不穏な大群
プロイはすくすく育って鯨を三日で一頭食べ切るのも束の間、すぐに二日足らずで一頭をぺろりと骨の髄までお腹に納めるくらいになっちゃった。食欲旺盛は大変、それはもう大変によろしいんだけど、ママ、ちょっと狩りが大変だなぁ、なんて思っちゃったり。
鯨を海からこの巣まで運ぶ魔法を使うの、けっこう体力も神経も魔力も削れるんだよね。
「キィゥ?」
「ううん、心配しないでプロイ! ママ、がんばるよ! 死んでもプロイに鯨は届けてあげる」
「キィヤ」
死なないで、だなんてプロイったら優しい。わたしの翼で包めていた頃と何にも変わらない。
体は鯨の大きさを越えたけど。最近、動き回るプロイにうっかり踏み潰されないようにするのも一苦労だけども。
「でもプロイはまだまだ可愛い子供だと思わない!?」
「あんた頭腐ってるんじゃないの。親バカもここまで来ると完全に病気ね」
もう、リニクに話を振ったら冷たい反応された。つれない。
ギムの調査はあんまり進展してない。
サンダーバードを襲った相手が暴れた痕跡はたくさん見つかるけど、その証拠が示す存在が全くの未知で意味不明で見当も付かなくて、それで手詰まりになっちゃってる。
サンダーバードとガチンコでやり合ってしかも殺すような存在とかブランテ様からも聞いたことないからね。なによ、その怪獣は。実在したら怖いわ。
いや、そんなのがいたからプロイは
プロイに寂しい想いをさせたどころか、わたしが見付けるのが遅かったら死んでたとか、絶対に許さない。殺す。
「プロイのご両親の仇は取って上げるからね」
「キィヤ」
え、話がすり替わってる? そうだっけ?
「サンダーバード殺すようなやつに立ち向かってもお前じゃ返り討ちに遭うだけだろ」
「そうだよ、みんなで逃げよう」
シドとギムに順番に敵討ちを止められた。
なによー、プロイのためならわたしはなんだって出来るんだからねー。
「そもそも相打ちになって相手も死んでる可能性もあるわけだし」
確かにギムの言う可能性もあるね。
強い奴と強い奴がやり合ってどっちも受けた傷で死ぬとか良くある。
同種同士の争いではそれを避けるために怪我をしない競争方法が発展してるのもいるしね。体の大きさ比べとか歌比べとかダンスバトルとか。
異種族同士の争いだとガチで生死を掛けてやり合うからボロボロになるのよね。
んー、もう死んでてプロイが危なくないならそれに越したことはないけど、自分に都合良く考えてるともしもの時に足元掬われるから、やばいことが実現するって警戒してる方がもしもの時に動ける。
うん、やっぱりデカい怪獣は殺すつもりでいよう。
「あいつ、絶対ヤバいこと考えてる」
「うーん……ソニって一度決めた意見を変えないよね」
「キィユ」
ちょっとリニク、ギム、プロイ、言い方がちょっときつくない?
特にリニク、わたしのこと頭が危ない奴扱いしてるよね? 泣くよ?
あれ?
「空が騒がしい?」
なんだろ。遠くで空が打たれて振動しているような感じ。大群で纏まって飛翔してる? しかもかなり大きい生き物が群れてる気がする。
「急にどした」
「空になにかいるの?」
人は空の振動を感じられないのか。こんなにビリビリしてるのに。
でもまだ遠いからな。わたしの目でも見えないくらい。
ギムが調査しにいった山の、さらに向こうの高山地帯の方からこっちに向かって来てるかな。
「プロイ、じっとしてて。雷は絶対出さないで」
「キィゥ」
うん、今日もプロイは素直でいい子。
わたしの警戒心が伝わってくれたみたいで体を伏せる。それでも鯨を越えた巨体だし、ここは草一本生えてない森林限界越えた高度だし、巣材の骨はプロイが燥いで崩したから見通しがいいしで、全然隠れてなくてかーわーいーいー!
