第4幕 戦いの準備をします

 俺が転生してから二年の月日が経った。

 その間、俺の魔力量はほとんど増えず、第六感とやらも全く習得できておらず、流石に心が折れかけていた。


「なあ、俺せっかく異世界転生したのに、このまま魔法も全然使えずに天寿てんじゅを全うするのかな」


 俺は召喚したなめくじを眺めながら、外から帰ってきたオベイに問いかける。


「このままだと天寿を全うすることはできなさそうだぞ」


「え? どういうことだ?」


 いつも通り小馬鹿にされるのかと思ったら、深刻そうな声色で返され、思わず聞き返す。


「ガーナピットの軍が戦争の準備をしているという噂を聞いた。このままだと、ここ等一体は戦火に包まれる」


「ガーナピットって……またヴァレッタを狙っているって事か?」


「おそらくな。とりあえず、ここを出る準備をするぞ」


 オベイが大きなリュックに食料などを詰め込んでいく。

 緊迫した空気に流され、俺も急いで準備をしようとしたが、よくよく考えてみると大事な物など一つもなかった。

 この家の中にある物も、着ている服も、本来は全部オベイのものだしな。


「どこに行くんだ? 行く宛はあるのか?」


「とりあえずヴァレッタに向かう。ここはヴァレッタとガーナピットの間にある大森林だ。いつガーナピットが進軍してくるか分からない。色々聞きたいことはあるだろうが、そこら辺は向かいながら話す」


 今回は道の途中で休むなんて悠長なことは出来ないだろう。

 明日はまた筋肉痛が酷いことになりそうだ。

 などと考えていたら、オベイは壁の写真を額縁から取り外し、なんとかリュックに入れようと試行錯誤していた。


「いやそんな物要らないだろ」


「何言ってるんだ俺の宝だぞ!」


「ヴァレッタ行けば実物なんていくらでも見れるだろ! ……というかその写真、よく見たら昔と中の写真変わってないか?」


 顔の角度や表情がよく見ると違っている。

 目線は相変わらずカメラの方を向いていない、というか撮られているのに気付いていないように見えるが、これってまさか……。


「この前ヴァレッタ行った時に姿を見かけてな。目に焼き付けておいて、家に帰ってから念写魔法で写し出したんだよ」


「そんなこと出来るのか、すごいな」


 やってることはただの盗撮だけど。

 そろそろ本格的なストーカー行為を始めてもおかしくなさそうだなコイツ。


「おい今何か失礼なこと考えただろ」


「考えてない」


 ◆


「やばい、足がパンクしそうなんだが」


「もうすぐ着くぞ。踏ん張れ」


「というか、なんでこれから戦争する国に行くんだ? 他の国に逃げればいいじゃないか」


「何を言っているんだ。俺たちでガーナピット軍を殲滅するんだよ」


「お前が何を言っているんだ」


 オベイはともかく俺は肉壁にしかなれないんだが。

 他には無害な生物を適当に召喚する一発芸しかできないぞ。


「大丈夫だ。ヴァレッタはガーナピットと違って周りの国からの援軍も期待できる。安全に勝ち馬に乗りつつ、お前の一発芸で功績を上げれれば将来安泰になるぞ」


「何を出せば戦争で功績を上げられるんだよ。というか、ガーナピットの王って状況判断が出来ないほどバカなのか?」


「……まあさすがにそこまででは無いな」


 勝ち筋が無いのに戦争を仕掛けるほどの愚王では無いか。

 他国からの援助無しでもヴァレッタと渡り合える力、または策があるという事だ。


「まあ冗談だ。お前は安全な場所に避難してくれ。まあもしヴァレッタが負けた場合、エルフの店も無くなってしまうがいいのか?」


「俺に任せろ。ヴァレッタは俺が守る」


「チョロいなこいつ」


 最悪俺には異世界の知識という切り札がある。

 それに、ここで功績を残せばゼウスから評価されるかもしれない。


「じゃあ実戦訓練しないとだな」


「実戦訓練? なんだ、殺し合いでもするのか?」


「それに近い事をする。ぶっつけ本番で戦えって言われても難しいだろ」


 そういえば平和すぎて実感が湧かなかったが、ここって魔法あり魔物ありのファンタジー世界だったな。

 昨日食べたシカも、一昨日食べたクマも魔物だったなそういえば。

 あれ?


