1―23.真相の欠片 2
「いくらなんでも、そんなに大量の魔力を使ったら感知するはずよ。いえ、使っていなくても、魅了を発動できるほど保有魔力が膨大なら王宮の魔導師が感知するでしょう。魔力暴走の危険もあるから調査もするだろうし……国が把握してないとは思えないんだけど」
ティアナさんの疑問は尤もだ。
国の上層部だって無能じゃない。ちゃんとあの人の魔力が膨大なのは把握してた。魔力暴走を警戒して監視もしてた。
それでもあの人の計略を見抜けなかったのは……
「使用属性を偽ってたんだねぇ。闇属性だから」
その一言に誰もが納得した。
隠してた理由は彼女達とは違うけど……わざわざ言う必要もないか。
「でも、精神系の魔法全てに共通するのは目視できる範囲に対象がいないと発動しないこと。誰にも気付かれずにそんな大胆な魔法を使うのは無理があるんじゃないかなぁ?」
同じ闇属性を使える者ならではの着眼点に感心しつつ小さく首を横に振った。
事件当時、魅了魔法の使い手はその場にいなかった。
前もって魅了魔法を仕込んでいたから当日に掛ける必要がなかったんだ。
少しずつ、少しずつ。蜘蛛の巣を張り巡らせて獲物が掛かるのを待ち構えるように。
「その言い方だと他に目的があるみてぇに聞こえるが……」
伏せていた目をギルくんへ向ける。
「ギルくん、さっき言ったよね。子供を狙った誘拐事件が“混沌の悪夢”に関与してる可能性があるって」
「ああ。……まさか」
そのまさかだ。
“混沌の悪夢”に至るまでの前座、とでも言うのだろうか。
頻発していた子供誘拐事件を前に本格的な調査に乗り出そうとした国の動きを読んで、歴史に残る凄惨な大事件を引き起こしたのだ。
5年前の事件は色んな人の色んな思惑が複雑に絡まりあっている。
「ある組織は条件に合う子供を探してた」
そのついでに目障りな教会を弱体化させたかった。
「魅了魔法の使い手は子供を欲してた」
組織が拐い、条件に合わないからと口封じする予定だった子供を貰うために組織と手を組んだ。
「ある貴族は魅了魔法の使い手に心酔していた」
だからあの人に加担した。そのせいで事件が明るみに出るのが著しく遅れた。
不意に強い風が僕らの間を吹き抜け、食べ終わったパンの包装紙が飛んでいきそうだったのをティアナさんが掴んで止める。
膝に掛けていたブランケットが風に煽られてずれたのを直すメルフィさんを横目に、おもむろに空を見上げた。
今にも泣き出してしまいそうな空だ。
あの日はもっと暗澹たる気持ちを切り取って絶望の雨を降らせる寸前みたいな曇天だったな……と、瞼を閉じて過去に想いを馳せる。
暫しの黙考ののち見上げた顔を元に戻し、その想いを振り切って、過去ではなく今と向き合う。
「教会での事件は世間の目を欺くための陽動。本命はある子供を拐うこと」
条件に合う子供を見つけるのは至難の技。だから当初は子供なら誰でも良かった。
でも、彼らは見つけてしまった。条件にぴったり合致する理想の子供を。
その子供をある目的のために連れ出したい。でもその子供がいるのは王宮。警備が厳重で拐うのは難しい。
なら、大事件を起こして王宮の守りを削げばいい。
そうして“混沌の悪夢”により世間が混乱している間に王宮の敷地へと侵入し、子供を連れ去った。
「いくら事件の影響で警備が手薄になっていたとしてもそう簡単に侵入を許すはずないよぉ。手引きした人がいるんだね?」
核心をつく問いに頷きを返す。
「手引きしたのは魅了魔法の使い手だ」
「はぁ!?そんな危険人物を王宮で野放しにしてたの!?」
「さっきも言った通り、その人は使用属性を偽ってた。普段は大人しくて何か事を起こす度胸なんてなさそうな人だったし……」
記憶の中の彼女が脳裏を過る。
甘い蜂蜜色の髪と魅惑的なラベンダー色の瞳。
不思議な香りがする香水が特徴的で、美人とは言えない顔立ちなのに、どこか目が離せない。
そんな彼女はいつも儚げな笑顔を浮かべていて……
『愛してるわ、リオン』
刹那、溢れた記憶に蓋をする。
小刻みに震えだす手をもう一方の手で押さえ付け、細く、長く、息を吐き出す。
もう過ぎたことだ。終わったことだ。これは、思い出さなくていいことだ。
「リエル・フォン・コルネリア。手引きしたのはその人だ」
あまりピンときていない様子のティアナさんをよそに、心当たりのあるメルフィさんが「あっ」と声を上げた。
「確か、前国王陛下の一人娘だよねぇ?」
「あー……いたわね、そんな人。良い噂も悪い噂もまるっきりないし誰も姿を見たことないから完全に忘れてたわ」
良く言えば大人しい。悪く言えば影が薄い。それが世間の彼女に対しての評価だった。
ごく自然に印象操作していたと知ったのはいつだっただろう。
一人だけ反応がないのが気になりギルくんへと視線を滑らせると、これでもかと眉間にシワを寄せたギルくんが苦虫を何十匹も噛み潰したみたいな顔で舌打ちした。
彼の機嫌がここまで悪くなるなんて初めてだ。ギルくんも何らかの形であの事件に関与してて、なにか思うところがあるのかもしれない。