おっと、いけない。あんなヤバいのが近付いてるんだからどんなにプロイが可愛くても気を引き締めないと。
だってヴィーブルが大群でこちに飛んで来てるんだもん。
なにあれ。ヴィーブルって普段は単独生活してるはずなのに、百近い数が群れてるんだけど。こわ。
わたしはプロイの背中に攀じ登って覆い被さる。翼を目一杯広げても今のプロイは隠して上げられないけどこれなら結界を巡らせて安全を確保出来る。
「三人もプロイの羽の中に入って。じゃないと守れない」
「えっと、なに? どういうこと?」
もう、ギムったら状況が分かってないと動いてくれない。そんなんじゃ不意打ちを喰らった時にすぐ死んじゃうんだよ。
今回は距離がある内にわたしがヴィーブルの大群に気付けたからまだ猶予があるけどいきなり雷を降らされてもおかしくないんだから。
一体で一本だとしても百本近い雷とか軽く死ねる。
「ヴィーブルが大群で飛んで来てる。早く。近くにいてくれないと結界で守れない」
三人揃って一瞬硬直して表情が抜け落ちた。
いいから早く。急いでほしいからこんな堅い声出してるのよ。
こんな子供を脅すような真似、本当はしたくないんだからね。
やっと再起動した三人が慌ててプロイのお腹の中へと潜り込んできた。
よしよし。それでいいのよ。
「ちょっと、ワイバーンの大群とかマジで言ってるの? 嘘だったら殴るわよ!」
リニクがプロイのお腹の羽根に埋もれながら吼えてくる。
なんか見た目がシュール。
「本当だよ」
段々と近付いて来たから実体が見えてきたところ。遠いのもあってまるで雲霞のようにヴィーブルが犇めいている。
ヴィーブル同士で争っているふうでもない。ヴィーブルって縄張り意識が強いし、雲より高い高山地域にしか生息しないから喧嘩っ早いんだけど、あれは何か全体で一つの意思を共有して動いてる気がする。
「マジでワイバーンだ。あんな遠いのに見えるとか、デケェ。怖ぇ」
身体能力が一番高いシドの視力がやっとヴィーブルの姿を捉えたっぽい。ちょっと冷や汗垂らしてる。
ドラゴン類に分類される一属、ヴィーブル。現代の人の言葉だとワイバーンっていうみたい。ドラゴンによく似た姿をしているけど、狭義のドラゴン属が四肢の他に翼を持つのと違って、ヴィーブルはアンティメテルのように前肢が翼になっている。あっちは羽根の翼じゃなくて皮膜の翼だけど。
勿論、空を飛ぶのが得意なドラゴン科で、しかもヴィーブルの仲間は全体として雷の発生器官を喉に持っていて口から吐く。攻撃的な性格で色んな生き物から危ない奴と認識されてる厄介者。
なんだろう。サンダーバードがいて住処に出来なかったこの山を奪おうっていうつもりなの? でも領地拡大だったらもっと興奮してそうだけど、見てる限りあのヴィーブル達はどちらかというと怯えているような、自分達の命を危ぶむ相手を先手を取って撃退する弱者のような焦燥感が見え隠れしてる。
そんなヴィーブル達の群を突っ切って、もっとデカいのが姿を現した。
蛇のように長い体に四肢全てが羽根の良く発達した翼にしている生き物だ。つまり、一生を空で暮らすドラゴン類の生物、コアトル。それも百メートルを越えるコアトルの中でも巨大な種族だ。その他に三十メートル級のコアトルがもう二匹追随してる。
なにあれ。コアトルって普段は温厚でただ空に浮かんでるだけだけど、空腹の時だけは容赦ない捕食者に変わる。
あの一番巨大なコアトルはプロイでも丸呑みにしてしまうだろう。
なに、なんなの。一辺に色々出てきて、普段と違う行動をして、混乱するじゃないの。
コアトルがヴィーブルの大群を連れてくるとか何の災害よ。
コアトルはギムが調査してた向こうの山の上で
ヴィーブル達もコアトルに付き従うようにして森の中へと何体も突っ込んでいく。
あいつらの狙いはプロイじゃないみたい? じっとしてたら安全?
少しも安心は出来なくてぞわぞわする心臓を押さえ付けながらわたしはじっとコアトルとヴィーブルの動向を睨み続ける。
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