだ。


 旭は、「サルタ一位」という立場を利用して部隊の移動に遅延をしていく。


「遅いぞ!結城旭!怖気づいているのか!」


 この部隊を率いる責任者は「ヤチホコ・ハヤト」だ。つい先日、旭に敗北し、紫苑から見限られている状態だが汚名を返上したいと、この戦に志願した。


 相手を焦らす作戦も、部隊ともなると味方のほうまで影響する。まるで佐々木小次郎のようなセリフを吐く影沼だが、今回の相手は「ナカソネ領」だ。


 何を言われようが、生きるためにはなんでも利用する。


「言い返さないの?前にアンタのほうが勝ったじゃない!」

 

「美月、あくまで勝ったのは弓だ。近接戦だとボロ負けだよ」

 

「ふ〜ん、でも近接ならアタシはアイツに勝てるかな?」


「どうだろう……トータルで美月のほうが少し上かもね。美月は弓も得意だから」


「――ま、まぁね!アンタみたいなことは出来ないけど、自信はあるわね」


「ふふ、でも良かったよ。美月もうちの部隊に入ってくれて、頼りにしてるよ」


「ふん、将来有望な部隊に入るのは当然よ!アタシもいずれは大部隊を率いるんだから!」


「ありがとう。期待に応えれるように頑張るよ」


 俺には100人を超える部下がいる。なかでも、美月と悠さん、そして望に朱里は信頼出来る。影沼との一件以来、部隊に入りたいというサルタたちが後を絶たない。


 面接は悠さんに任せているからなんか申し訳ないな。正直そういうのは苦手だったから、率先してやってくれると嬉しい。


 いつのまにか大部隊となったことで、影沼からの圧力は日に日に増していく。そろそろ失墜するかと思ったが案外食らいついているようだ。


 手柄を立てたい影沼は200人の部隊を率いて俺たちの前を先行する。時間をかけたいオレにとってはありがたいことだ。


「旭さん、目標時刻まで2時間ほどですが、まもなくナカソネの軍勢がこちらへ押し寄せて来ます!」


「悠さん、「ヤチホコ・ハヤト」は必ず突撃していく。だから俺たちの部隊は弓を「遠的」で敵部隊の後方を狙いましょう」


「それはどういうことだ?旭〜!」


「望、いきなり正面からの突撃はあまりにも兵法として頭を使って無さすぎる。まずは敵の遠距離攻撃を叩く!」


「旭サマ、さっすが〜!」


「我が主……感服いたしました」


「いい考えね。アタシなら後方の敵をどんどん減らせるわ。そしてそれが「ヤチホコ」の援護にもなるわけね」


「じゃあ、敵の大将は「ヤチホコ・ハヤト」に譲るってことか?」

「最後まで、主の話を聞け!望」

 

