1―35.照らす光

 スタンピードを人為的に引き起こそうとした元凶が自害した。

 少なからず動揺する僕らにひどく申し訳なさそうな顔で説明を続ける。


 僕らから引き渡されたソフィアさんを魔封じの道具で拘束した後、重罪人として王宮の貴人用地下牢に収容された。

 貴人用地下牢に収容された理由は、彼女がメーガン公爵家の長女だから。

 現当主である父親は病弱で寝たきり、日和見の親族には頼らず領地運営は次女が取り仕切っている状態。しかし犯罪者とはいえ長女を勘当する権限はなく、メーガン公爵家は大罪人を輩出した汚名を被せられている。

 当然彼女と繋がりがないかを疑いメーガン公爵家を調査したが、結果はシロ。あえて国が発表したおかげで余計な痛手にならずに済んだ。


 地下牢に収容されたソフィアさんは終始大人しかったという。事情聴取にも素直に従い、スタンピードを目論んだ理由も呆気なく判明した。

 彼女曰く、人の心が欲しかったのだとか。

 特定の人物ではなく不特定多数の人の心を。更に言うと、感情を。

 自由で不自由。確かにそうだ。人には心があり、心だけは自由と謳う場合もあれば、何かに縛られて身動きがとれなくなる場合もある。


 特定の感情を閉じ込めた道具を作り、人型の人形にそれを移植。人間らしい動作と感情を組み込んで主に捧げる算段だったとのこと。

 ソフィアさんが跪くやんごとなきお方は1人しかいないだろう。

 感情を閉じ込める道具なんてよく分からない代物をソフィアさんが所持していなかったのは協力者が保持しているから。

 その協力者は案の定例の組織の構成員。旅人を装って世界情勢を探る諜報員だそう。

 組織との縁が切れるどころか固く結ばれているのは明白。だがそれなら双方にメリットがなければ協力関係を築けない。必然、彼女の主のためだけが目的ではないだろう。

 しかしそこを突っ込んだら彼女は初めて沈黙を選んだ。強かな笑顔を浮かべるだけで、それ以上の情報は引き出せなかった。


 一旦諦め、翌日再度聴取しようとした矢先に事件は起きた。

 彼女が隠し持っていた針で心臓をひと突きし絶命したのだ。

 針は小さく、ギリギリ心臓に届くくらいのサイズ。しかし特殊な毒を使用したようで全身が焼け爛れ、ともすれば身元不明と判断されてもおかしくない有り様だったそうだ。


「悪いな。危険を冒してまで捕らえてくれたのに、こんな結果になっちまって……」


「謝らないで下さい。あなた方は最善を尽くした。でも相手の方が一枚上手だった。ただそれだけのことです」


「王宮の騎士の隙のない配置を見れば分かりますよぉ。そちらの不手際でないことくらい。情報を搾り取れただけでも良しとしましょう」


 一瞬安堵の息を吐いたものの、甘えは許されないと気を引き締め「例の女と組織の足取りを追ってる最中だ。これ以上失望されないよう精進する」と目礼。

 5年前にも犯人にまんまと逃げられ、今回でもこの世から逃げ切られてしまった。これ以上の失態はコルネリア王国宮廷魔導師団と騎士団の沽券に関わる。

 何が何でも尻尾を掴んでやると内心闘志を燃やしているのが手に取るように分かる。


「リーオンーーッ!!」


「ゴファッ」


 殺気にも似た気配を漂わせるランバルトおじさんの決意などどこ吹く風で突撃してきたのは我が父・ヴァルク。

 語尾に音符が大量発生してそうな声音でいい年した息子に抱き付き頬擦りしてきた。

 背骨が、悲鳴を、上げている……!


