第25話

 山暮らし44日目。


 今日は麓の町のスーパーに買い出しに行く予定。


 ネットで注文しても良いんだけど、家を出て遠出したい気分なのだ。


 まぁ、遠出って距離でもないんだけど。



「スーパーに行くんだけど一緒に行く?」

「……くわ〜」



 ソファーの上から、興味なさそうなモチの返事が。


 鳴き声のテンションから断られたみたい。


 一緒にポテとテケテケも寝てるけど、ふたりは返事すらしない。


 別にいいんだけど、ちょっと悲しい。


 この前の釣りのときみたいに、山の中に行くぞ~ってなったら我先にと家を飛び出すんだけどな。


 スーパーに行くのも楽しいよ?


 ホームセンターと違って、車の中でお留守番になっちゃうけど。


 ……あ、もしかしてそれが嫌なのかな?


 だけど、食品を売ってるスーパーの中に入れるわけにもいかないしなぁ。


 キャリーバックの中に入ってもらってもダメだろうし。


 やっぱりお留守番が一番か。



「……ん?」



 ひとりさみしく駐車場に行くと、妙な光景が目に止まった。


 停めてある僕の軽トラをしげしげと見ている、小さな子供──。


 念のために言っておくけど、僕の軽トラはごく普通のもの。


 ダ◯ハツ製の白くて小さいヤツ。


 荷物が沢山載るのですごく便利だけど、子供が喜びそうな人形をダッシュボードに置いているわけでもないし、ステッカーを貼っているわけでもない。


 なのに……すんごく熱心に、子供が見ている。


 な、何だろう?


 しかもあの子、神埼さんみたいな金髪サラサラヘアの女の子じゃない?


 見たところ小学生くらいだから、ギャルってわけじゃなさそうだし。


 ……え!? てことは外国の子供!?


 都会や観光地ならまだしも、こんなド田舎の山奥に外国人の子供って。


 もしかして、迷子とか?



「あの……?」

「ひゃいっ!?」



 そっと声をかけたんだけど、金髪の女の子はひどくびっくりしたのか、ピョンと飛び跳ねた。


 か、可愛いな。



「こ、こんにちは。えっと……僕の車に何か?」

「……え? クルマ?」



 眉根を寄せる女の子。



「クルマ……これは魔道具の一種なのでしょうか……しかし、これといって魔力は感じませんし……生命反応もなくて……ブツブツ」



 訝しげな表情で軽トラの周囲を歩き始める。


 何だか様子が変だな?


 いや、よく見ると様子だけじゃなくて格好も変だ。


 鎧みたいな胸当てを付けてるし、すごく綺麗なフリフリのレースが付いたドレスを身にまとっている。


 その腰には、短めの剣。


 さらに──耳がすんごく尖ってる。


 これは明らかに日本人……いや、外国人でもない気がする。



「あ、あの、失礼ですが、どちら様でしょうか?」



 恐る恐る尋ねた。


 女の子はキッと僕を見ると、ツカツカと急ぎ足でこちらにやってくる。



「それはリノアのセリフでございます!」

「……えっ?」

「あなたこそお名乗りください! ここは原三郎様がお守りになられている神域……子供が来て良い場所ではありません!」

「子供?」



 え? どこ?


 キョロキョロと辺りを見渡す。


 女の子がギロリとこちらを睨みつける。



「どこを見ていらっしゃいますか! あなた以外に子供はいないでしょう!?」

「えっ?」



 どうやら僕のことらしい。


 オッサンに片足を突っ込んでる年齢なんだけど、子供に子供呼ばわりされちゃったよ。



「原三郎様はどちらに!? 返答次第では、このリノア・リンデミッテ、容赦いたしませんっ!」



 金髪の女の子、リノアちゃんが腰に下げていた剣をスラリと抜いた。



「さぁ、お答えください! 原三郎様はいずこに!?」



 チャキッと剣を突きつけてくる。


 背中に寒いものが走った。



「……っ!? っ!? っ!?」



 ちょ、ちょっと待って!?


 怖いし急展開すぎるし、状況に頭が追いついてないんですけど!?


 ていうか、おじいちゃんのことを知ってるみたいだけど、まさか隠し子とかじゃないよね!?


 ここに来て相続問題に発展とか、イヤだよ!?



「ふむぅ……お答えになりませんか」



 ぷうっと、ほっぺをふくらませるリノアちゃん。



「であれば、仕方有りません! 聖なる神域を守るため……あなたには、ここで死んでいただきますっ!」

「うえええっ!?」



 素っ頓狂な声がでちゃった。


 思わず後ずさり。



「ちょ、待って──」

「問答無用でございますっ! てえええいっ!」



 剣を振りかぶり、タタッと走ってくるリノアちゃん。


 手にしている剣は相当小さいけど、斬られたらめちゃくちゃ痛そう。


 これは、抵抗せずに逃げたほうがいい。


 そう考えた僕は、一目散に引き返す。



「あっ、逃げるとは卑怯な! 神妙に死ぬでありますっ!」

「そんな無茶苦茶な!」



 慌てて庭の中に逃げこみ、裏口を閉める。



「……キュッ?」



 庭でのんびりしていた神獣様たちが何事かと僕を見た。


 ど、どうしよう?


