第8話

 勘吉さんたちからちょっと怖い話を聞いたので、夜眠れるかなと心配になったけど、モチが一緒に布団に入ってくれたので秒で眠ってしまった。


 頼るべきものはアヒルちゃんである。


 だけど、朝に目を覚ましたら布団にモチの姿は無く。



「……あれ? どこいったんだ?」



 いつもは僕が起きるまで布団の中でゴロゴロしてるはずなのに。


 お腹が減って、虫でも捕まえに行ったのかな?


 そう言えば前に、テケテケがゴミ箱から野菜くずを見つけて美味しそうに食べてたっけ。


 さすが好奇心旺盛なテケテケさんだ。発見力が凄い。



「……ん?」



 と、縁側のカーテンの向こうから何か音がした。


 もしかしてモチさん、庭に出てるのかな?


 てか、縁側の窓を閉め忘れてたか……。


 周囲は山だし危険はないとは思うけど、ちょっと不用心すぎる?


 カーテンを開けると、案の定モチが水浴びをしていた。


 いや、モチだけじゃなく、テケテケとポテの姿もある。


 みんなで仲良く水浴びタイム。


 朝からお風呂に入るなんて綺麗好きだなぁ。


 今日もいい天気だし、ポカポカ陽気の下で水浴びするのはさぞ気持ち良いんだろう──なんて思ってたら、奇妙なことに気づいた。


 白い塊が4つあったのだ。


 大福餅みたいな塊が3つ。


 そして、白い毛むくじゃらの塊がひとつ。



「……うぇっ!?」



 え!? ちょっと待って!?


 しれっと「僕はアヒルですけど何か?」って雰囲気で混ざってるけど、キミ絶対違うよね!?


 というか、誰!?


 目を凝らしてじっと見る。


 ふわっとした立派な尻尾に、ピンと立った耳。


 なんとも神々しい雰囲気の白い狼さんだ。


 その瞬間、昨日聞いた静流さんの話が僕の脳裏をよぎった。


 ──御科岳って大昔は『オバケ山』って名前だったんでしょ?



「ま、まさか……オ、オバ、オバケ狼!?」

「……っ!?」



 僕の声に驚いたのか、白狼さんがビクッと身をすくめる。


 そして「今の声は何!?」と周囲をキョロキョロと見渡し、縁側から見ていた僕に気づく。


 固まる狼さん。


 呆然と見つめる僕。


 先に動いたのは狼さん。


 ダダダッと高速ダッシュして、3メートルほどあろうかという庭の壁をぴょんと飛び越えて行ったのだ。



「す、すげぇ……!」



 オバケじゃなさそうだけど、すごい身体能力だ。


 だけど、一体何者だったんだろう?


 山に住んでる狼が餌を求めて迷い込んできちゃったのかな?


 にしてはモチたちとすごく仲よさげだったけど……。


 恐る恐る庭に出て、モチたちの元に。



「ね、ねぇ、モチ? 今の狼さんって知り合い?」



 のんびりと毛づくろいをしていたモチがヒョイッと顔を上げた。



「が~」



 そして、ひと鳴き。


 なんだか「そうだよ」って言ってるような気がしなくもない。


 ん~……知り合いなら危険はない……のかな?


 でもアヒルちゃんたち、食べられちゃったりしないかな?


 今は大丈夫でも、空腹になったらガブリといかれちゃうかもしれないし。



「……モチたちが食べられないように、餌をあげたほうがいいのかな?」



 ほら、アヒルちゃんじゃなくてこっちを食べてね~的な。


 や、餌付けみたいになって逆に危ないか?