「なあ、俺異世界に来たのに異世界っぽい事何一つできてないぞ!」


「なんだいきなり大声出して。ちゃんと魔法を使っているじゃ無いか。召喚魔法」


「なめくじとかカエルを召喚して何が楽しいんだよ! もっと使い魔とかそういうファンタジー感ある事がしたいんだよ!」


「まあ……無理だ。諦めろ」


 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 チートスキルで無双したり、類稀なるセンスで世界の危機を救ったり。

 頼れるパーティーメンバーと一緒にモンスターを倒したり、そのまま恋愛に発展していったり。

 どこで道を間違えてしまったのだろうか。

 いや全部転移座標設定してなかったイシスが悪いわ。

 俺はこれからの異世界ライフを少しでも有意義にするためにどうしようかと、顎に手を当て脳内で策を巡らす。

 ふと、この前オベイに言われたことを思い出す。


(鉄砲とやらを作った方が強いんじゃないか?)


「それしかないか……」


 ファンタジー感を壊してしまうので個人的に気が進まないが、充実した異世界ライフを満喫するという目標のため、背に腹は代えられない。

 異世界の知識で無双計画、実行します!

 めざせ酒池肉林!

 などと能天気に考えていた俺は。

 現実はそんなに甘く無いことを、身をもって知る事になる。


 ◆


「ひぃぃぃぃ! オベイ! 助けてぇぇぇぇぇえ!」


 ヴァレッタ闘技場。

 学生祭で魔法勝負を披露する時や、冒険者の階級昇格戦などに使用される、円形闘技場。

 その隅っこを借りて、俺は生捕りにされたモンスターと戦っていたのだが。


「落ち着け、そいつに突撃されても骨が何本か折れるだけだ。当たり所が悪くなければ致命傷にはならないぞ」


「普通に骨折れるのは痛いし怖いだろ! 痛いのは嫌だぁぁ!」


 命に関わる戦闘。

 頭でシミュレーションはしっかりしていたつもりだが、実戦となると思った様に体が動かない。

 平和ボケしたニートなら尚更である。

 持っている剣を振ろうにも体が思う様に動かず、それどころか敵と目が合うだけで、背を向けて逃げ出したくなる有様だ。


「おいおい、馬鹿正直に突撃してくるボアにすら怖気おじけ付いていたら、人間となんてとてもじゃないが戦えないぞ? ほら、頑張れ頑張れ」


「ちくしょう! お前絶対面白がってるだろ!」


 ニヤニヤしながら適当な応援をしてくるオベイに若干の殺意を覚えながらも、俺は覚悟を決めて赤く光っている眼球に狙いを定め、剣を構えた。

 どんな生物でも目は弱点だろう。

 ぶつかる直前で俺は魔物の目に向かって剣の先を突き立てる。

 しかし見事に狙いを外した剣先は、硬い毛皮に弾かれた。

 そのままモロに突進を食らった俺は、数メートル後方へ吹っ飛ぶ。

 背中が思いっきり叩きつけられる感覚。

 あまりの衝撃にしばらく呼吸すらできず、痛みに悶え苦しんだ。


「おーい、生きてるかー?」


「ちょっ、お前。これマジで死ぬ」


 オベイが生存確認のやり取りをしていると、一人の兵士とこちらに歩いてくる。


「それじゃあ頼んだ」


「お任せください」


 兵士はそう言い頷くと、俺のそばに寄ってきた。

 金属製の籠手を外し、俺の体に手を当てる。


「ヒール」


 俺の体が淡い光に一瞬包まれたかと思うと、今までの痛みが嘘の様に消え去る。


「よし、じゃあ第二ラウンド、いってみよう」


 オベイはかけ声と共に、魔物を拘束していた魔法を解こうと……。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 初めて回復魔法を体感した事への感動と、またあの魔物と闘わなくてはならないという恐怖から、感情が綯い交ぜになる。


