第2幕 術式を解析します
「おーい。そろそろ飯にしようぜ」
オベイが、何処からか狩ってきた巨大な猪の魔物をゆっくりと肩から下す。
「飯食い終わったら、今日も色々教えてくれ」
「へいへい。お前ホント好きだよな」
異世界に来て数か月。
オベイは地球の科学に対し興味津々で、隙あらば色々聞いてくる。
代わりに俺は魔法について色々教えてもらっていたのだが……。
俺は魔力が致命的なまでに少ないらしい。
異世界に来たばかりの頃、手のひらから少量の水を出しただけで立ち眩みを起こしていたが、あれは魔力欠乏症というものだそうだ。
いわゆる貧血の魔力版。
つまり俺の体は魔法を打つのに適していない、才能が皆無という事だ。
「もっと魔法を打ちまくって、ファンタジーを堪能したかったのになあ……」
「なんだコリン、まだそんなこと言っているのか」
うじうじしている俺に対し、オベイは大きくため息を吐くと。
「全く、そんなに魔法が好きなら俺の術式解析を手伝え」
「なんだそれ、難しそうだな」
だが何故だろう、その言葉の響き、ワクワクする。
厨二心がくすぐられるワードだ。
「聡明さならお前は俺にも劣らないから大丈夫だろう。完璧な映像記憶能力、膨大な量の知識。記憶を失う前のお前が一体何をしていたか気になるな」
「お前ってホント自己評価高いよな」
「客観的に見て、己が常人より優れていることを理解しているだけだ」
体操自己評価が高いようだ。
それはともかく、記憶喪失のせいで自分にとっての重要な情報が何一つ思い出せない。
だから客観的な目線から見た自分など何一つ分からないが、オベイから見ると自分はなかなか優れているらしい。
まあどうせ暇だし興味もある、手伝ってみるか。
そういえばなんで自分が異世界好きだということは覚えていたのだろう。
色々訳ありらしいし、完全な記憶喪失ではないのかもな。
◆
「まず術式というのが何かについてだが」
飯を食い終わった俺は、オベイの作業室で説明を受けていた。
「簡単に言うと魔法を言語化したものだ。人間のイメージが魔力を介して術式化され、世界の法則に介入し、
つまり俺が昔発動した水魔法は、魔力を使って大気を水に書き換えたという事か。
魔法が魔術と言われる
「なるほど。解析をするメリットってあるのか?」
「炎の魔法を打つ時に炎を思い浮かべるよりも、その術式を思い浮かべた方が消費魔力がはるかに少なくなる」
「つまり、魔力の少ない俺でも大魔法が打てるようになるってことか?」
「理論上、消費魔力がゼロの状態で魔法が打ち放題になる」
何それ最高じゃないか!
俄然やる気が出てきたぞ。
「お、その顔はもうやる気満々だな。じゃあ早速取り掛かるとしよう」
俺はオベイに渡された二枚の紙に目を通す。
そこには見たこともない、文字と呼べるのかすら怪しいレベルの何かがびっしりと書かれていた。
「それは片方が土を飛ばす魔法の術式、もう片方が火を飛ばす魔法の術式だ。それの解析を頼む」
「わかった」
とりあえず、二つの魔法の術式を照らし合わせて、同じ部分を見つけよう。
その部分が『飛ばす』という意味なのだろう。
だが五分ほど探しても、同じ文どころか同じ文字すら見つからない。
「なあ、同じ文字すら出てこないんだがどういうことだ?」
「人の言葉では同じ表現でも、術式ではそうとは限らないからな」
「おいちょっと待て、それって……」
術式を一つ解析すること自体が、未知の言語を一つ解読することに等しいということ。
こりゃあ骨が折れそうだな……。
だがパズルのようで少し楽しそうかもしれない。
俺は、作業に本格的に取り組もうと意気込み、袖をまくった。
◆
「なるほど、これも大体分かったぞ」
「お前、やっぱりすごいな……」
一時間で三つほど解析した俺に対し、オベイが驚く。
「長年解析し続けている俺よりも早いぞ」
「いやこれ、化学反応式にちょっと似ているんだよ」
「なんだそれは? またカガクに関する事柄か」
「化学反応って言っても分からないか。物質の変化を表現するための図表のことだよ」
「カガクハンノウ……それについて詳しく教えてくれないか?」
「うーん、どの部分から説明しようか……」
◆
「なるほど、奥が深いな」
「さすがに魔法に頼りっきりの世界とはいえ、少しはそっち方面も進んでいると思ったんだけどな。研究している人ってコッチにはいないのか?」
どの世界でも未知への探求心に溢れている人はたくさんいる。
地球の科学だって、そういう人達が長い時の中で一歩一歩発展させてきたのだ。
だから意外だと、俺は軽い気持ちで問いかけてみた。
だが、オベイ返ってきた答えは重々しい口調によるものだった。
「そんな余裕はないんだよ、この世界には」
色々思うことがあるのか、悲しみと憎しみが入り混じったような、複雑な表情をするオベイ。
「前に話したことがあるヴァレッタ王国の話だが、世界有数の大国であるヴァレッタですらかなり危機的な状況にある。なんでか分かるか?」
