ラスボス候補生は英雄を夢に見る~やりこんだJRPGの男主人公に転生したんだが、選ばれたのは俺じゃない方の主人公だったらしい~

鬼怒藍落

プロローグ:NEW GAME

「っし――遂にアリスルートクリア&トロコンだー!」


 画面の右端に表示されたクリア率100パーセントを報告する最後のトロフィー。

 それを見届けた俺は、感極まりながらもスクショして……溢れてくる感動を噛みしめた。丁度一ヶ月前に発売されたこの【ミソロジー・サーガ】にはまった俺は、夏休みの全てのゲーム時間をこれに注ぎ……遂に。


「やっと……やっとクリアだ。まじで楽しかったぞミソサガ!」


 一応だが確認のためにトロフィー画面が埋まっている事を確認しながらも、俺は今までの思い出を振り返るために軽く保存されてるイベントシーンに目を通す。

 こんなこともあったなとか、あぁこのシーン熱かったなとか思いながらも頭に過る思い出の数々……俺の青春とも呼べるそれらは人生に残ると言ってもいいだろう。


「あれ? というか……これ最速じゃないか?」


 このゲームにはそのトロフィーを何人が獲得したか見る機能が備わっている。

 それを使ってみれば、完全クリアの称号トロフィーは一人しか獲得してない様で……一応更新してもそれが増えることはなかった。


「え、まじ!? まじで最速!?」


 あまりの興奮に語彙が消え失せたが、なんとか落ち着いてSNSを確認し……一つもトロコンの呟きが無いことに奇声すら上げそうになる。 

 とりあえず嬉しすぎるが、忘れちゃいけないのでセーブをちゃんとして……タイトル画面に戻った。


 そして戻れば見れるのは今までとは変わったタイトル画面……今までは片方の主人公しか映ってなかったそれには、両方の主人公がいて……俺の感動を高めさせる。


「あーほんと長かったぁ……」


 このゲームは、世界各地にある神話や物語をこれでもかというぐらいに詰め込んだ混沌闇鍋系ゲームで、常人がやれば胃もたれするぐらいには厨二要素が満載な素晴らしい一品。


 男主人公の名前が一緒だって学校の友達が教えてくれたからやったのだが、そんな軽い気持ちで出来るような代物ではなく、その面白さのせいで俺の夏休みは八割は消えたと言えよう。


 主人公を男で選んだ場合のルートは狂気の十八、女で選んだ場合でも十、それに加えてその二十八個のエンディングを迎えた後にプレイできる隠しルート二つの計三十ルート。


 一度開発陣にどうしてそんなにルートを増やしてしてしまったんだ……と問いただしたくなってくるが、そんな気力はもう残っていない。


 で、話は変わるがさっき見てたのが男主人公レイの隠しルート。


 今まではラスボスとなった女主人公を各ルートのヒロインと共に倒すというモノだったのだが、隠しルートはなんと彼女に負けて生き残らせるというシナリオになっているのだ。


 もうさ、まじで難しかったわ。


 だってこのゲームすっごい自由だから。


 能力の割り振りに正解はなく作れる装備は数百以上。正解なんて分からないし、難易度激ムズ。


 ルート一個が一本のゲーム並の量、その上ラスボスの行動がルート事に違うというヤバイ仕様。


 作るのに六年かけたと言われていて、どうした開発陣本気出しすぎだぞ? と、そんな事すら思ってしまうのはしょうがないだろう。


 間違いなく自分がプレイした中で一番楽しかったこのゲーム。


 でも一つだけ文句を言わせて欲しいのだ。


 それは、なんでアリスルートハッピーエンドじゃないんだよという事だ。


 いや満足はしている。


 少なくともあの結末は好きだし、あれはあれで完璧だったから良いのだが、一プレイヤーとしてアリスと主人公であるレイには幸せになって欲しかったのだ。


 全ルートをプレイした上でのその感想。


 男主人公にも女主人公にもそれぞれ葛藤があり、何より最初は二人とも両思いだったのだ。


 それがたった一つのすれ違いで、変わってしまい戦う運命にあるなんて本当に辛いし凄いストーリーだった。


「――それでも、この結末は良かったな」


 こういうモヤモヤが残ってこその神ゲー。

 どうせこの先、技術を持ったヤバイ方々がいくらでも二次創作でもしてくれるだろうから、俺はそれを楽しめば良い。


 自分でやってもいいが、生憎俺は厄介なオタクなので自分が一番求めるモノはかけない質でいるので無理。ふと机を見て見れば、このゲームのために買ったエナドリの残骸が転がっていて、よく殆ど寝ずに頑張れたよなという感想を抱いてから俺は、すぐ近くにあるベッドに横になった。