「どうしたんだ体中を弄る様に見て。どこかまだ痛むのか?」


「いや、それは感動してただけだ」


「なんで?」


「回復してくれてありがとうございます」


 こいつ、Mに目覚めたのか?という不名誉な事を呟いているオベイは無視して、俺は回復魔法をかけてくれた兵士にお礼を言う。


「いえいえ、ア……オベイ様の頼みですので、お気になさらないでください」


 検問をしていた兵士もそうだったが、オベイに対してえらく頭が低いな。


「あの……、オベイって何者なんですか?」


 俺は兵士にこっそりと耳打ちをする。

 この世界に飛ばされてからオベイとはほぼずっと一緒にいるが、こいつの素性に関しては殆ど何も分かっていない。


「それに関しては口止めをされていますので」


 申し訳なさそうに兵士が断る。


「ですが近い内に知る機会があると思われますよ」


「おいお前ら、俺に内緒で何の話をしているんだ?」


 怪訝けげんな表情を浮かべながらオベイが俺たちの間に割って入る。


「ケモミミ少女の働くお店について聞いてたんだよ。残念ながら心当たりが無いらしい。残念だ」


「さてはお前、まだ余裕あるな? もっと魔物のレベル上げるか」


「マジでしんどいです勘弁してください」


 ◆


「そういえばあの回復魔法を打ってくれる人は誰なんだ?」


 指で数えきれないくらい魔物に吹っ飛ばされた俺は、傷だらけで地面に横たわりながらオベイに問いかける。


「あぁ、あいつはライドル。昔色々お世話になった奴でな。俺は回復魔法があまり得意じゃないからお願いして来てもらった」


「お前に使えない魔法なんてあったんだな」


「回復魔法は人体の構造を理解していないと使えないからな」


 イメージするだけで全ての魔法が使えるという訳ではないらしい。


「じゃあもしかしたら俺でも使えるのか?」


 自分の肉体が修復していくイメージ。

 自分の傷が治るまでの過程をイメージする。

 すると、左腕の擦った跡が痛みとともにきれいに消え去った。


「お、擦り傷程度なら俺でも治せるな」


 細胞の移動、増殖、etc……。

 それをイメージしただけで身体中の擦り傷が消える。

 これは極めればもっとスムーズにできそうだ。


「お前、医療知識にも精通しているのか」


 オベイが感心しながら治った俺の肌を見る。

 回復魔法なんてチートがない分、この世界より遥かに地球の方が医療は発展していたからな。

 この程度の知識なら、高校の保険の教科書に載っていたもおかしくないレベルだ。


「だけどまだ体の節々が痛むし、魔力が枯渇こかつしたから身体中が怠いな。擦り傷があった時の方が元気だったぞ」


 回復魔法を使って戦闘不能になる、本末転倒である。

 しばらくは体を起こせそうにないので地面に大の字で寝っ転がっていると。


「申し訳ありません。そろそろ魔力が底を尽いてしまいそうです。代わりの回復術師を呼んできますね」


「いや、今日はここまでにしようそうしよう」


 代わりを呼んでこようとしたライドルを慌てて引き止める。


「おいおい、あまり時間がないんだ。甘ったれた事を言うな」


「このままじゃガーナピットが攻めてくる前に死ぬって!」


「大丈夫だ、人間そんな簡単に死なない」


 オベイが薄ら笑いを浮かべ、目を光らせる。

 この鬼教官め。

 結局、日が暮れて手元が見えなくなるギリギリまで、俺の戦闘訓練は続いた。


 ◆


「頼む! 十分だけでいいから!」


 夕食を済ませた俺達は、宿にて。


「やっぱりお前、まだまだ余力あるよな。明日はもっとみっちりしごいてやる」


「しごかれてクタクタだから癒されようとしてるんだろ! ムチばっかじゃなくてアメもくれよ!」


 回復魔法は、傷は消えても疲労や精神的なダメージは消えない。

 そのため、エルフの店で回復しようと試みたのだが。


「ダメだ。どうせ興奮しすぎて余計疲れる。明日の訓練に支障が出るぞ」


 この堅物は許してくれなかった。


「そもそも金はあるのか?」


 この世界で金を稼いだ事など一度もない。

 もちろん今までの生活費等も全てオベイが負担してくれていた。


「……なあ、お前って何でそんなに金持ってるんだ?」


 会ってまもない頃から懐疑的だった事だ。

 俺と歳もさほど変わらないのに、どこから収入を得ているのだろう。


「狩った魔物の売れる部分をヴァレッタに行く度に売っていたんだよ。あそこは魔物の宝庫だ、金には困らん」


 なるほど、前回ヴァレッタに来た時の用事はこの事だったのか。

 今思ったが、俺ってこの世界来てから、同年代の同居人にお金も食事も遊ぶ金も任せているクズヒモニートになっていないか?

