119_溢れ出る狂気

 目の前に降り立ったクロノを睨み据えながら、ダンテは一瞬たりとも警戒を解かず、周囲に目を走らせた。


 四方八方、見渡す限りが植物の海。根、蔦、葉、どこまでも生い茂る緑の牢獄――。ここで長引けば、間違いなく押し潰される。勝機を得るには、一気に仕留めるしかない。


 そんな切迫した状況にあって、クロノは余裕の笑みを浮かべ、まるで獲物を弄ぶ猛獣のように嗤った。


「必死に打開策を探している……といったところでしょうか? 残念ながら、そんなものは存在しない。あなたがここに足を踏み入れた時点で、勝負は決していたのです!」


 嘲る声が響く。


「そんなことはどうでもいい……」


 ダンテの声は震えていた。拳も震えていた。怒りと悲しみ、抑えきれぬ感情が全身を突き動かす。


「……俺の故郷を滅ぼしたのは、お前か!!!」


 その問いかけは、心の奥底に空いた穴を抉るような叫びだった。失ったもの、大切なもの、そのすべてを思い起こさせる。


 左腕のメイテツが、彼の心に触れて囁く。


(……こんなに心を震わせるダンテは初めて。ずっと感じていた……孤独と喪失感。あなたは誰にも見せなかったけれど、私は知っている。心に開いた傷口を……)


 ダンテの激情を楽しむように、クロノは唇を歪める。


「いいでしょう。答えて差し上げます。ご機嫌ですからね。あなたの故郷を滅ぼしたのは私ではない、七賢者です。もっとも……私もたくさん殺しましたよ。女も、子供も、関係なくね」


 その一言が、火に油を注いだ。


「……もういい、お前が生きるに値しない存在であることを再確認できた!!!」


 怒号と共に、ダンテは背後に密かに生成していた槍を投げ放った。


「ほう、不意打ちですか」


 クロノは軽やかに身を翻し、槍を回避する。その眼はすでにダンテの左腕を捉えていた。


「槍を生み出す力……その左腕、怪しいですね。確か自ら切断していたはずですが」


 勘の鋭さに舌打ちしながらも、ダンテは好機を逃さない。


《槍の力+風の力》


 奥に突き刺さった槍を確認すると同時に、拳に風を纏わせ、一瞬でクロノの懐へと飛んだ。


(手の内を知られていない今なら……ここで決める!)


「な、何!?」


 クロノの表情に動揺が走る。咄嗟に杖を構えるが――。


「うぉおおおおおおおお!!!!」


 怒涛のような咆哮と共に、風を纏ったダンテの拳が突き出された。クロノの防御を押し潰すように、力強く。


「抑え……られないっ……!!!」


 ギシリ、と杖が悲鳴を上げる。


 次の瞬間、ヒビが走り、砕け散った。


 そして。


 容赦のない拳がクロノの顔面に直撃する。


「ぐっ……!?」


 轟音。クロノの身体は弾き飛ばされ、背後の植物の壁に叩きつけられた。


 ダンテは息を荒げながら拳を下ろし、冷ややかな視線を向ける。


「……やったか」


 しかし次の瞬間、肌を突き刺すような気配が辺りを満たす。


 マゴの奔流――。


 血を滴らせながらも、クロノは壁際に立っていた。顔には、逆に穏やかな笑みさえ浮かべて。


「私も再確認できましたよ。あなたは生きているに値する存在だ、と。……ですが安心してください。すぐには殺しません。じっくり……絶望を刻みつけてから、葬って差し上げます」

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