第6話
お昼ご飯を食べ終え、縁側でのんびりコーヒーでも飲もうかと思ったんだけど、ちょっとマズい事件が発生してしまった。
「……あれ? 水が出ない?」
蛇口をひねっても水が出なくなったのだ。
まさか水道が停められてしまったのか!?
──なんて慌ててしまったけど、トイレやお風呂の水は普通に出た。
どうやらキッチンの水だけが出ないみたい。
でも、なんでキッチンだけ?
困惑しながらあちこち歩いていると、何だ、どうしたとアヒルちゃんたちがドタドタ集まってきた。
「ねぇ、ポテ? なんで水が出なくなったかわかる?」
「くえっ?」
ポテは「わかんな~い」と言いたげに首を捻った。
可愛いやつだ。
思わずナデナデしたくなったけど、ぐっと我慢。
撫で始めたら、しばらくやめられなくなっちゃうからね。
アヒルちゃんの魅力は恐ろしいのだ。
しかし、なんでキッチンの水だけが出なくなったんだろ?
水道工事の会社さんに相談したほうがいいかなと思ったけど、ひとまず町役場の水道課に連絡してみることに。
すると「山さん(おじいちゃんの名字)が山から水を引いていると言ってたから、水道管が詰まってるのかも」と教えてくれた。
な、なんて優しい人だ。感動。
ていうか、そんな事情まで知ってるなんて、田舎の人たちってすごく距離が近いんだなぁ。
人付き合いが苦手な僕とは大違いだ。
「そっか、山水を家まで引いてたのか」
そう言われると、思い当たるフシがいくつかある。
まず、日によって水の出が悪いときがあったこと。
そして、異様にコーヒーや料理が美味しいことだ。
こっちに来てゆっくり料理をする時間ができたし、こりゃあ料理の腕が上がったなぁと自画自賛してたけど、単純に水が美味しかっただけみたい。
悲しいネタバレである。
「山水を引いてるってことは、ノートに詳しく書いてるかもしれないな」
困ったときのスローライフマニュアルだし。
早速、書斎に行ってノートを開く。
モチも興味があるのか、机の上に乗ってノートを覗き込んできた。
「ええっと、山水、山水……あった、これだ」
まるまる1ページを使って導水路の説明が書いてあった。
それも、絵の具を使ったイラストでわかりやすく。
てか、絵がすごく上手い。
おじいちゃんってば、多才だったんだなぁ。
「……ふむふむ、ここの導水管に不具合がおきたのかもしれないな」
「ぐっ、ぐっ」
モチに同意された……ような気がする。
この山水は水源からパイプを伝って、いくつか集水桝を経由して家に来ているみたい。「水源の目詰まりと冬場の凍結に注意すべし」とメモ書きされていた。
「よし。ちょっと見てこようか。モチも一緒に行く?」
「くわっ!!」
元気よく返事するモチ。
他の子たちも誘ってみようかな。
ひとりで山に入るのはちょっと怖いけど、アヒルちゃんたちがいるなら大丈夫な気がするし。
というわけで、散歩がてら御科岳に入ってみることにした。
……あれ?
そう言えば山に入るのって、初めてだっけ?
***
作業着と軍手、それと厚底のジャングルブーツを履く。
さらに、水筒と着替えを入れたリュックを背負い、ポテ、モチ、テケテケの3羽といざ出陣!
キッチンの裏から出ている細い導水管に沿って歩いていく。
いかにも手作り感満載のパイプは、ずっと山の中に続いていた。
ううむ。一体どこまで行く必要があるんだろ?
「結構歩きそうだけど、大丈夫?」
「くわっ」
「がー」
「ぐえっ」
うん、問題なさそう。
何ていうかこう、「どんとこーい」みたいな雰囲気を感じるし。
いや、実際にそう言ってるかはわからないけど。
僕を先頭に、ずんずんと山の中を歩いていく。
草をかき分けて行く必要があるかなと心配だったけど、導水管に寄り添うように細い道が続いていた。
獣道みたいなもんだけど、草むらの中を歩くよりはずっといい。
多分、水を引いた時に作ったんだろうな。
「……ん?」
ふと、黄色の花がいくつも咲いているのに気づく。
小さくてかわいい。
あまり見たことがない花だけど、なんていう花だろう?
事前に調べておくべきだったかな?
「……あ、そうだ。スマホで調べられるんだっけ」
確か写真を撮って画像検索したら一発でわかるはずだよね。
というわけで、パシャリと写真を撮って検索してみる。
どうやらこの黄色い花は「リュウキンカ」という名前らしい。
茎が直立して黄金色の花を付けることから「立金花」と呼ばれるようになったとか。
へぇ~、面白いな。
その他にもニッコウキスゲ、イチリンソウなんてものもあった。
ちょっと歩いただけで色々な発見がある。
山の中を歩くのって、楽しいな。
「それにすごく気持ちが良いし……う~ん」
大きく伸びをする。
木漏れ日の中、アヒルちゃんたちとの散歩はすごく気持ちいい。
これぞスローライフって感じだ。
小鳥のさえずりや木々の葉擦れの音を聞きながら歩くなんて何年ぶりだろう?
