番外編 神様になりました

 これはコリンが第二の人生を終えて、神界に召された時のお話。


 目を開けると、そこは吸い込まれそうなほど神秘的な空間だった。

 そして俺の横には、久しぶりに見る男の姿が。


「ようコリン、遅かったな。三年も待ったぞ」


「ようオベイ。いや、アシュランって呼んだほうがいいのか?」


「いや、俺はここではオベイって名乗ることにしたよ。だからこれからもオベイでいい」


「分かった」


 俺は落ち着いて今の現状を把握する。

 そうか、俺は死んだんだな。

 今回は記憶もハッキリとしている。

 死因は老衰ろうすい

 妻や子、孫、ひ孫に看取られ、何一つ不満のない最期だった。

 でもやっぱり。


「もうあいつらには会えないのか。寂しいなぁ……」


「やっと来たか、コリンよ」


 後ろから、しわがれた貫禄かんろくのある声がして、俺は振り向いた。

 そこには筋肉隆々、腰のあたりまで無精髭を伸ばした、三メートルは超えるであろう、巨躯きょくの持ち主が。


「あ、ゼウス様じゃないですか。お久しぶりです」


 そういえば褒美がもらえるんだっけ。

 何が貰えるんだろう。


「なんじゃ、せっかく神になったというのに、そんな悲しそうな面をして」


「もう自分の家族に会えないって考えたら、悲しくもなりますよ」


「そうか、それは良かったのう」


「え、何がですか?」


 え、今俺煽られたのか?

 いや違う。

 オベイがニヤニヤしていることを見るに、本当に俺にとって良いことがあるということだ。

 ……まさか!


「それでは神になったお主には、一つの星を管轄かんかつしてもらう。そして褒美として、この星にしておいた。もちろん嫌ならば断ってくれても構わぬが」


 俺は手渡された資料を見る。


 その星は。


 獣人やエルフ、ドワーフや魔力が存在しており。

 数十年前、魔物の王である魔王が討伐され、永きに渡り繰り広げられていた人魔大戦が集結。

 残った魔物達も、地球産の兵器によりほとんどが殲滅されている。

 他の星から侵略されないように、イシスとオベイの因果律操作が施されている星だった。


 そう、俺が第二の人生を謳歌おうかした星である。


「ちなみに所管しょかんする星へは自由に降りて構わんぞい。ただし、過度な人間への干渉は御法度じゃから気を付けるように」


 うおおおおおお! ゼウス様マジ神!

 一生崇めます! もう死んでるけど。


「分かりました! それじゃあ早速今すぐ行ってきます」


「「待て待て待て」」


 ◆


「本来なら人間である頃にいた星が管轄になる事はないんじゃぞ。感謝しなさい」


「ありがとうございます! ほんとありがとうございます!」


 俺は泣きながらゼウスにお礼を言う。


「管轄している神の許可があれば、俺も降りていいんですよね?」


「構わんぞ」


「よっしゃぁぁぁ!」


 オベイがガッツポーズをする。


「よし、じゃあ早速行くか!」


「待てと言ってるじゃろう。そもそもお主たち、人間界に降りる方法すら知らないだろう。他にも、神界規定や仕事内容など、教えなくてはならない事が山ほどあるのだぞ」


「俺は神界規定を一言一句違わずに言えますし、仕事も終わらせてきました。ということで人間界に降りる方法を教えてください!」


「あ、ずるいぞお前だけ! ゼウス様! 早く全部教えてください!」


「やれやれ、ではまずは『カミナリ』についてだが。これを渡しておく」


 ゼウスはそういうと、一本の小さな杖を渡してきた。


「? なんですか、これ」


「これは雷霆杖ケラノウス。これを定めた対象に目掛けて振ると、『カミナリ』が落ちる」


「そんな簡単に『カミナリ』って落とせるんですか?! てっきり一つ一つゼウス様が落としてるのかと……」


「そんなの面倒臭いじゃろう。だから作った」


 そんな気軽に作れるものなのか……。

 

 ◆

 

