1―8.実力テスト 1
入学式の翌日、いつもと同じ時間に起きてまだ着慣れない制服に着替えてローブを羽織る。
今日は学園初日。一学年合同実力テストのみで授業は明日からだけど、それでも緊張する。
うぅ、昨日のクラスメートの反応からしてあんまり交流できなさそう。で、でも大丈夫!ギルくんとは多少会話はできてるし、メルフィさんとも改めて仲良くしようって決めたんだもん。
ティアナさんも……また5年前の事件について聞かれる可能性はあるけど、問い詰めるような真似はしない……と思う。
根は悪い人じゃないし、仲良くできたらいいなぁ。
これって結構な進歩では?少し前の自分なら周りの視線を気にして彼女達と距離を取るか全てから目を背けて逃げ出すかしそうなのに、彼女達ときちんと向き合おうとしてるんだもん。
あ、でも逃げ出すところは変わってない。気さくに挨拶してくれる学園の警備兵さんにもろくに挨拶を返せず逃げちゃったし……はぁ、成長しないなぁ。
緊張感を解すために部屋に飾ってある魔石を見てたら心が落ち着いてきた。
人が少なくなってきた頃を見計らって食堂に行くとちょうどギルくんがトレーを持って席についたところだった。
適当にパンを購入し軽く挨拶を交わして隣に座り、一緒に朝食を取る。
ぽつりぽつりと会話しつつ一緒に登校。今日も気さくに挨拶してくれる警備兵さんになんとか挨拶を返して逃げるように校舎の中へ。
ギルくんは人が苦手な僕のことを理解し始めたらしく何も言わず同じペースで歩いてくれるのが有り難い。
教室に入ると自然と集まる視線。その目はどう見ても非友好的で、早くも逃げ出したくなった。
ぎゅっとフードを目深に被り、ギルくんと共に昨日と同じ席に座る。
メルフィさんとティアナさんはまだ来ておらず、昨日同様、ギリギリ予鈴が鳴る前に滑り込んできた。
「お、おはよう、二人とも……!」
突き刺さる視線に怯みながらもなんとか声を掛ければ、ティアナさんは一瞬びっくりしたものの僅かに安堵の色を滲ませて「お……おはよう」と返してくれた。
「おはよ~リオンくん、ブレストくん」
「……ギルでいい」
「ちょっとあんた、挨拶くらいまともに返しなさいよ。子供でもできるってのに」
「いちいち突っ掛かってくんな。うぜぇ」
「ああん?何ですって!?」
睨み合うギルくんとティアナさん。喧嘩しないでほしい。けど二人の間に割って入る勇気はない。
結果、静かに火花を散らす二人から目を逸らしてメルフィさんに話しかけた。
「き、昨日もギリギリだったけど、どうしたの?」
「ん?ああ、またティアナが暴走しただけだよぉ。昨日は引ったくり犯を何人か捕まえて、今日は違法薬物の取引現場に乗り込んだんだぁ」
「す、凄いね……」
のんびり会話してる間に予鈴が鳴り、全員が席につく。僕ら四人は一番後ろに並んで座った。
「皆さん、おはようございます。私が入る前に全員着席しているとは、感心しますね」
教室に入ってきたエド先生が柔和な笑みを浮かべて教壇に立つ。
エド先生は実力テストは午前と午後に分けて行うこと、A~Cクラスは午前が武術テストで午後が魔法テストであることなど一通り連絡事項を告げてから時間割表と年間行事表を配る。
前の席の人から渡された紙にざっと目を通す。
どうやら座学よりも実技に力を注いでるようで、実戦授業が多い。年間行事も2学期には学園祭や剣術大会、魔法大会なんてのもあるし、3学期には成績上位者のみ他国への短期留学もある。
けど座学を疎かにしてる訳でもなく、一般授業の他にダンスやマナーなど平民向けではないけど身に付けておけば将来絶対役に立つ授業も豊富。充実した環境で存分に学べってことだ。
これでも一応王宮で働いているからマナーもダンスも一通り学んではいるけど、それも結構前だったし自信ないなぁ。
まぁ、学び直すいい機会だと思おう。
「……先生!前の人が紙を回してくれません!」
隣でティアナさんが不機嫌そうに手を上げた。
ギルくんとは反対側の隣席で、机の上には時間割表も年間行事表もない。
「ちょっと、言い掛かりは止してよ。枚数が足りないだけでしょ」
ティアナさんの前の席の女子生徒は振り返って抗議する。けど先生に見えないのをいいことににやにやと嫌らしく笑っているのを見れば、彼女が隠し持っているのは明らかだった。
怒りで顔を赤くして今にも殴りかかりそうな雰囲気のティアナさんをメルフィさんが宥めていると、女子生徒の机の上に突如魔法陣が出現。
時間割表と年間行事表がふわりと浮かび、両方共2枚重なっていた紙の片方がティアナさんの手元へ滑り落ちる。
「つまらない小細工をする余裕があるくらいですから、あなたは余程優秀なのでしょう。実技テストが楽しみですね」
変わらず柔和な笑みを浮かべながら放たれたエド先生の言葉に青ざめる女子生徒。
教会の人間だからって下手な嫌がらせする人もいるかもと危惧していたけど、さっそく仕掛けてきたかぁ。
でもエド先生は差別意識がないようで安心した。魔法を用いて対処もしたし、今後二人が何かされてもどうにかしてくれるだろう。
もちろん先生のいないときに嫌がらせする人もいるだろうからこちらでも注意しておかないと。
武術の実技テストは武術学棟の鍛練場で行われる。
同じ武器を使用する者同士での模擬戦形式だ。テストと銘打ってはいるけどこれはあくまで実力を測るためなので勝敗には拘らず、普段通りの自分の力を発揮してくれと通告された。
あんまり張り切って普段以上の力を出すと実戦授業のときに困るもんね。
「でも負けず嫌いな人とかプライドが高い人は勝利に固執するんだよね……大丈夫かな?」
「放っておけ。後で困るのはあいつら自身だ」
武術学棟の鍛練場にていくつかのグループに分かれて模擬戦が行われている中、貴族の子弟とおぼしき人達が何がなんでも勝利を掴んでやる!という気迫で無理に猛攻を仕掛けているのを尻目に思わず呟けば、ギルくんに素っ気なく返された。
「ったく、馬鹿ね。この模擬戦の意味分かってんのかしら?」
「勉強ができるからって賢いとは限らないよ~」
模擬戦を終えて戻ってきた女子2人も辛辣な意見。ティアナさんはともかく、メルフィさんまで毒を吐いている。ほんわかな笑顔はそのままに。ちょっと怖い。
「2人とも上手な戦い方だったね」
「揃って結果は残念だったけどねぇ」
「いいのよ別に。私達は魔法メインなんだから」
ティアナさんとメルフィさんは2人とも短剣で模擬戦に挑んだ。
他の女子もほとんどは短剣か弓だから女子同士で良い勝負ができていた。
お手本みたいに綺麗な短剣捌きだったけど、型にはまったような動きは相手に読まれやすく残念ながら負けてしまった。
魔法が主体だったり、戦闘経験が浅い人は武術に精通してなくて当然なんだけどね。
話してる間に先生に呼ばれたのでそちらへ行くと、訝しげな目を向けられた。
相変わらずフードを被ったままなのでまた突っ込まれるのかなと内心苦笑したけど、違った。
「君、本当に武器なしでいいの?」
「はい。あ、身体強化使ってもいいですか?接近戦のときはいつも使ってるので」
「それは構わないが……」
見た目が完全に怪しげな魔法使いなのに肉弾戦を選ぶとか正気かこいつ、的な顔をされた。
見るからに魔法特化型な僕が拳を振るうのが余程珍しいらしい。
見た目通りの魔法特化型だけど、一応接近戦もできるのに。
先生の合図と共に動き出す相手の男子生徒。
僕を一目見て簡単に倒せそうだと判断した男子生徒は勝負を仕掛けるべく急接近する。
突き出された拳の軌道を最小限の力でずらし、そのまま腕を掴んで地面に叩きつけた。
遠くから聞こえる剣戟以外の音が一瞬消え、僅かな静寂が周囲を包む。
武器を扱う才能はないけど、肉弾戦はわりと出来る方なんだよね。まぁそれも身体強化があってこそだけど。
魔導師といえど、遠距離から魔法を放つだけではいざというとき動けない。だから宮廷魔導師団では魔法だけでなく武術も嗜むのだ。世間一般では騎士が使うものと言われる身体強化も同様。
身体強化が使えて良かったー。もし駄目だったら苦戦してたよ。
相手も身体強化使ってたから許可が下りたんだろうなぁ。
「……勝者、リオン・ガーノ」
何が起こったのか理解できていない男子生徒をよそに、放心状態の先生がハッとして宣言する。
勝利の余韻に浸るでもなくギルくんを探す。燃えるような色の髪は一際目立つからすぐに見つけた。
僕が模擬戦してる間に呼ばれてたみたいで、木剣同士で鍔迫り合いになっているところだった。
相手の男子生徒が力でゴリ押ししようとする。ギルくんは手から力が抜けて押し切られた……と見せかけて、相手が油断しているところを一気に畳み掛けた。
相手の剣を巻き込んで横に薙ぎ、弾き飛ばす。
「勝者、ギル・ブレスト」
凄いなぁ。相手の能力を引き出しつつ勝利を掴み取るなんて。
しかも木剣では力押しな人が圧倒的に多い中、テクニックで勝つって相当な実力がないとできない芸当だ。
おそらく力押しでもギルくんは負けない。それでもあえて技巧で勝負したのは教えるためだろう。力押しではどうにもならない相手もいるのだと。
力だけでなく技術も身に付けろと、声に出さず諭しているのだ。
ただ勝つだけじゃなくて、相手にも勉強させるなんて、誰にでもできることじゃない。
本当に凄いなぁ。武術学担当の先生も絶賛してるもんなぁ。
……それにしても、ギルくんのあの剣捌き。騎士団のそれに似てたけど、ひょっとして騎士の家系だったりするのかな?
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