 それに、簡単に餌を得る方法を学んじゃうと依存するようになっちゃうから、あんまり良くないかも。


 とはいえ、放っておくのもなぁ……。



「くわ?」



 いつの間にか僕の周りに集まってきたアヒルちゃんたちが、「ん? どしたん、話聞こか?」と言いたげに僕の顔を見上げている。


 実に呑気な顔である。


 こ、こいつら……。


 誰のせいで悩んでると思ってんだよ。


 真剣に考えてた自分が馬鹿みたいじゃないか。



「……とりあえず、朝ご飯にしよっか」



 あの狼さんの件は、午後に持ち越しということで。



「くわっ」

「くわっ」

「がー」



 ヨチヨチと僕のあとを付いてくるアヒルちゃんズ。


 そのとき、山の中から奇妙な動物の鳴き声が聞こえたような気がした。



***



 山暮らし17日目。


 結局、一日考えて(縁側でアヒルちゃんたちと日向ぼっこしながら、お昼寝をして夢の中で考えて)あの白狼さんの餌を用意してあげることにした。


 だって、モチたちの知り合いみたいだったし。


 神々しい雰囲気だったから、悪い人……じゃなくて、悪い動物じゃないよね、多分。


 準備したのは、スーパーで買ってきた豚肉30グラムほど。


 あまり多いと僕の餌に頼りっきりになっちゃいそうだし、ほどほどに。


 というか、この家に来る動物たちって、僕より贅沢してるよね。


 そのうち動物たちの餌代を捻出するために、僕がもやし生活になりそう……。



「だけど、来ないな」



 庭の池のそばに餌を置いてみたんだけど、白狼さんは現れていない。


 もしかすると警戒しているのかもしれないな。


 僕の顔をみて、かなりびっくりしてたし。


 ちょっと様子を見るか。


 てなわけで、モチたちと朝ご飯を食べてから、時間を置いてもう一度縁側に。



「よし、水浴びしてこ~い」

「くわわっ!」



 モチたちは縁側から飛び出すと、ドドドッと池に向かって突撃していく。


 ついでに僕も庭に出て、白狼さんをチェック。



「ん~……やっぱり来てないか?」



 庭の隅々まで確認してまわったけど、白狼さんの姿はなかった。


 松の木の裏や、納屋の中も見たけれどいない。


 やっぱり昨日はたまたま迷い込んできただけなのかな?


 とりあえず、出してた餌を引っ込めておこうか。


 そう思って、池のそばにおいてあった餌を片付けようと思ったんだけど──。



「あれっ? 無くなってる?」



 お皿に置いていた豚肉が綺麗サッパリなくなっていた。


 い、いつの間に!?


 確か、朝ご飯を作るときはあったよね?


 目を離してる隙に食べて帰っちゃったのかな?


 それとも……アヒルちゃんが食べちゃったとか?



「おまえら、ここにあった肉、食べた?」

「がー」

「ぐえー」

「シランがー」

「あ、そう……って、ちょっと待って?」



 さらっと聞き流しちゃいそうになったけど、今、モチさんってば「知らん」って言わなかった?


 前にもこっそり言葉を喋ったような気がするけど、聞き間違い?



「もしかして言葉、喋れるの?」

「がー」

「ぐー」

「ぐわー」



 プイッとそっぽを向かれてしまった。


 ぐぬぬ。


 遊ばれてるのか、それとも気分屋なのか……。


 いや、こいつらのことだから、両方の可能性があるな。



「ま、いいか」



 深く考えても仕方がないし。


 豚肉も白狼さんがこっそり食べたということにしておこう。


 てなわけで、庭に出たついでに、先日からスタートさせた竹炭を使った洗剤作りをやることに。


 思いつきで一日の予定を決めるのが山暮らしの醍醐味なのだ。


 ま、そんなに手の込んだ作業があるわけじゃないけどね。


 竹炭を一つずつ洗濯ネットに入れていくだけだし。


 これを洗濯機に入れて、スプーン一杯分の塩を入れると綺麗になるんだって。


 ちなみにこの竹炭は、僕が焼いて作ったものじゃなくて炭を取り寄せた。


 ネットで調べたところ、竹炭自体が売ってたんだよね。


 やっぱり需要があるんだなぁ。


 竹炭はコンポストに入れておくのもいいってスローライフマニュアルに書いてあった。


 微生物の住処になって、活動が活発化するんだって。


 おじいちゃん、ホント物知り。


 さすおじだわ。


 竹炭のついでに、納屋に置いている段ボール型コンポストも確認する。



「……お、いい感じになってるね」



 コンポストから、もうもうと湯気が出ている。


 毎日1回は空気を入れながらかき回しているんだけど、ちゃんと発酵されているみたいだ。


 この調子なら、もう少ししたら堆肥として使えるかもしれないな。



「そろそろ畑も始めるかな」



 納屋には農作業用の農具も揃ってるし、コンポストをはじめたのも畑のためだからね。


 とはいえ、まずは野菜作りについて勉強するところからだけど。


 ネットで調べても良かったけど、身近にいるプロ農家こと勘吉さんに「何からやったほうがいいですかね?」とLINKSで聞いてみたところ「作付け計画から練ってみてはどう?」と返答があった。