 ……………。

 俺は申し訳なくなり、俯きながらで椅子にそっと座った。


「人の金で豪遊していた事に罪悪感を覚えたのなら、ここは大人しく俺の言う事を聞いてもらおうか」


「はい、すみませんでした」


「まあ明日は連れて行ってやるから。今日は休め。それとできれば地球の面白い雑学の話をだな……」


「また聞きたいのか? 本当お前、この手の話好きだよな」


「未知への探究心に溢れているからな、俺は」


 今日は飛行機の話でもしてやろうと思い話し始めたのだが、思った以上に疲れが溜まっていたらしい。

 五分も経たないうちに意識が薄れてくる。


「やっぱりそのヒコウキという乗り物の話はまた今度にしよう。今日は長距離歩いた上、慣れない魔物との戦闘でぶっ飛ばされまくったからな。体のほうはもう限界だろう」


 オベイが何か喋っているが、途中から何を言っているのかよく聞こえない。

 そのまま俺の意識は深く沈んでいった。


 ◆


「よし、とりあえず及第点だな」


 日も暮れてきた頃、ようやく一体、猪の魔物を倒すことができた。

 身のこなしや魔法の練度が上がった実感があるが、正直自分のやりたかった戦い方ではない。

 魔力切れが起きない程度の身体強化をほどこし、紙一重で突進を交わし続け、地面の砂や石を投げつけ嫌がらせをし、隙ができたら剣で斬りつける。

 何度もコンテニューしながら少しずつ攻略していく、まるでRPGを縛りプレイで攻略しているような気分だ。


「ちなみに一般兵でもこの程度の魔物なら一対十でも勝てる」


「やっぱり俺避難してもいいかな?」


 やはりこの世界で魔力のない人間に人権は無いのかも知れない。


「戦いでの魔法の使い方は少し分かっただろ? だが結局お前の魔力量だと微弱な身体強化くらいが限界だ。だがお前には違う武器がある」


 そう言いながらオベイは頭を人差し指で突く。

 どうやら二人とも、考えている事は同じらしい。


「魔法とかいう超常を覆せるほどの武器を作れるかどうかだな」


「この国にある素材、鋼材。いくらでも好きに使ってくれ。もう話はつけてある」


 流石はオベイ、頼りになる。

 どんな兵器を作ろうか悩んでいると、ふと声をかけられた。


「君か、フィグナル将軍に無理な要求を飲ませた者は」


 オベイは表情を強ばらせ、咄嗟にフードを深く被った。

 思わず俺にも緊張が走る。


「これはナナシロ陛下、この様な場所までご足労いただき、ありがとうございます」


 オベイが深々とお礼をする。

 彫りが深い端正な顔立ちをしたこの男は、どうやらこの国の王らしい。

 そしてその斜め後ろにいる高貴な衣装を纏った女性の顔に、俺は見覚えがある。


「フィグナル将軍は慧眼の持ち主だ。そんな彼がこの国の資源を自由に使用していいと許可を出した相手が、どんな者か興味が湧いてな。まさかこんな若衆だったとは」


 王の後ろで、フィグナルだと思われる大男が申し訳無さそうな顔をしていた。

 おそらく口止めされていたが、王に問い掛けられて断れずに言ってしまったとかだろう。


「ところで何故顔を隠す。何かやましい事でもあるのかな?」


「そういう訳では無いのですが、何分なにぶん人前で顔を出すのが苦手でして」


「先程は普通に出していたではないか。見られたら何かまずいのか?」


「……」


 オベイが完全に黙る。


 ははーん。

 こいつ、さては好きな人が近くにいるから、恥ずかしくて顔を上げられないのか。

 俺の予想では、こいつの顔は今真っ赤だ。


「君が怪しい者な可能性がある以上、私は君と繋がりがあるフィグナル将軍のことも疑わなくてはならない。私に大事な部下を疑わせないでくれないか」


 そう言いつつも、王は軽く微笑んでいた。

 フィグナルが自分を裏切る人間じゃないと完全に信用しきっているのか、オベイが悪者じゃないと確信しているのか。

 俯いたまま、少し固まっていたオベイだが、やがて決心した様子で被っていたフードを外す。

 現れたオベイの顔を見て、俺は驚いて目を見開いた。

 こいつ、魔法で顔を変えてやがる!

