【六十一.火】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 お腹の中のかいちゃんの声に導かれて。

 たどり着いたのは自宅のあるマンション。なんでだかわからないけれど、大変な人だかりだ。なんだろうと思って辺りを見回すと、消防車が見たことの無いくらい止まっていて、消防隊員のひとが怒号をあげている。わたしの知ってる、静かな静かな夜のニュータウンの分譲マンションとは、なにからなにまで違っていた。

 ふと、わたしの鼻を、嫌な臭いが突いた。何か……プラスチックとかが燃えるような臭い。それに、頭の上が明るい……? わたしは、投光器のその光に導かれるように、明るくなっている辺りを見上げた。


 火だ。


 窓から、オレンジ色の炎が勢いよく吹き出している。上の階にも燃え移っていた。

 ……あれ。燃えてるの、三号棟じゃない……? 一、二、三、四……五階から、火が出てる。え。待って……

 ここでようやくわたしは、自宅が燃えていることに気がついた。でも、不思議なことに、焦ってもいなければ、怖くもない。かいちゃんはここにいるし、かいちゃんの居ない家なんてわたしの居場所じゃなかったから、その時は特になんの感情も湧かなかった。

 しばらくして、騒がしい現場がいっそううるさくなったと思ったら、消防隊員が救助者を担架に乗せて階段から運び出していた。わたしは駆け寄る。担架は三台にわけて下ろされた。そしてそこに乗せられた「三人分」の黒焦げの死体を見た時。


「……くっ! くふっ」


 わたしは涙を流して縋り付いた。ちょうど胸の辺りには包丁が刺さっていた。野次馬のみんなは、どんな顔して見てるのだろう。「可哀想に」、かな。……違うよ。だってわたしとかいちゃんを邪魔する三人が、まとめて消えてくれた。こんなに嬉しいことは無かった。


「おねえちゃん。みんな、みんな死んじゃったよ」

「そうね! きっとバチがあたったんだよ。わたしに要らない子だなんて言うから」

「嬉しいの? お姉ちゃんは」

「嬉しいに決まってるじゃない! かいちゃんにはね、わたしだけが居ればいいんだから!」


 担架はそのまま救急車に乗せられ、わたしはその場に残された。そして救急車の音が遠くになったその時。


「あっはははは、はははは! きぃぁああああ──っ!」


 わたしは堰を切ったように笑い始めて、絶叫した。みんな怪訝な顔をして、わたしを見る。でもそんなの関係ない。

 世界でたったふたりぼっちになってしまったのだから。

 その意味も深刻さも、わたしにはもう、わからない。


 ただその叫びは、炎よりも、消防隊員の声よりも、高く遠くまで響き渡り続けていた。

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