 どうやら……ずっとぶっ通しでゲームをプレイしていたせいで、もう頭も体も限界らしい。正直なところくらくらするし、多分今すぐにでも布団に入れば俺の意識は無くなるだろう。それに自動的にスリープはしているはずなので、電気代は気にしなくても多分大丈夫……だってもう電気代に関しては誤差だし。


「でもやっぱりハッピーエンドみたいよなぁ」


『そうか――なら、お前がやってみろ』


 布団を掛けて眠る直前、ふと呟いたそんな言葉。

 それは誰もいない部屋に響きなくなるはずだったのだが、何故か返事が返ってきたのだ。聞こえてきたのは、ここ一月で聞き続けた誰かの声。

 声のする方を見てみれば、スリープしたはずの画面が光っていてそれを見ていると吸い込まれるような感覚に……。


『任せたぞ――観測者』


 そんな声を最後に普段眠る時とは違う感覚に襲われて――――。


           □   □   □


 日の光が射してきて、その眩しさと鳥の声で目が覚める。

 背中にあるのはベッドの感覚ではなくどちらかというとさらさらとした別の感触。

 ちょっと意味が分からなくて、混乱しながらも微睡む意識で目を開ければそこには一面の草原が広がっていた。


「よし、夢だ」


 どういう状況なのかは分からないが、とりあえずこれは夢だろう。

 きっとファンタジーゲームをしすぎたせいで、頭がファンタジーして、ファンタジーな夢を見ているだけだろうから?

 だってほら、空を見れば龍が飛んでるよ? こんなの夢以外ないだろ。


 だからなんか声が幼くなっている事とかも説明できるし、何の心配もないし不思議なことなんて一切ない。

 だからこそ視線が低いとかは気にならないし、風の気持ちよさとかも分からないんだ。


「あー空が綺麗ダナー」


 それにしても不思議な夢を見るものだな。

 だってどっかでこの草原とか見たことあるし、というか二十九回ほどこの光景を見せられた気もするが、きっとそれは気のせい。


「レイー!」


 おや、なんかまた聞き覚えのある声が聞こえるぞ?

 どこからその声が聞こえてきているのか気になって、そっちの方を見てみれば気の上に人影が……。


「おはようレイ! 遊びにいこー!」


 そしてその人影を認識した瞬間、跳び上がってくる人影。

 次に感じるのは投げられたような感覚と浮遊感、そして地面に倒れる時自分の体が勝手に受け身を取るという異常事態。

 少なくとも、俺はこんな綺麗に受け身なんか取れなかったはずだ。

 それに投げられるときに感触があったというのがまずおかしい。


「あれ? どうしたのレイ、そんな鳩が豆鉄砲くらった顔して? おーい、あれ? 反応しない?」


 混乱する頭に立て続けに襲ってくる情報量。

 目の前にいる、将来絶対美女確定の見たことある少女。

 腰まで伸びる白銀の髪、陶器のように白い肌、全てを吸い込むような深紅の瞳、そして人形と見間違うような容姿、その全てが完璧で、幼いながらに謎の魅力を持っている少女。


「アリス?」


「うんアリスだよ。それよりどうしたのレイ、そんな信じられないような顔をして」


「ちょっと待ってね」


 よし待ってマジで待ってウェイトウェイト。

 とりあえず一度整理しよう、これは明晰夢という事でおーけー?

 だってそうじゃないと説明が付かない。


 確かアレだろ? 自分が夢を見ているという自覚をしながら見れる夢で、色々内容を自由に変化させることを出来るという。明晰夢には感覚があるという記述もどっかで見たしきっとそう。


 きっと、これはあれだ。

 つまりこれは俺がミソサガをやり続けたせいでみた夢だ。

 よしそれだな、答えは出た。


 つまり夢ならなにしてもいいという事でいいのか? つまり、ミソサガの広すぎる世界を感覚有りで楽しめる事だよな。

 なんか間違っている気もするが、今は多分考えても仕方ないのでこれがきっと最善策。


「ねーいつまで待ってればいいの?」


「もういいよアリス、というか何の用なの」


「さっきもいったけど、遊ぶの! 鬼ごっこしよー!」


「鬼ごっこだともうちょっと人集めないと駄目じゃない?」


「あ……村に戻るよレイ!」


 とりあえず、違和感ないようにゲームの過去編でのやり取りでこの場をやり過ごした俺は、そのまま彼女に着いていくことにして、とりあえずこの明晰夢を楽しむことにした。

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