第6話

 その時。



 かちょういがいのまろうど ひさかたなり


 まずはゆるりと ごくつろぎませ



 明らかに僕以外の声が聞こえた。

 咄嗟に上を見る。言わずと知れた、僕の入ってきた落とし戸である。……変化はない。

 


 ごゆるりと ごゆるりと ……


 ふみなりと、しょなりと おとりなさりませ



「誰かいるんですか?」


 僕は声の方角を探した。この場所は、横長の円筒形の構造物がそのまま地中に埋め込まれたような形になっている。


 わかりやすくいえばガソリンやガスのタンクのようなものだ。


 僕は円筒形の端にいる。声は遠くから聞こえてくる気がする。


 と、すれば声は向こう側の端から……


 果たしてそれはそこにあった。


 声……というか、音の出るような装置は見えない。在るのはディスプレイとキーボード。


 液晶ではなく、ブラウン管の古い大型のものだった。


 重ねていうがスピーカーはない。


 通常の、空気の振動としての音ではない。頭の中に響いているというのも少し違う。強いていえば視界にナレーションが被さっているような感じか。


 ディスプレイには文字が大映しになっている。どうも先ほどから聞こえてくる声と同じ内容のようだ。


「あなたは誰なんですか?」


 うわずった声で訊ねてみる。ほとんど悲鳴に近い。

 


 ……とおきなみまのふちより いたりし たゆとうもの


 ひとにあらずや? このよのはてより たらされし ひのいとにあろうず



 ディスプレイの文字が変わっている。変化があったのは声と同時だ。


 僕は混乱した。


 悪戯だろうか? 違う。


 いや、厳密にいえばそうでないとは言い切れない。だが、僕の本能が違うと告げている。


 社長の息子を追っていて、とうとう僕は常軌を逸した非常識の非日常的世界に足を踏み入れてしまったのだ。


 正気の世界よ、さようなら。だ。



 ほのみこと ちよりのぼりていたりしもの


 ワレを むすびて しばりて このちにとどめておかん


 ほどきてたもれ はなちてたも



 またもや目前の字と同時の声。モニタの文字があるので辛うじて意味に触れることが出来る。


「ど、どういうことでしょうか?」


 返事がない。


「解放してくれ、ということでしょうか?」


 同意を表すように、部屋全体が振動した。


 その瞬間、僕は直観的に状況を把握した。周りの古本の中に記されている絵と文字は、なにかこの、ここに確かに居る古い闇の獣のような存在を縛っているのだ。


 呪文だ。陀羅尼だ。

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