【五十四.陽性】

 令和六年。六月五日。水曜日。午後零時三十五分。わたし、十六歳。かいちゃんは、もういない。

 みんな大好きお弁当の時間。

 みんな仲良しグループ作ってる。

 わたし? わたしはひとりだよ。お友達、いないからね。

 青春の全てを、おとうとに捧げてきましたから。


「見てよ、荒浜さんの、あれ」

「やばいよね、ぜったい太ってるとかじゃないっしょ」

「相手誰?」

「なんかサッカー部の一年の相手、してるらしいよ」

「聞いたんだけど、この前サッカー部の部室でヤりまくってたらしいよ、全員と」

「しってるー、それ、見たって、言ってた。ね、紗綾?」


「だよねー。荒浜って、まじキモイわー。無理無理、尻軽にも程があるっしょ。ド淫乱とか、不潔すぎ」


 あのー? 全部聞こえてるんですけど。

 誰が尻軽? 誰が淫乱?

 わたし、おとうとを守りたいだけなんだけど。そりゃあちょっとひととは違うけれど。そのおとうとも、死んじゃってもういないけれど。


 わたしは、ただ、おとうとを愛したかっただけなんだ。


 それを舘野紗綾。

 あんたがわたしをきらいなの、知ってるよ?

 けどいくらわたしの事きらいでもさ。わざわざそんな大声で、みんなの前で……さ……


 あれ。まただ。みんなのお弁当のにおいが、やばい、吐きそう。吐き──


「う、うええっ……」


 がたんっ。


「げえっ……おええっ……」

「おい、荒浜ー、みんなの食事の前でなんだよー」

「ごめ……」


 床に吐き戻すわたしは、トイレに行こうと立とうとしてバッグに手が当たった。間の悪いことに、学生カバンのチャックは全開だった。

 がたん、ばらばらっ。


「おいおい、なんだよそれ!」

「マジかよ、荒浜がヤ〇マンってほんとだったんだ!」


「〇.〇三」と書かれた銀色の箱を五つ、みんなの前でばらまいた。ひとつの蓋は開いていて、おもいっきりがびらびらと飛び出した。


 ぎゃはははは!


 ひとが気持ち悪くて吐いているのに、このクラスのみんなはとっても冷たい。

 ……なによ。みんなして。しらないの? 習わなかった? 避妊って、とってもだいじなんだよ?

 わたしは気持ち悪くて立てないし動けない。

 そこに舘野紗綾がやって来て、わたしの前でしゃがんだ。スカートが短いから、おもいっきりぱんつを見せながら。


「荒浜なぎささーん? はっきり言うね? あんた、妊娠してんじゃないですかー? 相手だれよー? ねー、知りたいよねー、みんな?」


 妊娠……わたしが?

 そか……


 そうか!


「ふ……くふっ……ふふふふ」


 わたしはゲロまみれの口で、歯を見せて笑った。


「そっかあ、かいちゃん、帰ってきてくれたんだぁ……」

「……? なにぶつぶつ言ってんのよ」

「あっはははははは! ありがとう、紗綾! わたし、わたし、かいちゃんのおかーさんになるんだー! はははははっ」


 どたん。わたしはかけ出そうとして、自分のゲロに滑って転んだ。


「あははははっ! はっはははは!」

「……だめだ、コイツ。イッちゃってるわ、アタマ」


 紗綾が両手をあげて、首を傾げる。

 わたしはそんなのには構わず、大きくなったお腹を抱えて、笑った。ゲロとコンドームにまみれながら。

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