 フィグナル将軍はなにやら安心したらしく、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 それを横目に見ていた王太后おうたいこうは、何かを理解したらしく、クルリと踵を返すと。


「ほら、そろそろ帰るよ。油を売っている暇なんて本当は一秒もないんだから。各自、今できることを精一杯やるのよ」


「あ、お待ちください母上!それでは失礼する。顔を見せてくれてありがとう」


 そう言うと、王と王太后は、複数の護衛の兵士と共に帰っていった。


「全く、相変わらず緩い奴だ」


 オベイは体の力を抜くと、大きくため息を吐く。


「緩いって王様のことか?」


「そうだ。王ならばもっとどっしり構えるべきだ。民にお礼なんて言わんでいい」


 俺は帝王学に関しては微塵も分からないが、そういうものなのか。

 それにしても、前はベタ褒めしていたのに、急に厳しくなったな。


「というかなんでお前、顔を変えていたんだ? そこまでする必要あったのか?」


「顔を覚えられて、目をつけられたら面倒臭いだろ」


「俺はてっきり照れている姿を見られたくなくて顔を隠してるのかと」


「ガキじゃ無いんだ。そんな情けない理由で顔隠すわけないだろ」


 呆れた様子で俺を見るオベイ。

 そのやり取りを見ながら、少し後ろでライドルが嬉しそうに笑っていた。


 ◆


「あら、待っていたわよオベイ君。コリン君もいらっしゃい、ゆっくりしていってね」


 店に入ると、リリィが営業スマイルで迎えてくれる。


「え、お前もしかして予約してたの? 興味ないフリしてたけど、実はこの店の事気に入ってたの?」


「違う、俺はこの人と話があるだけだ。お前はいつも通り適当に酒でも飲んで酔い潰れていてくれ」


 そう言い残し、リリィと店の奥に消えていった。


「まさかあの二人がねえ。流石に予想外だわ」


 セラフィは俺の横に座ると、何やら含みのあるセリフを呟く。

 その言葉の意味が分からないほど俺も鈍くはない。


「え、オベイとリリィさんってデキてるんですか⁈」


「分からないけどあの二人、たまに夜中に会ってるらしいわよ。何かあるって考える方が自然よね」


 セラフィが酒でほんのり赤くなった顔をグイとこちらに近づける。

 果実酒の匂いが鼻腔をくすぐる。

 セラフィは俺の耳元に口を近づけ、周りには聞こえない様な大きさの声で。


「ねえねえ、こっそり覗いてこない?」


 そんな悪魔の提案をしてきた。

 オベイはこの世界で唯一のダチだ。

 それに、あいつが居なかったら多分三十回は死んでる。

 そんな恩人を裏切るようなマネは……。


「しましょう!」


 好奇心に負けた俺は、俺は二つ返事で返した。


 ◆


 セラフィに連れられて、二人がいる店の奥まで来た。

 話し声が聞こえるが、ここからだとよく聞こえない。

 仕方が無いので、音を立てない様にそーっとドアに耳を近づけたが、まだいまいち聞こえない。

 どうしようかと思っていると、突然、二人の話し声がピタリと止んだ。

 もしかしてバレたか?と思い血の気が引いたが、また話し声が聞こえてきたのでほっと胸を撫で下ろす。

 すると俺と同じようにドアに耳を擦り付けていたセラフィがドヤ顔で、部屋の中に聞こえないように囁き声で。


「安心して、エルフは耳がいいのよ。バッチリ聞こえるわ!」


 私に任せて! と言わんばかりにウィンクしながらそう言った。

 そういうことならと期待していると、話を盗み聞きしていたセラフィの頬がみるみる赤くなっていく。

 時々、「あの二人そこまで……⁈」などと目を見開いたり、黄色い声をあげたり。

 しばらく聞き続けた後、俺の両肩を両手でがっしりと掴み、ガクガクと揺らしてきた。


「落ち着いて聞いて! 落ち着いてね!」


「いやまずセラフィさんが落ち着いてください」