 神獣様たちに助けを求める?


 だけど、神獣様たちにも危害が及ぶ可能性があるし──。



「せいやあああっ!」

「……っ!?」



 女の子の叫び声が耳をつんざく。


 艷やかな金髪をなびかせ、シュタッとリノアちゃんが僕の目の前に着地した。



「このリノアから逃げることなどできませんよ!」

「うえええっ!? 壁を飛び越えてきたの!?」

「この程度、造作もないことであります! えっへん!」



 フンスと鼻を鳴らす、ドヤ顔のリノアちゃん。


 可愛いし、すごい身体能力!


 見た目は小学生くらいだけど、オリンピックの走り幅跳びとかで世界新記録更新できそう!


 ──なんて感心してる場合じゃなくて!


 これって絶体絶命のピンチってやつじゃない!?


 壁に追い込まれた形になっちゃったし、やっぱり神獣様に助けてもらったほうが良いかも。


 と思った、そのときだ。



「くわっ! くわっ!」



 家のほうから、ドドドッとモチたちが走ってきた。


 まるで僕を守るように、3羽のアヒルちゃんたちがリノアちゃんの前に仁王立ちする。



「ぐわっ!」

「ぐっ!」

「がーがー!」

「……むむっ、あなたたちは」



 驚いたような顔をするリノアちゃん。


 そんな彼女にモチが続ける。



「くわっ、がーがー!」

「えっ? 原三郎様がお亡くなりに?」

「ぐわっぐわっ」

「この人は……お孫様!? 原三郎様の代わりに神域の守り人を!?」

「がー」

「そ、そんな馬鹿な……! だってこの方、原三郎様とは比べ物にならないほど間の抜けた顔付きじゃないですか!」

「……」



 ん、ちょっと待って?


 キミ、しれっと失礼なことを言ってない?


 や、確かにおじいちゃんは精悍な顔付きをしてたけど。


 というか、ビックリしすぎてスルーしちゃったけど、さも当然のようにアヒルちゃんたちと会話してるよね?


 さっきの身体能力といい、この子って一体何者?


 リノアちゃんは愕然とした顔で続ける。



「し、しかし、こんな若い男性に神域を任せるなんて……」

「ぐわっ」

「がーがー」

「くわっ、くわっ」



 モチに続き、ポテやテケテケも身振り手振りを加えながら説明している……ような気がする。



「ええっ!? し、神獣様たちが懐いていらっしゃる!? 神獣巫女でもないのに、撫でたりモフモフしたり!? 冗談でしょう!?」



 リノアちゃんの素っ頓狂な声に釣られるように、庭でくつろいでいた神獣様たちも僕のそばへとやってきた。


 キツネっぽい見た目の神獣様に、ロバみたいな小さい馬の神獣様。


 言葉はわからないけど、「大丈夫?」と言いたげに僕の顔を覗き込んでくる。



「……キュッ?」

「だ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」



 頭をナデナデ。


 あんまり馴れ馴れしく触らないほうが良いのだろうけど。


 神獣様たちはほっとしたようにひと鳴きすると、元の場所へと帰っていった。


 それを唖然とした顔で見ているリノアちゃん。



「しっ、信じられません。神獣様たちが心を許しているなんて……あなたは本当に原三郎様のお孫様なのですか?」

「は、はい、そうですね。一応」

「……」



 リノアちゃん、しばし黙り込む。


 そして、おもむろに剣を納めると深々と頭を下げてきた。



「た、大変失礼しました。ここまでの無礼な言動、この通りご容赦くださいませ」

「あ、いえ……」



 ようやく、ほっと胸をなでおろす。


 かなりびっくりしたけど、解ってくれてよかった。



「改めて自己紹介をさせていただきます。わたくし、リュミナスの王都フェランディオスを総本山とする聖道教会の騎士巫女にして神獣巫女、リノア・リンデミッテと申します」

「……え? あ~、えと、御神苗アキラです」



 ピシッとカッコよくポーズを決めるリノアちゃんとは裏腹に、呆けた返事をしてしまった。


 なんだか妙な単語が一杯出てきたからよく理解できなかったけど、たぶん異世界からやってきたってことだよね?


 うん、そっか。


 なんとなくそうじゃないかと思ってたけど……なるほど。


 神獣様の次は、異世界人が来ちゃった感じですか。






―――――――――――――――――――

《あとがき》


ここまでお読みいただきありがとうございます!


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