元王族が黒幕と知り少なからず衝撃を受けた面々だが、やがて落ち着きを取り戻す。
「王女が犯人ってことにも驚いたけど……まず、王女の目的って何よ?子供を拐って何がしたかったの?」
「そ、れは……」
黙り込んだ僕に「言えないなら別にいいけど」と流すティアナさん。
「でも少し気になるわね。その組織って何?条件に合う子供の条件って何なのかしら?そこも分からないの?」
奥歯を噛み締めて俯く。
そんな僕を見てティアナさんは小さくため息を吐いた。
「肝心な部分は謎に包まれたままって訳ね……」
苦い感情が胸中に広がる。
全てを話せないというのがこんなにも心苦しいなんて。
皆に甘えるのは止めると決意したのに、これじゃあ結局変わらないじゃないか。
行き場のない気持ちが燻るのを誤魔化すためか、無意識に髪先を弄って固く目を閉じる。
「リオンくん。リーオーンーくん」
メルフィさんの温かみのある優しい声が僕を呼んだ。
恐る恐る瞼を上げると、お姉さんの顔をしたメルフィさんにフード越しに頭を撫でられた。怯える小動物を宥めるように。または子供をあやすように。
「偉い偉い。よく頑張ったねぇ。話してくれてありがとう」
「で、でも……肝心なこと、何一つ伝えられなかったし……皆にちゃんと言うって、決めたのに……なのに……っ」
「ばーか。何も、全部話せなんて言ってないでしょうが。それに、そんな顔してる人に問い詰められる訳ないでしょう」
そんな顔って言われても分からない。でもきっと凄く酷い顔なんだろうな。
そこでふとギルくんが無言で意味ありげな視線を寄越しているのに気付く。
「お前だろ。拐われた子供って」
唐突な問いかけにびくりと身体を震わせる。
メルフィさんは薄々気付いていたのかそこまで驚いていないけど、ティアナさんはそんな僕の反応で事実だと悟り目を見開いた。
「お前が抱える罪悪感も、きっとそれが原因だろ。お前が拐われた理由は知らねぇけど、これだけは言える」
燃え盛る炎を宿した瞳が僕を真っ直ぐ見据える。
「リオンのせいじゃない」
初めて名前を呼んでくれた喜びが一瞬沸き上がるも、その言葉を咀嚼するのに数秒の間が空いた。
僕のせいじゃない?そんな訳ない。あれは紛れもなく僕のせいだ。僕が引き金になったんだ。
僕がいなければ、
あんな凄惨な悲劇は起こらなかったのに。
「そうだねぇ。短い付き合いだけど、リオンくんが直接何かしたんじゃないのは分かるよ」
メルフィさんが彼の言葉に同意する。
「何よアンタ、そんなくっだらない感情持て余してたの?バッカみたい。それよりも授業の予習した方がよっぽど有意義よ」
「ほら、ティアナも過去に縛られないで今を生きろって言ってるよぉ」
ああ、またそうやって、僕を駄目にする。
皆の優しさは甘い蜜のよう。でもそれは同時に甘美な毒でもある。
蜜を吸いすぎないように気を付けなきゃ。毒が全身を巡る前に。
言葉もなくただ俯く僕の頭を撫で続けるメルフィさん。淀んだ気持ちを掬い上げるような優しい手付きに安心感を覚える。
詰めていた息を吐き出して落ち着きを取り戻した頃、冗談交じりにしみじみと呟く。
「頭ごなしに怒鳴り散らしてたあのティアナが……成長したねぇ」
「う、うっさいわね!あのときは感情的になっちゃってただけよ!」
「うんうん、そうだねぇ。それよりもティアナ。あれ、渡さなくていいの?」
「ちょ、馬鹿……!」
なんで言っちゃうのよ!と言わんばかりにメルフィさんを視線で責めつつあたふたするティアナさんに目を瞬いた。
あれってなんだろう?
「……最近、アンタ忙しそうだったし。何か力になれればって……えっと。その、これ!」
支離滅裂な言葉とともにずいっと突き出されたのは綺麗な装飾が施されたランタン。
底の方に魔法術式が描かれており、下半分を覆う炎の模様が彫られたガラスが美しい。
思わずティアナさんを凝視すれば「何よその目は。ちょっと凝り性なだけよ!」と照れ隠しに睨まれる。
「催眠効果のあるランタンよ。枕元でこれに魔力を流せばすんなり寝れるやつ。……寝不足で倒れられたら困るから!それだけ!」
もしかして、徹夜明けみたいな変なテンションになるまで魔道具を作ってたのは、僕のため?
ここ数日、放課後はこっそり王宮に行って5年前の事件について忙しなく調べていたから気遣ってくれてるのだろう。
自分の視点ではない事件の概要を知るべく調査したけど、団長達には内緒。絶対心配かけちゃうから。
「有り難く使わせてもらうね」
ティアナさんからランタンを受け取ったところで空が落涙した。
ぽつり、ぽつりと降り始める雨に慌てて敷物等を収納魔法に放り込んで小走りで校舎へと向かう。
3人の背を追いかけていたが、一瞬立ち止まって空を見上げる。雨が目に入らないようにフードを引っ張りながら、冷めた眼差しを突き刺した。
「……大嫌いだ。雨なんて」
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