 舌を噛みそうになりながら、何とか小声でセラフィを制止する。

 一体何を聞いたらこんなに動揺するというのか。

 気になる反面、少し聞くのが怖い。

 セラフィは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「あの二人、もう子供がいるって……」


「ええええええぇ⁈」


 盗み聞きしている立場もすっかり忘れ、俺は驚きの声をあげる。


「ちょっと、声おっきいよ! バレちゃうバレちゃう!」


「あ、すみませんつい……」


 慌てて声を抑えるが、もう遅かった。

 ゆっくりとドアが開く音がする。


「「なにしてんの?」」


「「すみませんでした」」


 ◆


「まあお前らがドアの前に居たことは最初から気づいていたけどな」


「え、じゃあ二人がもう既に色々済ませてて子供までできてるって話は……」


「ちょっと驚かせようと思っただけよ、フフフ」


部屋の隅で正座させられていた俺達は、どんな仕打ちをされるかヒヤヒヤしていたが、案外二人の機嫌は悪くなさそうだ。


「まあ盗み聞きは良くないよな。さて、どう折檻してやろうか」


「エルフ式拷問術でも試してみましょうか」


訂正、少なからず怒っているはいる様です。


「まず、コリンは女装させて店員としてこの店で働かせよう」


「ナイスアイデアね! 多分他の子の服が余ってるから持ってくるわね」


「マジで勘弁してください」


俺は頭を地面につけて反省の意を示す。


「セラフィはペロリンの刑にしましょ。とりあえず服を……」


「そ、そんな事より、結局二人はどんな話してたのよ。私達に隠す様な事なの?」


このままだと酷い目に遭うと察したセラフィは、咄嗟に話を逸らす。

というかペロリンの刑って何?服をどうするの? 破くの? 脱ぐの? 食べるの?


「そうね、アナタが昨日色男に口説かれて入った店で酔い潰れて、持ち物全て盗まれた話くらい隠したい話ね」


「なんで知ってるのよ! あの男、絶対に許さない! せめて手は出しなさいよ!」


涙目で悔しそうに拳を地面に叩きつけるセラフィ。

前々から思っていたが、なんというか……少し残念な人だな。

よほど腹が立っていたのか、愚痴が止まらないセラフィに憐れみの眼差しを向けていると、オベイが肩に手をポンと乗せて諭すように。


「お前だって同じ様なもんだぞ」


「俺は怪しい勧誘には細心の注意を払っているからな。こんなに惨めな事にはならないぞ」


「いやお前、エルフに誘われたらホイホイついていくだろ」


「確かに着いて行きそうね。そしてすぐに酔い潰れて身ぐるみ全部剥がされそう」


「コリン君、今さりげなく私の事惨めって言ったよね?」


以前調子に乗って強い酒を飲んで酔い潰れたことがあったし、強く反論できない。


「まあ楽しい話はここまでにしておいて、そろそろ戻るわよ。セラフィ、アンタは無断でサボったんだから人一倍働きなさい」


結局何の話をしていたか分からなかったが、これ以上追及すると本当に女装させられそうなのでやめておこう。

俺は立ち上がり、足についた埃を払う。


「あの、ちょっと待って、足が痺れて立てないんだけど… 」


横でセラフィがピクピク震えながら足を抑えている。


「全く、肩貸してあげるから、ほら行くわよ!」


「あ、待って! 足がジーンって! アイタタタタタ」


再び涙目になって、生まれたての子鹿の様にガクガク震えるセラフィ。


「お前、あれだけ正座していてよく無事だな」


「俺の住んでいた国は、正座する機会が結構あったからな。慣れてるんだよ」


どうやら日本人としての強みが出たらしい。


「筋肉痛には弱いのにな」


「運動する機会は不足していたっぽいからな……」



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