第22話 その頃、ゲルドンは⑥

 酒場での大喧嘩――。

 ゲルドンのパーティーメンバーであり、一番弟子のクオリファは、ドルバースに向かって横蹴りを見舞った。

 ドルバースは、酒場の壁に激突!


「ぐ、や、やるじゃねえか……」


 ドルバースは、胸をおさえながら言った。頭は壁に打っていない。大丈夫だ。


 クオリファは笑って、拳の骨をポキポキならしている。


「いやぁ、さっきからこのホビット、ムカついてたんスよね。俺の先生が本気出してないからって、色々してくれちゃってさ」


 するとホビット族のドルバースはクスクスと笑った。


「この大勇者が、本気を出してないって? ケンカに負けちゃおしまいだろ?」

「……ああ。ケンカに負けちゃおしまいだよなあ。クオリファ、代わってくれや……と、その前に!」


 ガッ


 ゲルドンはいきなり、ドルバースに掴みかかった。


「おっ、お前! 弟子に代わるんじゃなかったのか」


 ドルバースは油断していた。そして、床に倒され、馬乗りの状態になった。この状態は、ケンカでいえば、「超危険」を示す。

 つまり、ゲルドンが有利の体勢なのだ。ここから上からのパンチの雨あられに移行できるからだ。


「くっ、汚ねえヤツらだ!」


 ドルバースはあわてて逃げ出そうと、馬乗りの状態から、もがいて逃げようとした。


「くっ!」


 ゲルドンはクオリファに目で合図する。するとクオリファは、何と――。


 ドガッ


 横から、ゲルドンに馬乗りされているドルバースの腕を蹴っ飛ばしたのだ!


「う、が!」


 ガスッ


 クオリファは、もう一発、腕を蹴る! ドルバースは、苦痛に顔をゆがめる。


 なんだ、何が起こっているんだ? 野次馬たちは、この状況を呆然と見ていた。


 2対1……! 大勇者ゲルドンとクオリファが、一方的にホビット族のドルバースを叩きのめそうとしている。2人がかりで、1人を……!


 なんなんだ、これは?


「一方的な暴力じゃないか」


 野次馬の誰かが言った。その通りだった。


 野次馬たちは困惑していた。これは2対1の構図だ。これはケンカじゃない。一方的な暴力になりつつある。


 そして、クオリファはすきあらば、上から蹴りを落とそうとしている。


 一方、ゲルドンといえば、ドルバースの上からパンチをガシガシ当てにいった。ドルバースは肘や腕で、ゲルドンの馬乗りパンチを必死に防いでいる。しかし――。


 ガスッ

 ガスッ

 ゲスッ


「う、うおおっ……」

「やべえ」

 

 野次馬たちは声を上げる。


 ドルバースは腕を使い、ゲルドンの強引な――力任せな馬乗りパンチを防いでいた。しかし、やがてほおや額にパンチが当たりだした。

 ドルバースは防御するための腕を負傷したらしく、もう防戦一方ぼうせんいっぽうだ。逃げるスタミナも、もう残ってなさそうだった。


 ドルバースは小さく言った。


「う、ま、まい……っ」

「あ? 聞こえねーよ!」

「う、ま、まいった、ゆ、ゆるしてくれ」


 ドルバースはあわてて、懇願こんがんした。


 おおおおっ!


 野次馬たちは声を上げる。しかし、何だかスッキリしないケンカだ。勝負というよりは、何か嫌なものを見せつけられたような――。

 ゲルドンは弟子の力を借りた。2人で、あの小柄なホビットを叩きのめしたのだ……。


「負けを認めたな。それでいいんだよ、クソ野郎」


 大勇者ゲルドンはニヤッと笑って、馬乗り体勢から立ち上がった。

 そして、弟子のクオリファとハイタッチだ。


「俺ら、最強だな!」

「そうっスね!」

「ケンカは、勝たなきゃダメなんだよな!」

「その通りッス!」


 ゲルドンとクオリファは満足顔だ。しかし、野次馬たちの目は冷たい。


 ドルバースは、酒場の店員の手で、すぐに近くの診療所にかつぎこまれた。さっきのクオリファの蹴りで、腕が折れたらしい。


「きたねえよ……二人がかりで……」

「なんなんだ、あの大勇者とあの弟子は」

「大勇者ってあんなヤツなのか?」


 野次馬たちは眉をひそめて、ゲルドンを見やった。それを聞いたゲルドンは、「うるせえんだよ!」と怒鳴った。


「ケンカは勝ちゃいいんだろうが! ハハハ! 記念に祝杯だ! クオリファ、ビールをもってこい!」

「わかりましたっ!」


 野次馬たちは、悪びれず勝手に祝杯をあげているゲルドンたちを、冷ややかな目で見やっていた。

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