営業の外回りでかなり歩いてたけど、うるさい人混みの中ばっかりだったからなぁ。こういう環境の外回りなら、少しはストレス解消できたかも?
「……いや、ないな」
だって、想像しただけでげんなりしちゃうし。
今思えば、体を壊す前に会社を辞めるべきだったかもしれない。
半年前の営業部転属の辞令が出たときくらいに。
だけど、特技と呼べるものが何もなく、オール「並」の人生を送ってきた僕にとって、誰かの期待を背負って頑張るというのが生きる道だったんだよな。
求められたら、なんでもやらなきゃいけない。
選り好みなんてしてたら捨てられてしまう。
そんな強迫観念みたいな思考に背中を押されて頑張って、会社が求めるまま営業部に転属して、ストレスを抱えて体を壊してしまったってわけだ。
場の空気に流されたり影響されやすい性格だって自覚はしてる。
そのせいでこれまで何度も痛い目を見てきたわけだし。
「……ぐっ?」
「ん?」
ふと気づけば、足元からアヒルちゃんたちが僕の顔を見上げていた。
3羽とも、「どうしたの?」と言いたげ。
心配してくれたんだろうか?
うう、なんて優しいアヒルちゃんたちだろう。
「大丈夫だよ。ちょっと昔の嫌なことを思い出してただけだから」
「がー」
「……あ、あれっ?」
興味なさそうに、アヒルちゃんたちがトテトテッと走りだす。
お、おかしいな?
僕のことを心配してたんじゃないの?
もしかして、歩くの遅かったから注意されただけ!?
そ、そんなぁ……。
そうして、アヒルちゃんズのかわいいお尻を追いかけながらしばらく歩いていると、綺麗な沢を発見した。
すんごく透き通った水が流れている。多分、山水が沢になったのかな?
導水管はその沢に繋がっている。
どうやらここから水を引いているらしく、近くに大きな集水桝がデデンと鎮座していた。
集水桝は沢から引いてきた水を濾過させるための装置っぽい。中に越流させるための仕切り壁があって、小石や砂が下にたまるようになっている。
もしかしてここに何かが詰まってるのかな……と思ったら、案の定、集水桝に繋がってるパイプに落ち葉や小石が詰まっていた。
このせいで流れなくなっていたんだな。
落ち葉をどかして綺麗に掃除をすると、ドドッと水が流れ出した。
アヒルちゃんたちが「ぐわっ!?」とビックリしてたのが可愛かった。
「……よし、これでオッケーだな」
キッチンに水が出るようになっているはず。
だけど、また詰まっちゃうかもしれないし、定期的に見に来る必要がありそうだ。
まぁ、山の中を歩くのは気持ちがいいし、全然苦じゃないけどね。
「しかし、立派な集水桝だなぁ……」
大きさは僕の背丈くらいある。
コンクリート製だと思うんだけど──ちょっと奇妙なところがあった。
どう言えばいいのかわからないけど、ほのかに発光してるっていうか。
木漏れ日の影響かと思ったけど、やっぱり光ってるよね?
「ねぇ、テケテケ? これ、光ってるよね?」
「がー」
僕の前をテケテケッと走っていき、沢にドボンと飛び込んで水浴びをはじめるテケテケさん。
全く興味がないらしい。
うん。実にマイペースだ。
まぁ、ぶっちゃけ僕もどうでもいいんだけど、もう少し会話を楽しんで欲しいな。
や、アヒルと会話っていうのもアレだけどさ。
何はともあれ、とりあえず山水問題は解決したと思うし、帰ろうか。
「……あ、ついでに山菜とか採って帰っちゃおっかな?」
どの山菜が食べられるのかは良くわからないけど、さっきの花みたいにネットで検索すれば大丈夫でしょ?
──と思ったんだけど。
「……あれ、電波が届いてない?」
スマホは圏外になっていた。
これじゃあネット検索できないな。
人里に近いところだと電波は飛んでるけど、さすがに山の奥のほうは無理か。
仕方ない。山菜はあきらめよう。
「……ん?」
今度はポテポテッと、ポテがやってきた。
水浴びしてたみたいだけど、羽は全く濡れてない。
アヒルちゃんって、めちゃくちゃ撥水性が高いんだよね。水が玉になって落ちていくのは見てて楽しい。
「あ、そうだ」
くちばしで丁寧に毛づくろいしているポテを見てふと思いつく。
アヒルちゃんに聞けばなんとかなるかな?
だってほら……この子たち、めちゃくちゃ賢いじゃない?
「ポテ、食べられる山菜ってわかったりする?」
「がー」
毛づくろいしながら返事。
ええっと……今のは肯定? 否定?
