2-5 ソフィアとの出会い

実技試験の失敗から数日が過ぎた。エリーナは毎晩、ヴァレリウス先生の補習を受け、その後も一人で練習を重ねていた。しかし、周囲の冷ややかな視線は変わらず、彼女の心に重くのしかかっていた。


ある日の午後、図書館で魔法の理論書を読んでいたエリーナは、誰かが近づいてくる気配を感じた。顔を上げると、そこには見たことのある金髪の少女が立っていた。


「あの、座ってもいいかしら?」


その声は優しく、エリーナを驚かせた。これまで、クラスメイトが自分から話しかけてくることなどなかったからだ。


「え、ええ⋯⋯どうぞ」


エリーナが答えると、少女は微笑んで隣の席に腰を下ろした。


「私、ソフィア・ブランシュっていうの。エリーナ・レイヴンでしょ?」


エリーナは静かに頷いた。ソフィアという名前は聞いたことがあった。成績優秀で、クラスでも人気者だと噂されている学生だ。


「あの実技試験のこと、気にしないで。みんな最初は苦手なものがあるものよ」


「あなたも⋯⋯見てたでしょう? 私、全然できなかったわ⋯⋯」


「でも、あなたの頑張りは素晴らしいと思う。毎晩遅くまで練習してるのを見かけるわ」


エリーナは顔を赤らめた。誰かに見られていたとは思っていなかった。


「でも、全然上手くならなくて⋯⋯」


「そんなことないわ」


ソフィアは真剣な表情で言った。


「少しずつだけど、確実に良くなってるわ。私、人より魔法感知が得意なの。あなたの魔力、日に日に安定してきてるのがわかるわ」


エリーナは驚きと喜びで言葉を失った。これまで、サラを筆頭に周囲からは冷やかな目で見られることが多かった。こんな風に励まされるのは、リュシアン以来だった。


「あの⋯⋯ありがとう」


エリーナは戸惑いの表情を浮かべ、小さな声で尋ねた。


「でも、どうして私に⋯⋯こんなに親切にしてくれるの?」


ソフィアは瞳に懐かしむような光を宿し、少し考え込むような表情をした後、静かに話し始めた。


「実は、私も最初は苦労したの。今は成績がいいって言われるけど、魔法を習い始めた頃は全然ダメだったわ。特に実技が⋯⋯。でも、いろんな人に助けてもらって、少しずつ上達していったの」


ソフィアは柔らかな微笑みを浮かべ、続けた。


「だから、あなたの姿を見ていると、昔の自分を思い出すの。そして、誰かに助けてもらった恩を、今度は私が返したいって強く思ったの」


エリーナは胸が熱くなるのを感じた。初めて、学院で本当の意味での仲間を見つけられたような気がして、目に涙を浮かべながら言った。


「私⋯⋯本当に嬉しいわ。ソフィア、ありがとう」


ソフィアは優しく微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻った。


「それに、気になることがあるの⋯あなたの魔力とは別の何かが干渉しているように感じるわ」


エリーナは驚きに目を見開いた。


「え? そんな⋯どうしてそんなこと分かるの?」


「正確には分からないの。ただ、あなたが魔法を使おうとした時、何かがそれを阻むような⋯ごめんなさい。それ以上はまだ説明できないわ」


「そう⋯⋯」


エリーナは少し落胆しつつも、感謝の気持ちを込めて言った。


「でも、教えてくれてありがとう」


ソフィアは決意に満ちた表情で続けた。


「だから、あなたの近くでもう少しよく見させて? そうしたらもっと何かわかるかもしれないから」


エリーナが戸惑いの表情を見せると、ソフィアは優しく微笑んだ。


「つまり、友達になりましょう? って言ってるのよ」


「でも⋯⋯私のせいであなたまで冷たく見られたりしたら⋯⋯」


ソフィアは力強く首を横に振った。


「そんなこと気にしないで。真面目に努力する人を軽蔑するような人とは、私も付き合いたくないわ。それに、友達なら互いに支え合うものでしょう?」


エリーナは感動で言葉を失った。ソフィアの優しさと強さに心を打たれ、温かい気持ちが胸いっぱいに広がっていくのを感じた。


「ソフィア⋯⋯ありがとう。私、頑張るわ。あなたの友達として恥ずかしくないように」


ソフィアは明るく笑顔を見せた。


「そう言ってくれて嬉しいわ。これからよろしくね、エリーナ」


二人は互いに微笑み合い、新たな友情の始まりを感じていた。


「そうだわ、これからは一緒に勉強しない? 私も教えられることがあると思うし、お互いに高め合えると思うの」


エリーナは躊躇なく頷いた。


「うん、お願い!」


***


その日から、エリーナとソフィアは親密な友人関係を築いていった。授業の合間や放課後、二人は図書館や空き教室で一緒に勉強した。ソフィアは魔法理論に詳しく、エリーナに分かりやすく説明してくれた。一方、エリーナは努力を惜しまない姿勢でソフィアを刺激し、彼女も更に成長していった。


ある日の午後、二人で風の魔法の練習をしていると、サラとその取り巻きたちがやってきた。


「あら、ソフィア。こんな落ちこぼれと一緒にいて大丈夫なの? あなたまで魔法が下手になっちゃうんじゃない?」


サラの言葉には毒が含まれていた。

エリーナは身を縮めそうになったが、ソフィアは毅然とした態度でサラに向き合った。


「エリーナは落ちこぼれじゃないわ。彼女は一生懸命努力してる。それに、私たちは互いに高め合ってるの。サラ、あなたこそ、もっと自分の魔法に集中した方がいいんじゃない?」


サラは顔を真っ赤にして、何か言おうとしたが、結局何も言えずに立ち去った。


エリーナの日々は、充実感と期待に満ちていた。ソフィアとの共同学習は、彼女の魔法の腕前を着実に向上させていた。特に風の魔法では、微かではあるが確かな進歩を感じ取ることができた。ソフィアの存在は、エリーナにとって計り知れない心の支えとなっていた。


その一方で、サラの敵意は依然としてエリーナの心に引っかかっていた。なぜあれほどまでに自分を嫌うのか、その理由を探りかねていた。だが、ソフィアの励ましの言葉を思い出し、エリーナは自分の成長に集中することを決意した。他人の感情に振り回されるのではなく、自身の目標達成に全力を注ぐべきだと悟ったのだ。

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