第9話
「……」
「……」
「あの……」
「なんだ?」
「……もっかい言って貰えます?」
「お前に黙っていたことがある」
「いやその後のとこ」
「とてつもなく大事な話……」
「その後!」
「なんだよ人が丁寧に一語一句喋ってやろうと思ってるのに」
「いいから!」
「あーはいはい、世界を滅ぼそうとか、世界征服とか、侵略とか考えてませーん」
「そこぉ!!」
俺は屈んで手をヒラヒラさせているリュートに全力で指を指す。
「なんでなんだ!お前魔王なのに世界征服してないとか絶対にありえないだろ!」
「だって本当の事なんだもーん」
「んなわけあるか!だったら今も世界中で暴挙を働いているお前の手下達はどうなんだ!ええ!?」
HPもほぼ残ってない状態のはずなのに勢い余って立ち上がってしまった俺はリュートに食ってかかる。しかしリュートは「手下達?」と、不思議そうに俺を見上げる。
「そういえば俺の親父がガチで世界征服企んで世界中にモンスターばらまいてたっけな。あれに関しては俺の支配下では無いからな、どうしようもないし知らん」
「知らんって無責任なっ!」
「とにかく俺は世界に害を及ぼすようなことは何もしてませーん」
「……っでもお前盗みとかは流石に働いてるだろ!あの宝物庫のものは自分で稼いだとは言うまいな!?」
「その件だがな、あれも先々代や親父が勝手に集めたものだから俺は知らな…いや、金銀ぐらいは自分で稼いだものもあるな」
「嘘つけ!お前の収入なんてせいぜい野菜を売ったはした金だろ!」
あんなに大量の金銀財宝どころか摩訶不思議な魔具を長生きしてるとは言えど揃えられるわけが無い。世界中を細部まで駆け巡っても揃えられるか分からない。
「絶っっ対に悪事を働いてるに決まって…!」
「おいおい、馬鹿にしてもらっちゃ困るな。俺は魔王だぜ?様々な金の稼ぎ方を知ってんだよ。例えば異世界と繋がるワープホールを使ってネットを繋いで株やFXでウハウハやってんだぜ?」
「かぶにえふえ……!?なんだそれは!?」
「ふっ、そんなことも知らないようじゃ将来『ニホン』という国じゃやっていけないぜ?」
『ニホン』なんて国聞いたこともないがコイツがこんな自信たっぷりに言うところを見ると嘘には思えない。
「……でもっ…お前はっ…!」
「まだなんかあるのかよ?次は俺様が何やらかしたって言いたいんだ?え?」
「そのっ…!えっと……」
世界征服もしてない、凶悪なモンスターを率いている訳でもない、金銀財宝も奪っていない、そうなると俺の旅してきた意味って一体……。
「まあ、なんだ、今までごくろーさん」
リュートは立ち上がり、俺の考えを察したように肩をポンポンと叩いた。
「お前……」
「ん?」
リュートは俺の顔を覗いてくる。
「お前!俺の存在自体否定する気かぁぁぁ!」
俺はリュートに向け矛先を向ける。
「こんなっ……こんな屈辱を受けるだなんて……!」
「そんな顔真っ赤にすんなって。人間誰しも勘違いや間違いは犯……」
「もういい!自害してやるー!!」
俺は今度は自分の首に剣を押し当てた。
「おいおい、なんでそうなんだよ…危ないからマジやめ…」
「うるせえええ!本当は俺の存在なんて無くてもいいもんだったんだ!止めんな!どうせ俺とは遊びだったんでしょ!」
「誰が浮気男だ。まったく、こうなると思ったから言わなかったんだぞ?」
「あーそうですかそうですか!そりゃお優しいことで!どうせお前は俺が毎日悪を倒すためとか馬鹿みたいに一生懸命考えるのを見て『俺世界征服とか全然やってないけどなんか必死こいて頑張ってて草』とか思ってたんだろ!」
「思ってねーよ。思ってねーからやけ起こすな」
「黙れ!お前なんかっ……!ほんとにっ!……死ね!」
俺は勇者の剣を慣れない左手で持ち、ブンブン振り回す。が、リュートは余裕でヒラヒラとかわす。
「避けるなバカ!!」
「ふーん、避けなくていいんだな?」