「ちょ、父さん!ギブ!ギブ!」


「そんな照れんなよぉ」


「照れてなーい!!」


「んなことより!ようやっと纏まった時間が取れたんだよ!久々に一緒に討伐に行こうぜ!!」


「わかった、行く!行くから!離れて!」


 騎士団長並みに立派すぎる胸板を力任せに押し返してジト目で睨む。

 そろそろ本気で力加減覚えてほしい。僕の背骨が粉塵と化す前に。

 僕の気持ちもお構い無しに上機嫌で肩を組んで「さぁ行こう!」と急かす馬鹿親父。


「血の繋がりもないのに仲良いのね……」


 雲ひとつない晴天から降り注ぐ太陽光を遮るように手を翳し目を細めたティアナさんがぽつりと僕に聞こえない声量で呟く。

 メルフィさんももう手の届かない場所にある宝物を見つめるような目で同意を示す。

 微かに目を泳がせて口ごもるランバルトおじさんには、誰も気付かない。


 ギルくんがメルフィさんに目配せし、分かってると頷いた彼女がギルくんの元へ小走りに向かう。


「親子水入らずで楽しんでこい」


 ひらりと手を振り去っていく2人の背中を見ていたティアナさんも「さて、私も早く挨拶に行かないとね」とわざとらしい独り言を溢して魔導師棟へと足を向ける。

 気を遣われた……よね。でも仕事以外で父さんとゆっくり過ごすのは久しぶりでちょっと嬉しい。


「っしゃあ行くぜー!」


「待て待てヴァルク。さっきシェイラ部長に呼ばれてたろ。先そっち行ってからの方が良くないか?」


「鬼ババアより息子優先に決まってんだろ!」


「天下の魔道具部部長様の呼び出しを蹴るのか?」


 腕を組み呆れ顔のランバルトおじさんの問いかけに一瞬苦悶の表情を浮かべ、そして……


「へへーん!逃げるが勝ちーぃ!」


 言い捨てて転移魔法でこの場を離脱した。

 子供か!!


 荒々しい転移魔法で若干酔いつつ、なんだか可笑しくて口角が上がる。

 子離れできない父さんの可愛い我が儘に付き合うのも、たまになら悪くない。

 ……魔道具部部長による血祭り案件が確定して同情したとかではないよ?


「西の草原は久々だなぁ」


 風に靡く草の絨毯を眺めながら新緑に包まれた香りを堪能する。

魔物は点在しているが穏やかな気性のものが多く、こちらから手を出さなければ襲ってこない。長閑な風景を楽しむ余裕がある。

 最近討伐は北の森ばっかりだったからなんだか少し新鮮。


「ったく、あの鬼ババア……どうせティアナ発案の魔道具絡みだろ。一度捕まったら次の会議までこき使われるのが目に浮かぶわ」


「大変だね……」


 苦笑する僕を半眼で睨めつける父さん。


「お前が発破かけたくせによく言うぜ」


「何のことかな?」


「白々しい。お前がそれとなく誘導したんだろ」


 半ば確信に近いそれに笑顔だけを返した。


 教会の社会的地位を回復させるのに一番手っ取り早いのは国を味方につけること。個人が動いたところでたかが知れているからね。

 だけど国としては国民に不信感を持たれ嫌煙されている組織を囲いこんでも反感を買うだけでメリットがない。5年前の事件は教会も被害者だが同時に加害者でもあるため無条件で味方する訳にもいかない。


 なら、味方するメリットを提示すればいい。


 そのためにまず先に目をつけたのがティアナさんの趣味の魔道具製作。

 実は魔道具は竜脈の影響を受けやすく、少しでも竜脈に異常が発生すると不具合が出る弱点がある。その弱点をなくすには竜脈の影響を受けない魔道具を開発する必要があったんだけど、人手不足と予算の都合で断念せざるを得なかった。

 だからティアナさん個人で開発の足掛かりになるきっかけを作れたらとの思惑で色々と提案し、製作情報を魔道具部部長に横流ししたのだ。


 ティアナさんの知識と魔道具部の技術、両者の相乗効果は凄まじかった。

 結果的に竜脈の影響を受けず、国防に携わる魔道具の開発の目処が立ったのだ。もし実現すれば魔力供給は不要、必要なのは定期的なメンテナンスのみ、人材不足解消に繋がると良いこと尽くめ。

