隙間の出来事・8

 面白い人だな、と熱心な星降人の一人、イリアンサから紹介されたグリューシナという青年を観察しながら、サーム・リラ・ロッドルヴァーンは内心でからからと笑った。

 頭の固い老害どもは自分さえよければいいと、信徒たちのことも他国との関係も何もかもをほっぽり出しているが、それでいいわけなかろうがと自身の身分を偽って信徒やあまたやってきた星降人と関わってきて、一番面白いと思っていたのはイリアンサという少年だった。

 鮮やかな色彩の少年は、星降人にありがちな外見と中身が相違している系の存在だったが、この世界の住人よりもよほど熱心に「黒い森の乙女ジュフアブダルゲン」へ信仰をささげていた。

 最初にあったときは、星降人の故郷にも信仰がないからかと思ったのだが、彼は自身の故郷の神よりも「黒い森の乙女」を信仰してくれているということがわかり、心臓がぐっと握りしめられたような感覚だった。

 このレッドキャップは、世界を作った創造神「黒い森の乙女」を信仰する唯一の信仰集団だ。しかし、他国も含め、「神」という目に見えない、いるかどうかわからない存在を崇める行為は気が狂ったのかと思われることも少なくはなく、それはレッドキャップの歴史でテロ行為の標的として執拗に攻撃をされていることからよくわかることだ。

 サーム自身、十二を数えたときに前教皇から指名されて教皇位につくまでは、懐疑的な考えがぬぐえなかった。

 サームは、近年で唯一被害が出たテロにて、唯一両親を失った孤児だった。枢機卿の父と、大司教の母を親に持ったサームは、両親に連れられてシャテーヴァンスを経由してフレードリットの最古の教会へ向かっていた。数年に一度行われる「巡礼」という奴で、その時は巡礼に参加する信徒も多数おり、その信徒たちとも一緒だった。

 シャテーヴァンスを越え、フレードリットへ向かうために崖を登るとなったころ、テロリストはやってきた。何が起きたのか、詳細をサームは覚えていない。ただ、崖上から大量の岩石が降ってきて悲鳴が上がったこと、轟音、覆いかぶさってくる母と、父の怒鳴り声。

 次に覚えているのは、包帯まみれでカリヴァーの中央大聖堂に収容されていたこと、両親の死亡報告、逃げおおせたテロリストの話。

 母が覆いかぶさってくれたから、サームは生き延びだ。父が命をとして貼ってくれた障壁魔法があったから、ほかの信徒たちは生き延びた。

 なぜ、「カミサマ」は両親を救ってくれなかった。この時、サームは自分の信仰している「神」について懐疑心を抱いた。大司教に、枢機卿になるくらいまでに信仰をささげた信徒を、どうして救ってくれなかったのか。

 サームの心にはどす黒いものがどんどんと湧き出ていった。

 そんなサームを知ってか知らずか、前教皇は幼かったサームを次期教皇として指名した。あまりの若さに上から下まで阿鼻叫喚になったが、前教皇は覆すことなく、サームを手元に置いて教皇教育を始めた。

 そこで、サームは「黒い森の乙女」の存在を知るほかなくなってしまった。

 サームが十五になるまでの三年間、前教皇はできる限りをサームに与え、神の御許へ導かれてしまった。

「ロッドルヴァーン様?」

 ふっと、グリューシナに呼ばれてサームは「失礼しました」と思い出にふけっていた自分を戒めた。

 グリューシナは、先日からの代理戦争の発端となった事件の関係者がいる戦乙女公国ワルキュレア所属の星降人だ。数年この国で熱心に信仰をささげていたイリアンサと異なり、最近降臨したばかりだと聞いたが、そういう意味では恐ろしいなと感じた。

 サームも含め、おそらく各国の上層部で国政を取り仕切ってる面々は、ある程度星降人の状態を見通すことができる。自国所属の星降人ほど情報が多いが、それでもその人間がどれほどの力を持っているのかくらいはわかる。

 このグリューシナは、ありえないほどの力を蓄えている。イリアンサなど小指のかけらくらいのサイズに思えるほど、この星降人は濃い。恐ろしいほどに濃いのだ。まるで、「黒い森の乙女」の加護を受けているかのように、濃密だ。

 ここまで濃密なのは、星降人どころか住人でもめったにいない。いったいこの人はこの世界にやってきてから何を行ってきたのだろうか。

 グリューシナがこの世界を滅ぼすと決めたのであれば、簡単に滅ぼせるだろうと思う。それだけの能力を、この青年は持ち合わせている。しかし、数刻この青年の言動を観察し、こうして会話を交わして思うのは、この青年が世界を滅ぼす決意を固めるようなことがあれば、その時点で世界は崩壊しているだろうなという確信だった。

 「黒い森の乙女」を信仰はしていないものの、グリューシナは「黒い森の乙女」の存在を許容し、認識し、そして隣人として理解している。また、己が部外者である自覚を持ちながら、この世界の住人に一定の敬意を払い、同じ人間として敬愛をもって接することができている。

 イリアンサですら随分とこちらを慮ってくれていると思っていたのに、それどころじゃなかった。

 だから、サームは思ったのだ。グリューシナならば、解き明かしてくれるのではないかと。

 差し出された、リルエプルーナ山脈の中にある、最も標高の高い山に存在している廃墟群、ユーラカリルの写真を見つめ、サームは心を決めた。

「グリューシナさん、イリアンサさん、お二人のこれまでの功績をかんがみて、お願いがあります。ユーラカリルと、「黒い森の乙女」の関係性について、調べていただけませんか?」

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