そう言うとリュートは素手で伝説の剣を受け止め、俺から奪い取る。
「っ!返せっ!」
「はい没収~」
俺はリュートに盗られた勇者の剣をなんとか奪い返そうとするがリュートの身長で高く持ち上げられてはどうしても届かない。
「っこの~……!!」
「はっはっはっ、これで自害はできねぇな」
「ううぅぅ~っ!」
ひとしきり唸り、俺は涙目になりながら大の字に寝転ぶ。
「うあああ!もうやっぱ殺せー!殺せよおおおお!」
うわあああ!とわめきながら手足をじたばたさせる俺。その姿はさながら玩具を取り上げられた子供のようである。
「お前もう言ってることが支離滅裂だぞ。だいたいなんでそんなに勇者として生きることに必死になるんだよ?」
「だって!それは世界の平和のために……!」
「それは前から聞いてるけどよ、それってそもそもお前がやりたくて始めたことなのか?」
「それはそうに……!」
決まってる、そう言いたかったのだが何故かそう言えなかった。
あれ、自分でやりたくてやってるんだっけ?
「……」
「答えられないのか?答えられないってことは己の意思でやってないんじゃないか?つまり勇者って役はどこぞの誰かがやってくれって言ってるからやってることなのにそれをあたかも自分の決めたことだと思い込んで命かけてるってことだよな?それってどうなんだ?ん?」
「……だって…」
「だって?」
「生まれてから物心着くまでずっと『お前は勇者になるんだぞ』って言われてきて……」
「そんで?」
「それから……四六時中訓練して…旅立つ時にはみんなに期待されて、村長からは必ず魔王を倒すことを約束させられて…」
「つまりお前は何もかも周り任せで与えられたことをただやって生きてきた思考放棄赤ちゃん野郎という訳だな」
「うるせえ!それしか道がなかったんだよ!それが……世界を救う勇者であることが俺の存在価値なんだ!」
「で、その価値がなくなったらもう死ぬと?馬鹿げてるな」
「う、うるせぇ……」
俺はまた半泣きになっている。
確かに俺は何も考えずに言われたことに忠実に生きてきた。忠実に生きていればそれが正しい人生だと思っていた。だがその忠実に守る命令が無くなればどうだろう?そう、自分には何も残されていないのだ。空っぽなのだ。それに気づいた瞬間、俺は自分の生きてきた18年間がとてつもなく虚しく思えた。
「うっ…うう……俺の…俺の価値って……人生ってなんなんだ……」
「そんなに悲観するなって。人間価値がなくたって生きていける」
「でも……でもぉっ……!」
「泣くなって。じゃあ俺がお前に新しい価値を見出してやるよ」
「な、なんだよ……」
「知りたいか?」
リュートはフッと笑うとマントを翻し声高らかにこう言った。
「いいか!今日!この瞬間この俺、魔王は勇者に敗北したことを宣言する!だが心優しく見目麗しい勇者の慈悲により生き延びることが許された!そしてこの魔王城で勇者による厳しい監視下の元、慈善活動をすることに務めることにより罪を償っていくとここに決めた!」
「……!?」
俺は唐突の敗北宣言にポカンとしている。
「つ、つまり……?」
「つまり、お前は俺が悪事を働かぬようここで俺を監視する仕事に励むのだ。これがお前の新しい価値だ!」
なんて暴論だ……いや、そもそも魔王ってこんなもんなのかもしれない……。
「どうだ?名案だろう?」
「名案……なのか……?」
確かに何も悪事を働いてはいないとはいえここで敗北してくれれば全ては丸くは収まる。これは……これでいい…のか……?
納得しかけたが、すぐに怪訝そうに考え、リュートに問いかける。
「……でもそんな話誰にすれば納得するんだよ?俺のとこの村長か?そんな話ちょちょっとされて納得するわけ……」
「納得なんてさせなくていい、流せばいい」
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