 望の不満げな態度に悠のツッコミが入る。旭はその答えに覚悟を決めて言う。


「敵の大将らしき人が確認出来たら……俺が超遠距離射撃で狙い撃ちする!」


「「「――!」」」


「300メートルは離れているであろう敵を狙い撃ち!ってそんなことが可能なの!」


 美月の疑問はもっともだ、矢は必ずしもまっすぐ飛びはしない。空気抵抗も考えれば三十三間堂さんじゅうさんげんどうよりも難関だろう。


 放物線で放つことが原則である限り、強風によるブレは必ず起こり、まず狙ったところには当たらないだろう。


「美月……被害を最小限に抑えて戦いを終わらせるには?」


「敵の指揮系統を破壊して士気を下げる……って本気なの?」


「戦いが早く終われるならそのほうがいい。殺し合いなんだ……極力早く終わらせたい」


「主ならばきっと出来ます!」

「たしかに!旭サマは神の申し子だもん」

「旭がそう言うなら、どこまでもついていくぞ!」


「信頼感すごいわね……というか神の申し子ってホントなの?」


「違う違う、俺はそんなんじゃないって……ただ……守りたい人がいる。そのためなら、なんでも出来る気がするんだ」


「「「……」」」


 俺の言葉をしっかり受けとってくれる仲間たち。関われば関わるほど、大切な人は増えていく。出来れば静かに生きたかった人生も、この世界では許されない。


 旭は自分の立場を受け入れ、戦う覚悟をする。


オォォという雄叫びとともに戦いが始まった。領土争いは殺し合いだ。【ヤヲヨロズ】という同じ国に生まれながらも戦いは起こる。


 すぐ隣の領土……海すらも超えない同郷同士の殺し合い、奪い合い。


 これを疑う者はこの世界にはいない。


「弓を構え!」悠の掛け声に旭の部隊が雄叫びを上げる!凄まじい熱気と殺気!


 これが戦場……ビリビリと身体に圧力を感じる旭の感情に恐れはなかった。


 不思議だった……「ヤチホコ・ハヤト」の部隊が突撃し、激しい剣戟けんげきの音、飛び散る血飛沫は壮絶な景色……だが身体に【ヤヲヨロズ】が溶け込む感覚……。


 初めてここに来た時なら吐き気とともに、戦いどころではなかっただろう。


 俺はもう、こっち側の人間だ!


 旭の部隊の矢が次々と放たれる!


 当然、ナカソネの部隊からの矢も飛んでくるが、望と朱里が旭の盾のように打ち落としていく!


 旭の見据える先は一点のみ……敵陣にいるであろう指揮官。つまり大将だ!


「居た!悠さんは引き続き部隊に指示を!望と朱里は俺が弓を引く時間を稼いでくれ!美月は……俺と一緒に弓を引くんだ!」


「わかったわ」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「結城!勝負よ!」

「ハァ……またかよ」


「二人立ちよ!あ……二人立ちなら勝てるとでも思ったか、とか思ってるんでしょ!」

「……思ってないよ」


「じゃあ、ここで一回負けても、今まで勝ってるから俺の勝ちは動かない、と思ってるんじゃない!?」

「思ってないって……負けるつもりないから」


「……言ってくれるわね」


「でも、まぁお前とはリズムが合うから引きやすいけどな」


「――な!そんなこと言って、動揺させようってことなのね!その手には乗らないわよ!」


「……はいはい、じゃあもう、それでいいよ」


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「美月……俺の前に……自分のリズムでいいよ」


「了解」


 懐かしいな。今から弓を人に向けようって時に……俺はそんなことを思う。でも美月のおかげでか、外すようなビジョンは無い。コイツが俺の前にいる限り外すなんてことは無かったからだ。何度も勝負を挑んできたことも、繋がっているとさえ思える。


 射に入る美月を確認し、俺も続く。


 無数に降り注ぐ矢に恐怖はない。望と朱里が打ち落とし二人の盾となることに信頼を寄せている。


 研ぎ澄まされた感覚は「無我の境地」に達し、その感覚は矢とともに放たれる!


 ギシギシとしっかり「開」を保つ数秒後、カーンッと美月が放ち、すぐさまキーンッと旭が放つ。

 

 美月の矢が僅か手前で失速するのに対し、旭の矢が……その命を奪う矢が……敵の指揮官の首元へと突き刺さる瞬間……


 ガキンッと打ち落とされた!


 禍々しい闘気を纏い、馬にまたがった大男がそこにいる。男の闘気はまっすぐに旭へと向けられる。


「止められた!みんな、とんでもないヤツがいる!気をつけろ!」


 旭が叫ぶ。


 爆発と粉塵を巻き上げて、人をゴミのように蹴散らす大男。巨大な槍を携えて、旭を目掛けて突っ込んでくる。


 その大男は、響く大声で名乗りを上げる。


「我が名は【ヤチホコ・フジナミ】!ヤヲヨロズ最強のヤチホコにして無敗の武将!そちらにとんでもない「弓使い」がいるな。【弓聖・阿木賢生あきけんしょう】とお見受けした。いざ!勝負!」

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