第50話 決勝戦の15分前の事件

 ここはライザーン中央スタジアム。スタジアムの客席は、お客で埋め尽くされている。


 我らがゼント・ラージェントとその宿敵、セバスチャンの決勝戦は、あと20分後と迫ってきていた。ゼントとミランダたちは控え室で、戦術の確認をしている。


 一方その頃、ローフェン、ゲルドンはスタジアムの選手関係用応接室――つまり関係者用個室で、アシュリーを見守っていた。ゼボールは部屋の外で、廊下を見張っている。

 アシュリーたちは決勝戦が始まるまで、この部屋で待機する予定だ。


「おいゲルドン、何で、てめぇがアシュリーの護衛ごえいなんだよ」


 ローフェンはズイとゲルドンに突っかかった。


「ゼントやエルサ、ミランダさんが認めても、俺は認めねーぞ! さっきは『力を合わせよう』なんて言ったけど、本当は納得なっとくいってねーんだよ!」

「興奮すんじゃねえ」


 ゲルドンは真顔だ。しかしローフェンは舌打ちした。


「ああ? 反則野郎! ゼントと闘った時、肘サポーターに鉄を仕込んでいたの、忘れてねーぞ、このにせ勇者野郎よぉ」

「確かに……俺は反則野郎さ。その時はな」


 ゲルドンは言った。


「だが、俺は深く反省した。今は俺は、アシュリーの護衛ごえいを任されている。ケンカなんかしている場合じゃない」

「信用できねーんだよ、この野郎」


 ローフェンはゲルドンの胸ぐらをつかんだ。


「どうせお前が、セバスチャンに依頼されたスパイなんじゃねーのか? ああ?」

「違う! セバスチャンと俺は、もう関係がない」

「ちょっと! やめて、二人とも!」


 ソファに座っていた、アシュリーが声を上げた。


「なんでかわかんないけど~……。なんで私が狙われているんですか?」


 アシュリーはソファに座って、スナック菓子をポリポリ食べ続けている。


 エルサの娘、アシュリーはセバスチャンやアレキダロスたちに、身柄みがらを狙われている――。アシュリーには、サーガ族の血が多く流れており、セバスチャンたちはアシュリーの血液を欲しがっている――。


 ゼントやミランダたちは、そう考えているのだ。


「ゲルドンさーん」


 ソファに座ったアシュリーは言った。


「ジュースちょうだい」

「おう、どうぞ!」

 

 ゲルドンはすでに買ってきておいた、ライザーン名物アプルバナネジュースを、サッとアシュリーの机の前に置いた。ストロー付きだ。


「あんた……大勇者のくせに用意がいいな……」


 ローフェンは再び舌打ちした。


 セバスチャンたちの手下か誰かが、アシュリーを誘拐ゆうかいするかもしれない――。王立警察に頼んでも、セバスチャンの権力に負け、相手にしてくれなかったのだ。自分たちで、アシュリーを守るしかない。


 アシュリーは言った。


「もう選手入場の5分前です。試合開始の15分前くらい? そろそろ私たちも会場に行きましょう」

「うーん、そうだな。そろそろ行くか」


 ローフェンがうなずいた――その時!


 ガスウッ、ゲシッ!


「ぐわっ!」


 外で、ものすごい打撃音がした。そしてゼボールのうめき声が聞こえた。


 バキイッ


 そして、扉の方で何かが壊れる音がした。


 ゲルドンとローフェンは顔を見合わせた。――まさか!


 ギイッ


 扉が開く音が――した!


「こんなところにいたんですか、アシュリーさん。いや~探しましたよ!」


 入ってきたのは、白仮面の大魔導士――アレキダロス! そしてさっき会った、黒スーツの赤鬼!


「ちなみに、ゼボール君は失神していますよ~。赤鬼がぶんなぐったので」


 アレキダロスは甲高い声で言った。

 やはり――来たか! ローフェンたちは身構えた。


「キャアア!」


 アシュリーは、ローフェンの後ろに隠れる。


 赤鬼は、なぜか医療いりょう用マスクをしている。


 ローフェンはギョッとした。赤鬼の手には、ドアノブが握られている。ち、力でドアノブを引きちぎったというのか? 赤鬼はすぐに、ドアノブを放り捨てた。


 ――赤鬼は身構えた! やる気だ!