 ゼウスから神界規定全書という辞書の様な本を渡され、これをしっかり覚えるまで人間界への行くのは禁止だと言われた。

 渡されたその本は、辞書並みの分厚さと文字の密度で、俺は思わず言葉を失った。


 どうしても今すぐ人間界に行きたかった俺は、オベイと共に散々駄々をねた。

 すると、流石のゼウスも折れてくれたのだが、せめて人間界に行く上での重要な注意点だけは言わせろということで、今に至る。


「……という事で神界規定により、もし人間に干渉してしまった場合、その人間の記憶を消さなくてはならない」


「え?! じゃあ子供達に挨拶しに行ってもみんな俺の事忘れちゃうじゃないですか!」


「そうですよ。そこら辺、ゼウス様パワーでなんとかならないんですか? 神界規定くらいじ曲げてくださいよ」


「そんなことできるわけないじゃろう。オベイよ、お主も家族絡みになると、いちじるしくバカになるのう」


 あれ? 今、間接的に俺もバカって言われなかったか?


心外しんがいです! コリンはいつもバカです! それに俺は三年間孫達に会っていない! 今さっき死に別れたコリンとは違います!」


「おい! 三年ぶりの親友に辛辣しんらつすぎるだろ!」


 などと言い合っていると、俺達に近づく、一人の女神がいた。


「やっぱりコリンは神になってもバカ丸出しなのね」


「あ! お前は!」


 そう、目の前には。

 俺の因縁の相手、ポンコツ女神であるイシスが立っていた。


「おい、誰がバカ丸出しだよ」


「あなたはいつもバカ丸出しだったわよ。度々、あなたの様子をオベイと見ていたからよく知ってるわ」


 イシスはそう言いながらほくそ笑んだ。


 俺にプライバシーは存在しないのだろうか。

 それにしても聞き捨てならないな。

 俺がバカ丸出しだと?


「俺は子供達に恥じぬよう、気高く真っ当に生きていたつもりだ。少なくとも、転移座標を設定し忘れるおっちょこちょい女神にバカにされたくないんだが」

 

 そう、俺は何もやらかしてなどいないはず。

 ……多分。

 

「え? 例えばですけど、ひ孫さんに誕生日プレゼントを渡した時に、大泣きされてたじゃないですか」


「あー、あったなそんなこと。あの時は飲んでいたコーヒーを吹き出したぞ。最高に面白かった」


 オベイが懐かしそうに頷いた。


「他にも……」


「すみませんでした俺の負けなので許してください」


 俺は流れるようにその場で土下座をした。

 まずい、イシスは他にも俺が他人に知られたくないエピソードを握っているようだ。


「なんじゃそれは。ぜひ聞いて見たいのう」


「勘弁してください。あの出来事はトラウマなんです。あの後、しばらく口聞いてもらえなかったんですから」


 思い出したくもない。

 面と向かって嫌いだと言われた時は、辛すぎて精神崩壊するかと思った。


「教えてくれたら特別に、今すぐ人間界に行く方法を教えよう」


「では代わりに俺が話します」


 オベイの目の色が変わる。

 間髪を入れずに俺の黒歴史を話そうとしたので、俺は慌てて止めた。


「ちょっと待て! 分かったから! 俺が話すから!」

 

 そう、あればレイン君(ひ孫)の五歳の誕生日。

 いつもその可愛さに元気をもらっていた俺は、日頃の感謝をこめて、とびっきり喜んで貰えそうなプレゼントを熟考した。

 その結果。


「ほら、三歳くらいの子供はみんな、手からビームが出るロボットとかヒーローとかに憧れるじゃないですか! だから作ったんですよ、ビームが出るおもちゃを。そしたらそのビームがレイン君が大事に育てていた花壇を焼き尽くしちゃって……」


 あの時はリリィにめちゃくちゃ怒られたなぁ。

 五歳の子供になんて危ないものをプレゼントするんだって。


「お主、やっぱりバカじゃな」


「……否定はしません」

 

