14
家に帰り、釘抜きを探し出し、×印に打ち付けた板を力ずくで外した。エアコンもかけないままだったので、汗が滴った。
姉の部屋を、俺は開けなかった。姉が出ていった日のままなにも動かしていないので、中がどうなっているのかはよく分かっている。今日からまた姉が暮らしていく気になればそのまま暮らせるくらい、姉の荷物が残ったままだ。だから、姉のプライバシーという気がして。
畳敷きの部屋は、釘を引っこ抜いた勢いのまま襖を開いた。この部屋も、あの日のまま。窓からは強い夏の日差しが射し、畳を半分染めていた。部屋の真ん中には、いつも姉と食事をしていたちゃぶ台があって、他にはなんの家具もない。
俺は部屋の襖ぎりぎりのところに突っ立って、しばらくじっとしていた。動けなかったのだ。記憶が悉く甦って、部屋から俺に渦を巻いて向かってくる。何度でも姉を抱いた部屋。そのときの姉の肌の温度や表情、声や熱かった体内の質感まで。そして、この部屋には、ごく当たり前の孤児の姉弟として、両親の思い出話などして泣いた記憶も染みついていた。
めまいが、した。記憶のあまりの生々しさに。畳のささくれの一つ一つに、記憶の欠片が引っ掛かって揺れているみたいだった。
どれほどの間、そうして立ち尽くしていたのか。滲んだ汗か涙か分からない液体が、やけに目に染みて、手の甲で拭った。それと同時に、玄関のドアが開く音がした。
「祐樹。」
馴染んだ姉の声が、俺を呼ぶ。俺は記憶の世界から現実の世界に一気に引き戻され、心臓をばくばく言わせながら玄関の方を見やった。白いワンピース姿の姉が、狭い靴脱ぎでサンダルをそろえて脱ぎ、ゆっくりと俺を見上げた。白い顔にはきちんと化粧が施されており、長い黒髪も艶やかに整えられていた。
「来たわよ。」
姉が微かに微笑む。その表情はどこか痛々しくて、姉にとってこの家に戻ってくることが、かなりの苦痛を伴う行為であることを物語っていた。かつて姉が、たった一人で俺を背負って暮らした部屋。俺には、その痛みは分かち合えない。俺は幼すぎたし、曲がりなりにも男だった。
姉は、廊下に投げ出された板に一瞬目を止めたけれど、それについてはなにも言わず、俺に歩み寄ると、ハンドバッグから出したハンカチで俺の顔に噴き出た汗をぬぐってくれた。
「エアコン、つけなさいよ。」
「……うん。」
畳敷きの部屋には年代物のエアコンが付いている。俺はちゃぶ台に乗っていたリモコンを操作して、冷房をつけた。不穏な音を立てながら、エアコンが冷風を吐き出す。まだ、動くのか。俺は、ぼんやりそんなことを考えた。
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