第17話シグムントSide 5


 魔法が得意なマデリン嬢が、いつまでも不安なフリをして私に寄り添ってほしいと言ってくる。


 教壇の辺りでクラウディア先生はマデリン嬢がなかなか魔法を発動させないので、ずっと待ちぼうけをくらっていた。


 私はその事の方が気になり「私はここに立っているから、そろそろ始めよう。クラウディア先生も待っている。君は素晴らしい魔力量を持っているのだから自信を持つんだ」とマデリン嬢に声をかけたのだが……私の言葉の何かが気に入らなかったのか、彼女は突然魔力を高め始め、意図的に魔力を暴走させ、通常のフェザークロスの倍以上の威力に膨れ上がったものをクラウディア先生に放ったのだ。


 ストームシールドを幾つも作り出して防御しようとしたクラウディア先生のところに大量の魔力の羽根が飛んでいく――――あのまま吸収してくれればと思った瞬間、羽根は軌道を変え、四方八方からクラウディア先生に襲い掛かっていった。


 あの動きは何だ?マデリン嬢が自分の魔力を操っていると言うのか?!



 「クラウディア先生!!」



 私は咄嗟に瞬間移動し、自身のマントで彼女を包み込んだ。


 私のマントは特殊な加工が施されたマントで、中級魔法くらいならば簡単に防ぐ事が出来る。そのマントに更に強化魔法をかけたので守れた――――と思っていた。


 実際に彼女に傷は1つもついていない。


 しかし彼女の服が無残にも引き裂かれ、豊満な胸が露わになってしまっていた。


 こ、これは、傷よりもマズいのでは…………傷ならば回復魔法で治せるものの、服は直す事は出来ない。


 こんな姿を生徒とは言え男達に見せるわけにはいかない。



 「こ、これは大丈夫じゃないな……すぐに保健室に行こう」



 自分のマントを外してクラウディア先生を包み込み、そのまま抱きかかえて保健室へと向かう。


 マント越しだというのに彼女の柔らかさと匂いが私を落ち着かない気持ちにさせるものの、全く不快ではなく、むしろこのまま抱きかかえていたいという思いに駆られてしまう。


 顔を合わせば嫌味の応酬だった相手に対して、どうしてこんなに心境の変化が起こってしまったのだろうか――――するとクラウディア先生が恥かしかったのか下ろしてほしいと懇願してきたのだった。



 「理事長、一人で歩けます!下ろしてくださって構いませんわっ」



 顔を真っ赤にしながら私のマントにくるまってお願いしてくる。



 「それは出来ない。そんな姿の君を誰かが見たら…………いや、とにかく急ぐぞ」



 恥ずかしそうに私のマントに顔を埋めるクラウディア先生に心臓を持っていかれそうになりながらも、何とか保健室まで辿り着いたので扉をノックした。


 しかし中からは何の反応もない。


 どうやら保健室には養護教諭であるカリプソ先生はいないようだったので、仕方なく保健室に勝手に入らせてもらい、クラウディア先生をベッドにそっと下ろしたのだった。


 とにかく着替えを探さなくては――――あまり保健室に来る事はないので、どこに何があるのかが分からない。


 こういう時、ダンテならすぐに見つけられるのだろうな。アイツは昔から器用だし、人間関係も難なくこなしてしまうから。


 女性の扱いも上手いし、私はそういった事が苦手で女性を喜ばす事が出来ない。


 こういう時にスマートに出来ない自分に歯がゆく思っていると、幸運にも女性用のローブを発見する事が出来た。



 「見つかったぞ、これを羽織ればひとまず大丈夫だろう」



 何とか私にも見つける事が出来てホッとしながらローブを渡すと、クラウディア先生がホッとしたような表情をするので、隣に腰をおろすと思わず本音が漏れてしまう。



 「私が隣にいながら生徒の暴走を止める事が出来ず、こんな事になってしまい申し訳なかった」



 王太子たる者、人に簡単に頭を下げる事なかれと言われ続けてきたが、彼女の反応があまりにも素直だったので不思議と私も思った事を述べる事が出来た。


 すると柔らかく微笑み「ふふっ理事長が謝るなんて、貴重な表情が見られました」とからかってくる。



 「な、私は真剣にっ」



 反論しようとした私の唇に彼女の手が当てられ、私の言葉を遮ってくる。



 「分かってます、でもそれ以上は何も仰らなくても大丈夫ですわ。今回のは担任である私の責任でもありますし、どうしても気が済まないのなら責任は2人で半分こしましょう」


 「半分こ…………」


 「それにクラスの子達に何もなくて良かった~~それが何よりじゃないですか」



 ニコニコしながら何の気なしに言った彼女の言葉は、私の胸に大きな変化をもたらしていく事になる。


 責任を半分こにしようだなどと言われた事は一度もないので、正直とても動揺したのは確かだったが、それ以上に王太子である私にそんな事を言ってくれる人間がいるとは思わなかった。


 この国の王太子として生まれた以上、全ての責任を背負う覚悟はしていたし、常にそれを意識するようにと言われてきたので、その事に何の疑問も持たなかった。


 それを周りも期待しているのだろうし、それが王族として生まれた義務だと思っていたのに――――私の責任を一緒に背負うと言ってくれる人間がいるとは。


 もちろん彼女がそんな重い話をしたわけではない事くらいは分かっている。


 しかし私の心にはその考え方が確かに芽吹き、やがて彼女の存在がどんどん大きなものになっていくのにさほど時間はかからなかった。


 この後、保健室に突然ダンテがやってきてクラウディア先生を探しに来たと聞き、弟にすら渡したくなくなっている自分に気付く。


 そして弟を何とか退けてアイツが保健室から出て行った事を確認すると、ベッドの下に隠れていたクラウディア先生を下から引っ張り上げてあげた。


 そのつもりだったのだが、勢いあまって私の腕にすっぽりと収まる彼女――――慌てて離れようとするクラウディア先生を支えようとした瞬間に体勢を崩し、二人でベッドに倒れ込んでしまう。


 気付けば彼女に覆いかぶさる形になり、クラウディア先生の大きな瞳は驚きながらパチパチと瞬かせていて、美しくて張りのある唇が主張するかのように目の前にあった。


 瞳は吸い込まれそうだし、唇は食べてしまいたい衝動に駆られる。


 この時私は、彼女を前にすると落ち着かない気持ちになったり、弟に対してまで渡したくないと思ったり、生徒にすらクラウディア先生の肌を見せたくなかったり、笑顔を独り占めしたかったりと、この不可解な気持ちがなんなのか、ようやく理解した。



 これが世に言う”恋”というやつなのだろう。


 このままキスをしたい、彼女に触れたい、でも嫌われたくない、優しくしたい、色々な気持ちが自分の中を行き交う――――ひとまず全ての気持ちをのみ込んだ。


 そして「…………カーテンを閉めるよ」とだけ言い残して保健室を後にしたのだった。



 今はまだ彼女にとって何者でもない私が気安く触れていい相手ではないから。


 だが必ず手に入れる、絶対に誰にも渡しはしない。


 いつもクラウディア先生が関わると正体不明の気持ちにモヤモヤさせられていたのが、答えが見つかった事で気持ちは意外にも晴れ晴れとしていたのだった。

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