「お前よりレイン君の方がトラウマになっただろうな」


「私なら一生口聞かないわ」


「ふん、レイン君は三歳の頃から花をで始めるほど繊細せんさいで優しい子なんだ。貴様のような無能女神とは違い、謝ったらすぐ許してくれたぞ」


「二ヶ月くらい毎日の様に土下座してたじゃない。しまいには『ひぃお爺ちゃんの土下座には誠意を感じない』って言われてたでしょ」


「ぐはぁっ!」


 イシスから会心の一撃を喰らった俺は、その場で崩れ落ちた。

 あの時の冷ややかな目は、度々思い出しては自己嫌悪にひたるほどに、トラウマとして心に深く刻まれている。

 もちろん今も、当時のことを思い出し自己嫌悪に浸っていた俺は、可哀想な何かを見るような視線を向けてくるゼウスに優しく肩を叩かれた。

 

「今から人間界に行く方法を教えるから、早く行ってきなさい。どうせお主の事じゃ。誰にも見られたくない日記などがあるんじゃろう? 今ならまだ間に合うかもしれん、処分してきなさい」


「ないですよそんなもの!」


「ゼウス様、早く教えてください」


 オベイが焦燥感しょうそうかんられた様子でゼウスに詰め寄る。

 顔は青ざめ、冷や汗がダラダラと滝のように流れていた。


「オベイ……お前もしかして日記が……」


「まだ間に合うまだ助かるまだバレてないはずまだ大丈夫……」


「一旦落ち着け」


「落ち着いてられるか! あれがバレたら俺はあぁぁ※△♨️🐙🪮€%○〆」


 オベイが頭を抱えて絶叫する。

 こいつがこんな慌てふためくなんて、一体日記にはどんな事が書かれているんだ。


「そもそもオベイは、神になってから三年も経っているのよ? もうとっくにバレてるわよ」


「まだバレていないかも知れないだろ! 早く行くぞ! そして見つけ次第跡形あとかたもなく燃やす!!」


「全く、お主らといると退屈しないのう。ほれ、人間界への転移結晶じゃ。無くすんじゃないぞ」


「「ありがとうございます! 行ってきます!」」


 ゼウスが言い終える前に、俺とオベイは転移結晶を受け取ると、発動させる。


「あんた達どれだけ早く行きたいのよ。まあオベイなんて、コリンがあの星の管轄になることを知った瞬間、早く死なないかなーってそわそわしてたくらいだものね」


「おいオベイ」


「おいイシス。言い方に悪意があるぞ。俺は早くコリンが神にならないか、首を長くして待っていただけだ」


「同じ意味じゃねーか」


 俺が指摘すると、オベイはどこかバツが悪そうに目を逸らす。


「し、仕方ないだろう。お前に早く死んで欲しかった訳ではないが、俺だって久しぶりに孫達に会いたかったんだ」


「まあ気持ちは分かるよ。俺なんか三年も会えなかったら寂しくて死ぬ自信あるぜ」


「……こやつら、子煩悩こぼんのうじゃのう」


「ゼウス様、人間の間では、彼らのことを親バカって言うらしいですよ。バカって付きますし、彼らにはピッタリな呼称こしょうですね」


 イシスがしゃくに触る事を言ってきたので、どう返そうか悩んでいると。

 身体中があわく発光し始めた。

 視界が白く染まっていく。

 いよいよ転移するらしい。


 さて、俺が死んだ後、あいつらはどうしてるかな。

 まあ死んでからそんなに経っていないんだけどな。

 ちゃんと悲しんでくれてるよな?

 あれなんか不安になってきたんだけど。


 なんて思いながら隣のオベイを見てみると。

 俺なんかより数段不安そうにしていた。


 ……その日記の内容、見てみたいな。

 俺は陰ながらそう思った。

 

 ◇


 二つの光が辺りを包み込む。

 そして、光が収まると、何やらご満悦まんえつな様子のコリンと、今まで見たことないくらい絶望しているオベイの姿があった。


「なんで二人のテンションにそんな格差があるのよ」


 イシスがコリンに問いかける。

 するとコリンはとても嬉しそうに。


「レイン君が俺の葬式で泣いてたんだよ。嫌われてなかったと思うと嬉しくて」


「そう、良かったじゃない。それでオベイは?」


 焦点しょうてんの合わない目で虚空こくうを見つめるオベイの代わりに、コリンが答える。


「毎日寝る前にアレシアへの愛をつづった日記が国の美術館に展示されていて、精神が消滅しかけている」


「な、なるほど……、それは災難だったわね」


 この後三日ほど、オベイは立ち直れなかったという。

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