「魔物による侵攻が原因か?」
イシスが言っていた、この世界の人類は魔物によって絶滅の危機にしていると。
だが、オベイは首を横に振り否定する。
「魔物も確かに脅威だが、一番の原因はそいつらじゃない」
ああ、そういうことか。
さっきの表情から察するに、こいつは過去にそいつらによって大事な何かを失ったのだろう。
どの世界でも、人間がいる限りその天敵は消えない。
その正体は。
「人間か?」
俺の問いに、オベイは静かに頷く。
「そうだ。十年以上前、ヴァレッタは隣国のガーナピットに侵略された。何とか追い返したヴァレッタだったが、損害は大きかった。そんな状態を見逃さなかった魔物達は、即座にヴァレッタを襲撃。結果、ヴァレッタは領地の三割を魔物達に奪われた」
「人間達で争っている場合じゃないだろ。なんで一致団結しないんだ?」
「ガーナピットの王が、ヴァレッタの巨万の富と広い領地に目が眩み、属国にしようとしたらしい」
欲に負け、悪手を指す。
どの世界にも愚王はいるんだな。
「もちろんヴァレッタ側も他国のそういった陰謀に対する警戒を
オベイの声のトーンが急激に下がり、俺は思わず息を呑む。
「そんなに強い子供だったのか?」
「いや、違う魔力が人より少し多かったただの子供だ。ただ、生まれた時から調教され、感情を失いただの自爆人形になった哀れな子供だがな」
オベイの表情がどんどん険しくなっていく。
まるで親の仇を思い出しているような、そんな憎しみに満ちた表情。
それは子供を自爆人形にした者への
「命を媒介とした自爆魔法。それによってヴァレッタ王国の兵士の三割が死んだ」
「三割⁈」
単純に計算すれば、その子供が四人いれば最悪世界有数の大国の兵力が消滅するということだ。
それに地球と比べ人口が少ないこの世界とはいえ、大国の兵の三割と言ったらおそらく数千、数万はくだらないだろう。
数十万かもしれない。
それをたった一人の子供が殺したというのか。
「
オベイは大きなため息をつきながら、椅子に倒れ込む様にように座る。
そして虚ろな目をしながら、何かを願うように悲壮感溢れる声でささめいた。
「子供一人の力で国同士の勢力図が傾きかねない。もし俺が異世界に転生できるのなら、魔法の存在が無い世界に行きたい」
この世界では子供ですら簡単に人を殺せる。
日本より、遥かに死と隣り合わせな世界。
少し考えれば分かる事だった。
いや、分かってはいたが目を背けていた。
魔法がある世界は憧れの対象で、空想上の異種族がいて、フィクションのように、魔物の脅威などはあるが楽しい場所だと、そう思いたかったのだ。
だが、ノンフィクションは甘くない。
「すまん、少し取り乱した。お前の前で話すことじゃなかったな」
「いや、大丈夫だ。こっちこそ、辛い話をさせて悪かった」
「俺が勝手に話しただけだ、気にするな」
一緒に住んでいて、薄々違和感は感じていた。
こんな森林の奥地で一人で住んでいたやつだ。
何かしらの事情がありそうだなとは思っていたが……、あまり深く追求するのはやめておこう。
「なあ、一つだけ質問してもいいか?」
「ああ」
「オベイは魔法が嫌いなのか?」
俺の質問に、オベイは少し目を大きくして少し考え込むように首を傾げた。
そして吹っ切れたように高笑いをすると。
「大好きさ。そうじゃなければ
呪いか、いい得て妙だな。
オベイは
魔法を効率よく発動するという目的もあるだろうが、それ以外の目的もありそうだ。
術式の解析をしたことで、俺の中で生まれた、術式に対する一つの仮説。
そして、この仮説が正しければ……。
「……とりあえず作業を再開するか!」
「ああ、そうだな」
……あまり憶測で物を言うのはやめておこう。
今の俺を、あの神達は見ているのだろうか。
もし見ているとしたら、憧れていた世界の酷い現実に言葉を失った俺を見て、楽しんでいるかもしれない。
ずっと森の中でひっそりと生活している俺に、飽き飽きしているかもしれない。
考えたら腹が立ってきた。
ええい、何か楽しいことを考えよう。
そうだ、オベイにずっと聞きたいことがあったんだ。
「なあ、エルフってどこに行けば会えるかな」
「エルフか。ヴァレッタに行けば普通に街中を歩いているぞ。俺もちょうどヴァレッタに用事があるし、明日にでも行ってみるか?」
「おう、そうさせてもらうよ」
嫌な事ばかり考えていても仕方がない。
俺はこの世界に降り立ったのだ。
それはもう起きてしまったことだ。
理想と違う現実に打ちのめされようと、魔法の才がなかろうと、その事実は変わらない。
ならばせっかくの第二の人生を全力で謳歌しようではないか。
まずはエルフでも見て癒されに行こうそうしよう。
やばい楽しみで今日は寝られないかもしれん。
この日の術式解析の進み具合は、今まででダントツだったそうだ。
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