121_託されしもの

「メイテツ……」


 かすれた声がダンテの唇から零れ落ちた。


「ダンテ……」


 左腕に宿る彼女の声が胸奥に響く。たった一言でさえ、魂を震わせるほどの温もりがそこにあった。だがその瞬間、ふと脳裏に亡き妻カナメの姿がよぎる。


「あなた……」


 柔らかな微笑みで名を呼ぶ、あの日の何気ない光景。胸を焦がす幸福の記憶。


 ――ブチッ。


 残酷な音がその記憶を無惨に引き裂いた。


「うああああぁあああああ!!!!」


 左肩を貫くような激痛が全身を駆け抜け、鮮血が吹き出した。噛み千切られたメイテツの宿る左腕は植物の怪物にゴクリと飲み込まれる。


 絶叫と同時にダンテの身体は制御を失い、虚空から地面へと叩き落とされる。


 ドシャァンッ!!


 背中に走る衝撃。呼吸が潰れ、肺が悲鳴をあげる。視界が暗転しそうになりながらも、必死に意識を繋ぎとめた。


(メイテツを……奪われた!?いや、まだだ……取り戻さなきゃ……!)


 右手で地面を掴み、歯を食いしばって立ち上がる。


「まだ立ち上がる力があるとは」


 見下ろすクロノの声は、冷酷な余裕に満ちていた。


「あなたの力の源は左腕だった。武器を失った今、あなたに何ができるのでしょうか?」


 言葉は刃のように胸を抉る。事実、彼には何も残されていない。だが、心の中で燃えたぎる闘志だけは折れていなかった。


 その時、乾いた音が響いた。


 カタン。


 足元近くに金属が跳ねて転がる。視線をやれば、そこには一本の剣。


(……メイテツ!?俺のために)


 彼の左腕が切り落とされた直後、メイテツが機転を利かして生み出した剣だった。


「くっ、そうはさせるかぁああああ!!!」


 クロノが笛を鳴らす。無数の植物が槍のように突き出され、襲いかかる。だが、ダンテは紙一重で身を捻り、地を這うように駆け抜けた。


 そして、剣を掴む。


 血に濡れた右手でそれを構え、荒い息のままクロノを見据える。


(メイテツ……君が残したこの剣を無駄にはしない。必ず奴を倒し、君を取り戻す!)


 決意に燃えるダンテに対し、クロノはなおも悠然と微笑んでいた。


「あなたとの戦いも……もう飽きましたね。頃合いです」


 広げた両手から光が奔り、地面がぐにゃりと脈打つ。球体が花弁のように展開し、そこから無数の植物が蠢きながら伸び出した。その先端には、濁った毒液が滴り落ち、ジュッと地を焦がす。


「この蒼空に、あなたという花を咲かせて差し上げましょう!」


 クロノの声が空気を震わせ、蒼空があらわになった戦場全体が不気味に揺らめいた。

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