 日の目を見ることのなかった魔道具部に明るい未来をもたらしたティアナさんを部長は大いに歓迎した。魔導師団長を吊し上げて「何が何でも確保しろ」と脅迫するくらいには。

 魔道具に携わる職に就きたそうなティアナさんをそれとなく誘導して魔導師団に仮入団させたのは正解だった。

 国益に繋がる魔道具開発なら予算も多めにぶん取れるし、利益を教会の維持費にも回せるしね。


 メルフィさんには技術向上と名誉回復の狙いで治療院で労働に従事してもらった。

 最初から教会関係者だと周知したら患者に治療を受けてもらえない可能性が高かったので教会関係者だというのは伏せて。

 団長と副団長の連盟で推薦状を用意したのは万が一バレたときに正式に国の承諾を得ているという証拠を提示するため。国のお墨付きなら文句も言えまい。


 できれば最高のタイミングで打ち明けたいところ。メルフィさんの実力を充分に知らしめ国民の人気を得た後、教会関係者だと明かす。

 上手くいけば国内有数の治癒魔導師として名を馳せるだろう彼女を国が庇護していると国内外に示せるし、教会の名誉も回復できる。

 正直、メルフィさんの実力は宮廷治癒魔導師を上回る。発動速度は遅いが治癒魔法の精度は圧倒的。

 教会の孤児の面倒を見るので手一杯な彼女が治療院に従事してくれるかは微妙だったけど、最初の実戦授業の件が尾を引いているようで、教会の名誉回復に今まで以上に積極的になってくれたのは僥倖だった。


 金の卵を生み出すガチョウと宮廷魔導師をも凌駕する天才。どちらも敵に回すのは得策ではない。国に縛り付けるために手を打つ必要がある。

 結果、教会の過去の汚名と味方にするメリットを天秤にかけ、後者を選んだ。


「報酬に魔石を願った真意は?」


「魔石コレクション、もうすぐ5桁に突入しそうなんだ……」


 僕を危険視する輩を刺激しないために毒にも薬にもならない報酬でお茶を濁した……とは言わないでおく。

 真面目顔を装って言い放ったら呆れたとばかりに首を振りため息をつかれた。


「お前なぁ……少しは友達を見習え!」


 友達という単語に耳が反応した。

 少し前の自分は友達の定義が分からないと嘆いていたけど、今なら胸を張って言える。


「うん。自慢の友達だよ」


 男子寮に奇襲をかけたあのときと明らかに雰囲気が違う僕に目を見開く父さんに柔く微笑みなら、言葉を続ける。


「父さん。ありがとう。学園に入学させてくれて」


 仕事に没頭していたら皆に出会えなかった。

 皆に出会わなければ勇気を出せなかった。

 勇気を振り絞ったからこそ、前へ進めた。

 勇気を振り絞ったからこそ、過去と向き合う覚悟ができた。

 きっかけを作ってくれた父さんには感謝してもしきれない。


 感謝の言葉を投げ掛けられた父さんは三割増しの怖いお顔でぷるぷる震えている。

 思わず声を上げて笑った。だって、感動にうち震えて流れそうな涙を堪えるときの顔だったから。


「~~~っ……討伐はやめだ!寝る!」


 泣きそうな顔を息子に見られまいとこちらに背を向けて寝転がる父の隣に腰かけて、なんとはなしに瞼を閉じれば、色んな人の顔が鮮やかに脳裏を過った。


 クールに見えて誰よりも情が熱いギルくん、感情的になりやすいけど不器用に優しいティアナさん、柔和な笑顔とは裏腹に毒を孕むメルフィさん。

 暴走しがちだけど僕のことを最優先に考えてくれるランツくん、仕事の合間を縫って何かと世話を焼いてくれるランバルトおじさん、隣で狸寝入りしてる父さん。

 事件より前に交流のあった人達、魔導師団の皆、首筋に傷跡のある男の人。

 そして、不思議な香りを纏った例のあの人。


 もう逃げるのは止めよう。目を逸らさずに向き合おう。

 臆病で泣き虫なところは変わらない。

 でも、心強い仲間がいてくれる限り、前へ進む勇気をもらえるから。


 決意を胸に瞼を開けば、未来を明るく照らすような晴れ渡った空がどこまでも広がっていた。







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