第95話 無情迅速(むじょうじんそく) 9

「2人とも」


 俺も部長も声のする方を向く。



バッ……!



「待たせたな……でござる」


「と……藤堂!!」

「藤堂さん……!!」



「ささ、まずは2人とも。拙者の胸に飛び込んで――」



「……グ……この……! じゃっかしぃわカッコつけおって!! きさん、生きとるんやったらすぐに連絡くらいよこさんかボケェ!!」


ギュウウウウ……


「うぐえええ……」


 部長は【BGHブラウンゲートホールド】で藤堂さんの首をへし折る勢いで落としにかかる。



「せ……拙者……、ホントに死――……」



 俺は腰を抜かして座り込んでいた。



「よ……よかった……。ホントに……。何でもいいです……。生きてさえいてくれれば……」


「ったく……グスッ……。残念ながらウチは何でもよくないでの! ちゃんと説明してくれるな?」



「ハァハァ……。その前に……ガチで死にますよぉ!!」



 さすがの藤堂さんも部長の絞め技で昇天しかけたが、落ち着いてから話し始めた。




「ふう……。……まあ聞いてください。拙者はあの後、BMWの出方を伺っていました。拙者とて5体のBMWを倒すことは困難。ですがエレメンタルフロッグ召喚中はほぼ無敵。攻撃の余地がないBMW達は諦めたのか、少ししてから去っていきました。その時点で四方1キロは異状なく――」


「なんや、なんの問題もあらへんやん」


「その後なんですよ! ……拙者は渇口湖に戻り、遺体を回収しようとしていたら――背後から無数の炎を食らって燃やし尽くされました」


「ハ、ハァ!? 無数の炎て……どゆことやそれ!?」


「命を落とした拙者は【禁式秘術 来身我割くるみがわりの術】で生まれ故郷『水恵県みえけん』にスポーンしました。遅くなってしまったのはその為ですからね……」


「……ってそっちもなんやそれ!? 生き返れるとか無敵やんか! チートや! や!」


「それは意味わか……意味が全く違いなさる……。いや、これは生涯一度きり……禁呪書〘四魂〙の力です。[四属性を合わせて1つの仮の魂とす]……。〖アカシックライブラリ〗の書物にはこう記されておりました。変わり身の術の上位互換だったのですが、無駄に拙者の……命を減らしてしまった。つまり〝確かに死んだ〟と言っても過言ではありませぬ。黒焦げになったのは〖禁呪書〗の力と忍術の知識で作り出した所謂いわゆる、影武者のようなものです」


「なるほど……。せやからDNAも検出できひんかったんか。しかも脱皮みたいな緊急回避の仕方やったから【ブラゲ】が遺体に残っとったちゅうわけか! やっぱ〖禁呪書〗はヤバいな……。せやけど索敵したのは遺体周辺やなかったんやろ?」


「はい、遺体周辺ではしておりませぬ。しかし遺体は茂みに隠匿しておりました」


「……なるほどな。渇口湖の畔、炎獣はほぼおらんもんな」


「そこなんです。それに拙者の索敵の精度は確実なるもの。その為、油断しきっていたこともありました。ですが今一番の疑問点、〝何が拙者を攻撃したか〟ですけど……。部長、やっぱ最悪な状況で間違いないですかね?」



「せやな……。いやー、遠征中にまさかこんなことになるとは思わんかったわ」



「え、え? どういうことですか? 話しについていけないんですけど……」


 俺は2人の話に全くついていけてない。

 蚊帳の外は慣れているけどやっぱり悲しい。



「んー、じゃあ……拙者の索敵は四方1キロの炎獣を認識できる。それなのに火の攻撃をされた……それはどういうことかわかるかい?」


 藤堂さんは俺にわかるように説明してくれようとしているのか。


「火の攻撃……だけど……炎獣ではない……が……?」


「ふむふむ、それで?」


「後ろを向いている藤堂さんに……火を放った……?」


「うん、そうだね。それで合ってると思うよ」


「本来、炎獣言うたら無差別に襲ってくるもんなんや。明らかな殺意を以てして背後から燃やす……。炎獣はそんなことせえへん。それに藤堂の索敵直後……。炎獣が隠れてたなんてことないやろ。問題はそれがっちゅうことやねん。まあ……ウチらはある意味、敵が少ないわけではないもんでな」


「え、ちょっと待ってください? だって俺らは高校生ですよ? 高校生を焼き殺そうとするなんてちょっとヤバくないですか!? おかしいですよ!」


「皇はんは異世界の住人やったな……。ここは魔法の世界。魔王という明確な敵もおるし、命に関わる異常気象。〖アカシックライブラリ〗のような時代錯誤遺物オーパーツ。死と隣り合わせが常。それが当たり前に起こってしまうん。ほのぼのアニメみたいに平和な世界やないんよ。……もちろん悲壮感バリバリで血みどろなアニメもわんさかあるけどな」


「拙者は偉駕いが忍の末裔、部長はあの逆井平八郎の娘。狙われる理由は幾らでもあるというわけで――」


「でもなんであのタイミングで狙ってきたんですか? BMWに襲われてるのを見てたってことですか!?」


「……そこらへんまではようわからん。憶測に過ぎひんからの。せやけど、その敵もまさか藤堂が生きてるとは夢にも思わんやろ。せやけど、それを知ったらどうなるか……。今以上に警戒せないかんやろな」


「もう油断はしません。寧ろ、残基があったらどこか余裕をかましてしまいますからね……。でもまあこれで忍本来の戦いができるわけです」



 藤堂さんの目は、以前見た以上に陰を落とし、敵対する者への殺意を露わにした。



 これが本物の忍なのか……。



「まあ手加減する必要がなくなったちゅうわけや。ウチもタダでやられるつもりはないで。ま、すぐに襲ってくるとは流石に思わんけど、警戒は怠らん方がええな。ウチら、来年度は最高学年やし余計にヘイトを買うんやからな」


「あ、あの……俺、どうしたらいいんでしょうか? 何かすることあります?」



「んー……皇はんは……、特に何もせんでええよ。逆に目立つでの。今はとにかくその敵の尻尾を掴むことや。ウチと藤堂に任せてたらええ。本気になったウチらは生半可じゃないからの」



 ……本当は協力したかった。

 いくら力がないとはいえ、同じ部活・仲間なのだから。

 やっぱりどこか……一歩離れていると感じるのは否めない。



キーンコーンカーンコーン



「ヤバ、午後始まるわ! ウチらは午後もあるん! 飯も食わんといけんし! 藤堂は午前出とらんけどどないすんねや?」


「拙者は帰りまする。禁式秘術後は当分無魔状態、忍具の用意もしなければならないので」


「だー、マジかいな! そんなんで大丈夫なんか? とりあえず【ブラゲ】はそんままつけとくさかいに適時連絡取るからの!」


「……そっちの方がストレスなんですけど! 忍にプライバシーがないとか大分キツイで――」


「安全第一や! ほなら2人とも、またの!」



 そう言って部長はゲートで消えた。



「ハァ……。……皇殿、心配かけてすまなかった」


「え、そんな頭を下げないでくださいよ! 無事で良かったですよ!」


「うん。では拙者もやることがあるからこれにて」



ボンッ……



 そう言って忍者の藤堂さんは帰っていった。




 ポツンと残された俺。


 新たに現れた謎の敵。


 これからどうなってしまうのだろうか。

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