第12話

 山暮らし33日目。



「ふわぁ……いい気持だなぁ……」



 木漏れ日を全身で受けながら、う~んと大きく伸びをした。


 森の香りが胸の中から溢れ出す。


 今日はモチたちと一緒に家を出て、のんびり御科岳の中を散歩している。


 導水管をたどっていき、今は小川のほとりでまったり中だ。


 御科岳には登山路がないから、いつもこうやって導水管を頼りに散歩しているんだよね。


 散歩しに裏山に行ったら遭難しましたなんて、目も当てられないし。


 まぁ、いざとなったら一緒にいる相棒たちが帰り道を案内してくれるんだけどね?



「くわっ」

「がー」

「がががっ!」



 のんびりムードの僕とは違って、アヒルちゃんたちは小川の中でお魚さんたちと格闘中だ。


 すでに3匹くらい掴まえていて、「これあげる」と僕のところに持ってきてくれた。


 電波が届いてないからスマホで魚の種類は調べられないけど、賢いアヒルちゃんたちが捕まえてきた魚だからきっと美味いはず。


 ……多分。


 しかし、小川のせせらぎを効きながら歩くのって凄い気持ちがいいな。


 水辺だからか、心なしか涼しくて過ごしやすいし。


 これぞリラクゼーション効果ってやつだよね。


 勘吉さんから魚釣りを勧められたし、ここでやってもいいかもしれないな。



「ぐっ、ぐっ」



 なんて考えていたら、魚を咥えたポテがやってきた。


 また僕にプレゼントしてくれるのかな……と思ったんだけど、突然、明後日の方を見てピタリと固まった。



「くわ?」

「ん? どした?」

「……がー」



 なんだか林の中をじっと見て警戒しているように思える。


 な、何だろう。


 飼い猫がいきなり虚空を見つめるみたいな感じで怖いんですけど。


 もしかして、獣とか?


 山の中に住む危険な獣といえば、イノシシやクマ……。


 ひゅっと背中が寒くなる。



「よし。避難しよう」



 何かが起きてからじゃ遅いからね。


 そうして、沢で遊んでいるモチたちを呼ぼうとしたときだ。


 ガサガサッと茂みが激しく動き出し、中から不気味な生き物が現れた。


 宇宙服みたいな防護服を着た人間──と思わしきもの。


 ちょっと想像してみて欲しい。


 誰もいない山の中から、突然、宇宙服姿の見知らぬ人間が現れた場面を。


 ハッキリ言って、意味不明すぎてめちゃくちゃ怖い。


 石化したように固まる僕。


 森の中に、不気味な呼吸音が山の中に響く。



「シュコー……シュコー……」

「……ぎええええっ!?」

「ぐわわわっ!?」



 ポテが僕の声にびっくりしてボテッとすっ転んだ。


 か、可愛い!


 ──じゃなくて、早く逃げないと!


 アヒルちゃんズを両脇に抱きかかえ(正確にはモチだけ頭の上に乗せて)脱兎の如く走り去る。


 全身の毛が逆立ち、大粒の汗がにじみ出る。


 必死に走りながら、脳裏に浮かんだのは勘吉さんの言葉。


 ──奇妙な鳴き声がしたら山に入るな。



「あ、あ、あ、あれはきっと、黄泉の世界からやってきたオバケだっ!」



 多分きっと、絶対そうに違いない!


 途中で木の根にひっかかって転けそうになってしまったけど、導水管を頼りになんとか無事に家に到着することができた。



「はぁはぁ……ひぃ……」



 這々の体でリビングにあがり、アヒルちゃんたちをそっとソファーに下ろす。


 努めて冷静に、深呼吸して呼吸を整える。



「……よ、よし」


 気持ちが少し落ち着いたところで縁側に向かい、カーテンの端からそっと外を見た。


 誰もいない、いつも通りの庭。


 裏口の扉も閉まったまま。



「……あのオバケは追いかけてきてないな?」



 いや、あれが本当にオバケだったのかはわかんないけど。


 でも、山の中で宇宙服を着てるなんて、普通じゃないよね?


 そのとき、家の呼び鈴がけたたましく鳴った。



「……っ!?」



 全身にゾワッと鳥肌が立つ。


 まさか、あの宇宙服オバケ!?


 律儀に呼び鈴を鳴らしてくるとか、逆に怖いんですけど。


 チャイムの余韻が消え、家の中に静寂が戻る。


 息を殺してじっとしていると、再び呼び鈴が。



「くわ~っ!」

「あ、こらっ……!」



 ま、まずい。


 慌ててテケテケの口を押さえた。


 でも、絶対聞こえちゃったよね?


 ううう、仕方ない。


 怖いけど、確認しに行くか。


 抜き足差し足、恐る恐る玄関に行ってドアを開けた。


 だけど──。



「……あれ? 誰もいない」



 玄関先には誰もいなかった。


 おまけに門扉は閉まったまま。


 今のチャイム、気の所為──ってわけじゃないよね?



「くわっ!」



 首をかしげていたら、縁側のほうからアヒルちゃんの声がした。


 嫌な予感。


 もしかして、庭の方に回られていた!?


 慌ててリビングに戻ったけれど、アヒルちゃんたちの姿はなかった。


 まさかと思って縁側に出て、カーテンを開ける。


 すると、庭でアヒルちゃんを捕まえようとしている宇宙服の姿が。



「な、なな、何をしてるんだ!?」



 このオバケ……まさか、ウチのアヒルちゃんたちを食べるつもりか!?


 そうはさせない、と助けに入ろうとしたんだけど。



「あっ! ご、ここ、ごめんなさいッス!」

「……え?」



 女の人の声?


 それも、どこかで聞き覚えがあるような……。



「可愛いアヒルちゃんたちが縁側から出てきたから、ついナデナデしちゃいたくなっちゃって……すみませんッス!」



 ヘルメットを脱いで、深々と頭を下げる宇宙服さん。


 見覚えのあるきれいな金色の髪が、さらりと風になびいた。



「あっ」

「……ああっ!?」



 僕だけじゃなく、顔をあげた宇宙服さんも唖然としていた。



「キ、キミは、この前のギャルさん!?」

「ホームセンターで助けてくれたイケメンさんだ!」



 僕たちふたりの声が山の中に響く。


 ギャルさんに抱きかかえられているポテが、「んがっ!?」と、ちょっと間抜けな鳴き声をあげた。





―――――――――――――――――――

《あとがき》


ここまでお読みいただきありがとうございます!


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