バトラブ~青春にあこがれて魔王をやめたら最強メイドがついて来たので、平和な世界を満喫しようと思います~
定食
「守護者入隊試験」編
第1話 「魔王引退」を満喫しようと思います
夏。
魔王城にて。
「なあフォロ、今日の予定は?」
「アバウト様の今日の予定は...ありません」
「だよなぁ」
いつも通りの会話である。
普通ならこういうのって、「○時から誰々との××、その1時間後にどこどこで△△の予定です」などというみっちりスケジュールを伝えられるはずなのだが。
「はあ。オレが魔王になったのって...」
「2年前でございます」
「だよなぁ」
アバウトは小さいときから闇の世界に強いあこがれを持っていた。
古くから伝わる闇の魔法【ダークなマジック】に魅了され、16歳にして魔王にまで上り詰めた。
今から2年前の出来事である。
「オレってこの2年間何してたっけ」
「お料理とお昼寝です」
「だよなぁ」
闇の世界に格別の興味があったのは、エリア0出身であることが大きな要因の1つであろう。エリア0、通称「魔地」はアヴァロニアの最西部にある小さな地域で、歴史的な背景から魔の空気が強く漂っている。
アヴァロニアや周辺諸国の住人はこの地域をひどく嫌い、この街の外でエリア0出身であることをひとたび告げれば、ボッコボコのフルボッコにされるような環境で生まれ育ったのである。
「アバウト様は、お料理とお昼寝のために魔王になったのですか」
「うっ...!」
「魔王先輩は今のアバウト様を見てどう思うのでしょうか」
「ぐはっ...!」
魔王先輩。同じくエリア0出身の元魔王で、アバウトが魔王入れ替えの決闘を申し込んだところ「いいぜ」と二つ返事で魔王の座を譲ってくれたのだった。
「ってフォロ!痛いとこ突くな!あと物理的にツンツンすんのもやめい!」
「だってアバウト様が暇そうになさるから」
「...だって暇だし」
時間は間もなく20時。
そして最強メイドは仕事をしたい。
「紅茶サイダーお入れいたしましょうか」
「お願いします。氷多めで!!」
「かしこまりました」
10秒後には、魔王アバウトの前に1杯の紅茶サイダーが置かれていた。
「フォロって仕事はやいよなー」
「アバウト様に仕えるメイドですから」
「最強のな」
アバウトは魔王になったあと、アヴァロニアとその隣国、シャングリスを支配下に置き、その住人をもれなく配下とした。
もちろんアバウトひとりの力ではなく、魔王になるまでの過程で出会った最強メイド、フォロの活躍は大きかった。というより、ほとんどが彼女の仕業である。
事の発端は、アバウトが小さくつぶやいたことであった。
「アヴァロニアとシャングリス欲し———」
次の瞬間にはフォロの姿が目の前から消え、その1時間後には二国の国王を連れてにこやかに戻ってきたのであった。
投げた棒を取ってきた犬が、我が主にむかって褒めて!と自信満々にいうような表情である。
「アバウト様のためになるのなら...!」と、彼を全力で崇拝しているのだ。
「紅茶サイダーっておいしいのな」
「なぜだと思いますか?」
「うーん...おいしいもの同士の足し算だから?」
「私が淹れたからです」
「...だよなぁ」
振り返ってみれば。
アバウトはこの18年間、恋愛や親友との絆といった輝かしい青春とは無縁の日々だった。ずっとひとりで闇の世界のトップを目指し、そこにあったのは同僚といえる程度の人たちとの薄いつながり。
「よしっ、フォロ!」
「はい、アバウト様」
「オレ、魔王やめるわ!」
アバウトは決意した。
青春をやり直すことを。
最強になった今、その絶大な力をもってすれば失うものなど何もなかった。
しかし得るものもまた、これ以上あるとは思えなかった。
最高に充実した人生を送るのなら、何もないより忙しい方がいい!
これが2年間魔王として過ごしてきたアバウトが導き出した結論であった。
その場でアバウトは大きく息を吸い、まっすぐな瞳を向けたメイドへ伝える。
「なあ、フォロ。これが君への最後の命令になるな」
アバウトが魔王になる前からずっと支えてくれたフォロ。気付けばいつも近くにいて、主のためにと忠誠を誓ってくれた。
かわいらしい見た目と反して、魔王であるアバウトをもしのぐその実力。
そんな最高のメイドへ別れを告げるべく、アバウトは禁断の魔法【ダメなマジック】を発動した。この魔法は魔王のみが使える、自身の魔力を完全に封印する魔法である。
「これからの魔王は君だ。頼んだぞ、フォロ!」
寂しさを宿した笑顔を浮かべたアバウトは、足元から清らかな魔力の流れに包まれていく。
「はい、私もアバウト様についていきます」
「おう、ついてこい...って、え?え!?」
「またあとで会いましょう、アバウト様」
「ちょっ、えー!?」
アバウトは混乱したまま自身が有していた全魔力に包まれ、その場から魔力ごと姿を消した。
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