第2話 アイス
秋月を好きになったのは、中学を入学してすぐの頃、ちょうど4ヶ月前だった。
秋月は、入学初日から他の女子とは一線を画していた。
整った容姿、立ち振る舞い、その一挙手一投足に、可憐な美しさがありながら、時折見せるくしゃっとした笑顔がギャップ萌えで。
俺は生まれて初めて女の子に一目惚れをした。
長い黒髪も、凛々しく美しい目鼻立ちも何もかも全てがタイプだった。
俺と秋月は同じクラスになった。しかもたまたま隣の席。
チラチラとバレないように彼女の横顔を見る。髪を耳にかける仕草、鼻を触る仕草、頬杖をつく仕草、、見れば見るほど癖になって飽きなかった。
ある日、俺は教科書を忘れた。
ドキリと心臓が跳ねる。熱い汗が額から滲んできて、俺は迷った。秋月に見せてもらうかどうかを。本当は見たい。でも周りの目が気になる。秋月と俺じゃとてもとても似つかわしくない。
それに加え、隣の席になったのにも関わらず、秋月とまだ一度もまともに会話ができていなかった。
だから、ほんの一声かけるだけでも俺にとっては、聳え立つ高いハードルがあった。
甘井にでも借りるか。そう思った時だった。
するすると机をこする音が聞こえ、俺の机の隅に歴史の教科書が次の授業の範囲のページが開かれた状態で現れた。
「どうぞ?」
彼女は首の位置を変えずに横目で僕をチラッと見てそう言った。
目のきれいさに俺は、ドキッとした。まるで、目の中に銀河系を埋め込んでいるようだった。
「別に遠慮しなくていいよ。いつでも頼って」
正面に向き直って言う彼女は軽く微笑んだように見えた。
「あ、ありがとう」
何とかして声を震わせながら、俺は感謝の言葉を捻り出した。
額に汗が滲んでくる。心臓の鼓動は収まるどころかどんどん速くなっていく。
俺の脳が思考をぐるぐると回らせていた。秋月は、俺が教科書を忘れたことに気づいていた。つまり俺のことを見ていた?
何よりも、彼女の世界に俺という存在がいたことが嬉しい。それに、あの優しい言葉。好印象ということか?いやそんなことはどうでもいい。とにかく彼女と言葉を少しでも交わせた。しかも彼女から。そんなことだけでも、たまらなくて。感情が渦巻いて、もう、その時点でベタ惚れだった。
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「おーい、アイス買ってきてやったぞー」
担任の満島がパンパンになったコンビニ袋を掲げながら、乱雑な大声を発した。
「おい、藤林!早いもん勝ちだぞ、早くもらいに行こうぜ」
甘井はそう言って俺の腕をつかまれ、引っ張られた。
その腕をようやく解く。手首に少し痺れを感じ、ぶらぶらと回した。
「いいよ別に、俺アイス気分じゃないし」
と言いながら俺は、アイスが大量に入った袋を見つめた。
最近発売されたばかりの、フルーツバーのスイカ味。包装が、独特で、CMでも話題だ。
どんな味がするんだろうと、考えた。
しかしそのアイスは、甘井達、その他のクラスメイト、そして秋月も手にしてあっという間に無くなった。高尾が俺に肩を組んできた。
「藤林、ギリギリ君か。俺と同じだな!」
アイスが無くなるギリギリの残り物に掴んだギリギリ君。
・・・・結局、俺は定番のギリギリ君ソーダ味。
俺に似つかわしい結果だなと思った。
そんな時だった。
「藤林!」
聞き慣れる声に俺は目を見開いて振り返った。
目の前に居たのは、クラスで2.3位を争う美少女の
「そのギリギリ君とあたしのこれ、交換しよ」
高見は、綺麗な金髪を靡かせ言った。
あの新作のスイカ味のアイスを握っていた。
まさかの相手にまさかの提案。俺はたじろぐしかなかった。
「え?いいのか?」
「うん、そっちはいいの?」
「いいどころか嬉しいよ。ありがとう高見」
「別にアイス一つでそんなに喜ぶことじゃないっしょ。そ、それに私もこれほしかったし。じゃね」
高見は、そそくさとその場を去ったが、巻きタオルに足を絡ませ盛大に転んでいた。
幸い、ケガが無いようでよかった。
午後のプールの授業は、終わりを迎え、遂に決行の時は訪れた。
プールから出て、次々と生徒が更衣室へ移動する中、甘井と佐藤と高尾は、にやにやと気色悪い笑みを浮かべながら、女子更衣室と隠し倉庫のある茂みへと消えていった。
俺は、見て見ぬふりをするか迷ったが、正義感が働き、それを止めるために俺も茂みの中へ入っていくのだった。
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