全然わからん。
「もしわかるなら、どれが食べられるか教えて欲しいんだけど」
「ぐっ、ぐっ」
「……おっ?」
僕の言葉を理解したのか、ポテが歩き出す。
何かを探しているような素振りであっちに行き、こっちに行き──やがて草むらの中でピタリと止まった。
「ぐわっ!」
そして僕を見て、ひと鳴き。
「……え? それ食べられるの?」
「くわっ!」
そうだよ、と言っているように思えなくもない。
もしそうだったらすごい。
アヒル型山菜探索機じゃん。
本当かどうか、ちょっと試してみるか。
さっきポテが見つけた山菜っぽい植物を取って、目の前に出す。
「これ、食べられる?」
「くわ」
コクコク、と頷くポテ。
お次はそこら辺の適当な草を取って──。
「これは? 食べられる?」
「ぐえっ」
今度はプイッとそっぽを向かれた。
おおおおっ!
やっぱり判別してるっぽいぞ!?
賢すぎないか、うちのアヒルちゃん!?
というわけで、ポテ大先生に可否を問いながら山菜を採りまくる。
30分もしないうちに、リュックの中が山菜だらけになってしまった。
うーむ、ちょっと調子に乗って採りすぎたかもしれない。
ひとりで食べられる量じゃないし、勘吉さんにおすそわけしようかな。
「……あれ? どこだここ?」
ふと気づくと、全然知らないところにいた。
沢もないし、あの巨大な集水桝もない。
右を見ても左を見ても、バカデカい木々が生い茂っているだけ。
方位を調べれば帰れるかと思ったけど、スマホの電波は圏外のままだった。
や、やばい。
これは軽く遭難したかもしれない。
「くえっ」
「あ、ポテ」
ガサガサッと草をかきわけてポテがやってきた。
その後を、モチとテケテケがヨチヨチと付いてくる。
3羽の姿を見て、少しだけほっとした。
相手はアヒルちゃんだけど、見知った生き物がいると心強いっていうかさ。
家までの道を覚えていてくれたら更に助かるんだけど。
「……あのさ、誰か家までの道、わかったりする?」
「くわっ」
「ぐわっ!」
「ぐわわっ!」
3羽とも元気よく返事をしてくれた。
流石はウチの賢いアヒルちゃんたちだ。頼もしすぎる。
だけど、これじゃあどっちが飼い主かわからんなぁ。
僕、給仕のお兄さん?
まぁ、そんな話はおいといて。
道を覚えているなら話しは早いと、早速アヒルちゃんたちに帰り道の案内をしてもらおうかと思ったんだけど──。
「……ん?」
木々の隙間から、何かがチラッと見えた。
どう表現すればいいかわからないけど、広大な平原……みたいな。
だけど、ここ辺りにそんなものはないよね?
だって御科岳って、結構な広さがある山岳地帯だし。
「ゴメンみんな。ちょっと寄り道してもいい?」
「ぐっ、ぐっ」
見間違いかなぁと思ったけど、なんだか気になったのでちょっと確かめてみることに。
すぐ近くに小高い丘みたいなところがあったから、そこから見てみよう。
斜面をうんしょうんしょとアヒルちゃんたちと登る。
そして、目の前に広がる景色を見て、唖然としてしまった。
「……な、なんだこりゃ」
ありえない光景が広がっていた。
終わりが見えないくらい、ずっと続いている広大な平原。
ポツポツと木があるくらいで他には何もなく、遠くにはお城みたいな建築物がうっすらと見える。
お城と言っても日本のものじゃなく、西洋風の古城っぽい雰囲気。
さらに驚いたのは、空に翼が生えた巨大なトカゲみたいな生き物が飛んでいたことだ。
「……」
まるで絵画の中から飛び出してきたような非現実的な風景に言葉を失う。
な、なんでこんな景色が山の向こう側に?
ふと足元のアヒルちゃんたちを見たけど、驚いている様子は無い。
あれ?
もしかして僕、夢を見てる?
「……モチ、ちょっと僕をつついてくれる?」
「がー」
ビシッ、ビシッ。
痛い。すごく痛い。
うん。夢じゃないな、これ。
てことは、この景色って……現実?
「と、とりあえず帰ろう……」
なんだか怖くなってきた。
これ以上進むと帰れなくなりそうだし。
丘を降りて、急いで帰宅することに。
どうやって戻ったかはあまり覚えてないけど、1時間ほどで無事に自宅に帰ってくることができた。
流石は賢いアヒルちゃんたちだ。
助けてくれたお礼に、エシャレットをプレゼントした。
チャムチャムと音を立て、美味しそうに食べるアヒルちゃんにほっこりしたんだけど、ふと、あの妙な風景が脳裏に浮かぶ。
西洋風のお城に、翼が生えたトカゲ。
ううむ、あれは一体なんだったんだろう……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます