第14話おっぺえばっかり育って、脳みそに栄養が届いてないんだず

 そのとき、ジョウジの頭の中に垂れ込めていた暗雲から、ピシャリとひとすじの光がほとばしった。


「そ、そうか……ひょっとして……」


 ジョウジは、当時母親が作ってくれた料理を思い出した。カレー、ハンバーグ、スパゲッティ……。味の濃い料理ばかりだった。


 唯一の例外は、毎日欠かさずに食べさせられた高野豆腐の煮物である。これは、ナツキの父親の好物であったことに由来するらしい。しかしこれは本当に例外である。


 また、キアは中華料理もよく作った。麻婆豆腐、酢豚、回鍋肉……これまた味の濃い料理ばかりである。


 しかし、同じくパンチのきいた中華料理である餃子は、何故か食卓に並んだ記憶がない。


「なあ、姉貴」


「な、なに?」


 イヤホンから聞こえる声色から察するに、ナツキは挙動不審なジョウジを明らかに訝しんでいるようだった。


「うちで餃子って食ったことねえよな?」


 しばし沈黙があった。


「ああ、そう言われてみれば、なかったかもね」


「なんでだ? お袋が作る料理って味の濃い、ガツンとした料理ばっかだったじゃねえか。なんで餃子がなかったんだ?」


「知らないよ。アタシはお母ちゃんじゃないんだからさ。……あ、でもあれかな、ニンニクをいやがったのかもね」


「ニンニク?」


「そうそう。ほら、お母ちゃんは接客があるから。匂いを気にしたんじゃない?」


「な、なるほど!!」


 ジョウジは手にしていた三本目のレモンサワーを飲み干し、ぐしゃりと握り潰した。


「そうか! だからオレたちは一緒に餃子を食ったことがねえんだ! それゆえに共通のルールがない!!」


 どうでもいいことをジョウジは大声で叫んだ。


「うるさいなあ、どうでもいいじゃん。それに、ポン酢って醤油とお酢が入っているんだから、実質ツバサとアンタは一緒……」


 ナツキの話を無視して、ジョウジは現実世界で立ち上がった。


「これは大問題だぜ、おい、アオイ! 今日決めるぞ、湯島家公式の餃子の食い方を!」


 アオイは両手を水平にし、足を大きく開いてヨガのようなポーズを取った。理由はわからない。


「望むところッスよ!」


 アオイはツバサのほうに向き直った。


「ツバサ、だめッスよ、ポン酢なんて。ほら、酢ゴショウで食べるッスよ」


「やんだ。わだす、酢ゴショウなんて好かね」


 ツバサはぷいっとそっぽを向いた。


「こら、ツバサ。お姉ちゃんの言うことを聞かない子は悪い子ッス。さあ、ほら、ほら」


 アオイはお酢とコショウの3Dモデルを両手に持って、ツバサの目の前に差し出した。


「やんだ! やめてけろ!」


 ツバサは椅子から飛び降りて、ナツキの後ろに隠れた。


「こら! 待つッスよ!」


 アオイはツバサの後を追いかけた。ツバサはテーブルの周りをぐるぐると逃げ回り、アオイもそれをゾンビのように追い回し始めた。


「おい! アオイ、やめろ! ツバサは醤油とお酢とラー油で餃子を食べたいって言ってんだろ!」


「ほだなこど(そんなこと)、言ってねよ!」


「そうッスよ! 昭和のヤンキーは黙っててほしいッス!」


「何言ってんだ! オレの誕生日は二〇〇二年四月二日、れっきとした平成生まれよ。サッカー界じゃ日本でワールドカップが開催され、将棋界じゃあ、藤井 聡太名人が生まれ、フィギュア界じゃあ……」


「ほらほらほらー、ツバサ。お姉ちゃんの言うこと聞くのは、妹の義務ッスよ!」


「いや、無視かよ!」


 ジョウジとアオイがやり合っていると、ツバサは逃げるのをやめて振り返った。


「アオ姉ちゃんは、なして訳わからないことばっか言うんだず!」


「なに言ってるんスか、ツバサ。お姉ちゃんは訳わからないことなんて言ってないッスよ。いつだってツバサのことを想って……」


「ナツ姉ちゃん、聞いてけろ。こないだアオ姉ちゃんと日本語話者のワールド行ったんだけっど、ああいうワールドって、日本人がどうが確かめるだめに、入口にクイズがあんべ? そのどぎのクイズは『皇居があるのはどごだべ?』っていうやづだったんだげんと、アオ姉ちゃんさ、東京でねぐで、大阪選んだんず」


「違うッスよ、あのときは選択肢を間違えただけッスよ! 皇居があるのは東京だってちゃんとわかってるッスよ! 勘違いしないで欲しいッス!」


「絶対違うよ。だって、わだすが『皇居は東京だべね?』って言ったら、『違うッスよ。皇居っていうのは、豊臣秀吉が建てたお城の跡地にあるんスよ』って自信満々に答えたんだず。絶対、江戸城と大阪城さ間違えてると思うんだず」


 ツバサは、アオイのセリフ部分を馬鹿にしたようなモノマネで表現した。


「うう……」


 アオイはアホの子であった。


 アオイは言葉に詰まったが、ツバサは追撃の手を緩めなかった。


「あ、わかった! 餃子さ酢ゴショウで食べっと、スバ姉ちゃんみてえにおっぺえばっか大きくなって、頭に栄養が回らねくなんだず! だがら、アホみだいなごどばっかり言うんだず!」


「な、な、なんてこと言うんスかー!」


 絶叫するアオイ。


「ちょ、ちょっと、アオイ、そんな大声で絶叫したら……」


 ナツキがアオイをなだめようとするも、ヒートアップしたアオイの耳には届いていない。


「もう許さないッスよ! ぜーったいに、酢ゴショウで食べさせるッス!」


 アオイはツバサににじり寄った。


「ふざけんな! 醤油とお酢とラー油に決まってる!」


 アオイのアホエピソードを聞いて力が抜けていたジョウジも、改めて自身が最適と思う食べ方を主張し直す。


「もうやんだ! スバ姉ちゃんも、ジョー兄ちゃんもあっちいってけろ!」


 ツバサは耳をふさいで、また逃げ始めた。

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