 季節によって植える野菜の種や苗が変わってくるし、成長速度も違うのでどの野菜をどこの畝(筋状に土を盛り上げたもの)に植えるか決めておかないと失敗してしまうのだとか。


 なるほどなぁ。


 適当に野菜の種を植えてもダメみたい。


 今の季節だと、オクラ、ゴーヤ、キュウリ、ナス、ピーマン、トマトあたりが良いと教えてもらった。


 さらに、情報だけじゃなくそれらの種や苗まで譲ってもらうことに。


 勘吉さん、いい人すぎる……。


 今度の収穫のお手伝いのときは全力で頑張らせて頂きます。


 というわけで、どこの区画にどの野菜を植えるかしっかりと決めることに。


 リビングに戻り、ノートにメモ書きしておく。


 野菜ごとに与える肥料も変わってくるからね。



「……これでよし。ついでに、畑を耕しておくか」

「くわっ!」



 トトトッとテケテケが走ってきた。


 何かを察知したらしい。


 流石は好奇心旺盛アヒルちゃんである。



「テケテケも一緒にやる?」

「ぐわっ!」



 というわけで、テケテケと一緒に鍬を取りに庭に出たんだけど……。



「……あれ、また裏口が開いてる?」



 庭の一角にある扉が開いていた。


 コンポストとか確認しに行ったときは閉まってたと思うけど、いつの間に開いたんだろう?


 もしかして、また白狼さんが来たのかな?


 だけど、餌はもう無いしなぁ。


 念の為、白狼さんの餌を置いていた池のそばに行ってみると、白狼さん用のお皿の上に何かが載っていた。



「な、何だこれ?」



 こんもりと載っていたのは、色々な木の実だ。


 この前採ったのと同じ山菜もある。



「くわ」

「……わっ!? 魚もいる!?」



 テケテケがつんつん突っついていたのは、ピチピチと跳ねているお魚さん。


 たった今獲ってきました……と言わんばかりに新鮮だ。


 大小様々の木の実。


 そして、山菜や薬草っぽいものまで。


 大量すぎてお皿からこぼれ落ちちゃってるし。


 勘吉さんが置いていったのかな?


 けど、車が来た気配はない。


 それに、来たなら僕に声をかけてくるはずだし──。



「……もしかして、白狼さん?」



 ほら、朝にあげた豚肉のお礼的なさ?


 そんな童話みたいなコトが起きるか疑問ではあるけど、それ以外には考えられない。



「ええと……ありがたく頂戴しますね」



 山に向かってペコリとお辞儀。


 オバケというより神様みたいな雰囲気だったし。


 しかし、この山って本当に不思議だよね。


 賢いアヒルちゃんにはじまって、トカゲが空を飛んでる奇妙な風景。


 そして、ご飯のお礼に大量の木の実を持ってきてくれる白狼さん。



「アヒルちゃんたちも僕の言葉を理解しているみたいだし、この山に住む動物たちって、みんな頭がいいのかもしれないな」



 よくわからないけど、そういうことにしておこう。


 というわけで、新鮮な魚は晩御飯でいただくことにして、まずは木の実をおやつにすることにした。


 見たことがない木の実もあったので画像検索しつつ食べたんだけど、南米でしか採れないものまであった。


 白狼さん、どうやって採ってきたんだろ……。


 まぁ、ほとんどアヒルちゃんたちに食べられちゃったけど!


 おまえらってば、本当にありがたみというか感謝の気持ちがないよね。


 可愛いから良いんだけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る