「うおおおーっ!」


 ローフェンが、赤鬼に向かって襲い掛かった。すると赤鬼は、意外な行動に出た。素早くスーツのポケットから、空き缶――? いや、缶スプレーを取り出したのだ。


 シューッ


 ローフェンの顔に、噴射ふんしゃした。


「あ、うう……」

 

 ローフェンは、がくりと膝を床についてしまった。


「か、体がしびれ……」


 ローフェンがうめく。赤鬼はジロリとアシュリーをにらみつける。


「アシュリー、あんたに用がある」

「てめええーっ! アシュリーに近寄るんじゃねええええっ!」


 ガシイイイッ


 ゲルドンは素早く横から、赤鬼を殴りつけた。


 しかし赤鬼は、ゲルドンのパンチを、片手で受け止めていた。赤鬼は、手に持ったスプレー缶を、すでに床に落としている。


 今度は赤鬼の右アッパー!


 ガスウッ


「グウウッ」


 ゲルドンはまともにアゴに喰らった!


「ゲルドンさん! 頑張って!」


 アシュリーが部屋の隅で声を上げる!


 ゲルドンはアッパーを耐える。アシュリーを……守らなければ! 絶対に!


 ブンッ


 今度はゲルドンの左ボディーブロー!


「ゲフ!」


 赤鬼は目を丸くした。完全に腹に受けてしまった。しかし、赤鬼は目を血走らせながら耐える。


 ――今度は赤鬼の前蹴り! 素早い!


 サッ


 ゲルドンはそれをけ、赤鬼の胸ぐらをつかんだ。


 そしてゲルドンの、上から振り下ろすような、超接近型のパンチ!


 シュッ


 赤鬼は首を傾けて、それを間一髪でける!


 すると赤鬼は、ゲルドンの手首――いや、服の袖をつかんだ!


 投げっ……!


 ヤバい――! ゲルドンは直感した。


(「袖釣込そでつりこみ腰」か!)


 長袖の私服を着たままの闘いだから、可能な投げだ! 赤鬼はゲルドンの袖を掴みながら、ゲルドンを背負おうとした。


 しかしゲルドンは投げられる途中で、振りほどき――。


 赤鬼を一回持ち上げ、そのまま床に背中から落とした! これは「後ろ腰」という投げ技だ。


「ぐっ! くそ! まさか、う、『後ろ腰』とは……」


 背中を痛めた赤鬼だったが、器用に前転し、すぐにフラフラと立ち上がる!


 ゲルドンは素早く、赤鬼に近づいた。――ここだ!

 

 ガスウッ


「う、ご」


 強力な右フックを、赤鬼のアゴめがけて振り切った!


 あ、当たった……! 赤鬼は吹っ飛んでいた。ガタガタガターン! 勢いで、机やソファも吹っ飛ぶ!


「まったく、バタバタとうるさいですねぇ」


 白仮面の大魔導士、アレキダロスは不満を言った。相変わらず、大人とも子どもともつかない、甲高い声だ。魔法で変声へんせいしてあるらしい。


「前から思ってたけど……アレキダロス……お前、誰なんだよ」


 ゲルドンは、アレキダロスをにらみつけながら言った。アレキダロスは、「さあ?」と言って白仮面のズレを直している。


「ぶっとばして、仮面をはいでやる!」


 ゲルドンは握りこぶしを固めて、アレキダロスに向かっていった。


 シューッ


「ゲルドンさん!」


 アシュリーが叫ぶ。


 アレキダロスも手にスプレーを隠し持っていた。ゲルドンはまともにその噴射ふんしゃを浴び、膝をついてしまった。

 

「ポイズンタイガーの牙の毒素、ブラッディーホエールの内臓、シビレバナの花びらなどを三週間煮て作り上げた、特製のしびれ薬です。残念ながら、毒性はありませんが、一本でドラゴンを1日、しびれさせます。後で睡眠薬も注入してあげましょう」

「この野郎……アシュリーに手を出すな……」


 ゲルドンは床にいつくばりながら言ったが、アレキダロスは仮面の奥で笑った。


「このスプレーも万能じゃありません。1本750万ルピーもするんですよ。それにね、医療いりょう用マスクをしていないと、私たちもしびれてしまうんです。私も仮面の下にマスクをつけています。さて、アシュリー、お次は君です」


 アシュリーは一歩後退する。アレキダロスはクスクス笑っている。


「てめえ……幼なじみの娘に手ぇ出したら……ただじゃすまさねえぞ……!」


 ゲルドンは、起き上がろうとしながら声を上げた。しかし、まったく体に力が入らない。


「というわけで、アシュリーさん、一緒に来てもらいましょう。おい、いつまで寝てるんだ」


 アレキダロスは赤鬼を足で踏んで起こした。赤鬼はあわてて起き上がる。


「ローフェン、ゼボール、ゲルドンの三人を、別の部屋に運び込んでおきなさい。彼らに睡眠薬の注入も忘れるな」


 アレキダロスはアシュリーを見た。


「い、いや……。やめて」

「いや~、申し訳ない。しばらくしびれててください」


 アレキダロスはスプレーをアシュリーに向けた。

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