魔研部遠征

第89話 無情迅速(むじょうじんそく) 3





 今日は土曜日。

 魔研部遠征の日だ。



 どこへ行こうがあの2人が一緒なら死ぬことはないだろう。


 ……とまあフラグを立ててみたところで気持ちの余裕は毛ほども変わらない。




 俺は、多めに作った弁当をカバンに入れた。




 ……あ、そう言えば得物……武器も〝持っていくモノ〟に入ってたか。


 いつも使っていた木刀と木剣をMMー1マブワンで両方ともダメにしたのを忘れていた。


 爺ちゃんは、俺の武器がなくなったのを知ってあの包丁を託したんだろうか。




 引き出しにしまった『初浪』を出す。


 もうこれを使う時が来るのか。

 というか、引き出しにしまえるくらい短い剣だけど大丈夫なのだろうか。




 無魔は武器を魔法でしまっておけないため、左脇の腰バンドに鞘を固定してみる。



 ……これだけで、自分は強くなったと錯覚するくらいの安心感は得られた。





「それじゃあ爺ちゃん。行ってくるよ」


「オオ、気をつけるんじゃぞ。……早速使う時が来たようじゃな。……帰ってきたら忍者の話、聞かせてくれ」



 爺ちゃんは未だに藤堂さんに興味があるようだ。



「うん。まあMMー1以上のことは起こらないと思うから期待しないで待っててよ」


「そうは言うがの。気をつけるんじゃぞ」




 俺は足早に学校へと向かった。









 学校では部長と藤堂さんが待っていた。



「おはようございます……。……あれっ、俺遅かったですか!?」


「おお皇はん。おはようさん」


「お早うござる、皇殿。いやいや、丁度良い時間だよ」


「ワープ使いと忍やからな。時間内に来れたんならそこは気にせんでエエよ。ほないこか。まずは呪界入り口まで飛ぶさかい」



 そう言うと部長はゲートを開く。



 まずは藤堂さん、そして少しした後、俺と部長は同時に移送された。









「近辺一帯、異状なし」



「すまんな藤堂」



 先に藤堂さんを送ったのは、近くにイレギュラーな敵がいないか確認してもらうためだった。



「ありがとうございます。ところで部長、ゲートで2人いっぺんに送ることって出来たんですね。1人しか通れないとかっていう制限でもあると思ってましたよ」



「あー……なんや。そんなん初めて言われたわ。なんか勘づいたんか?」


「今回に限って移動方法が違ったのでなんか理由があるのかと思って」


「……他人のことは良く気づくパターンの天然か……。ある意味厄介やん。……あんな、ウチの転移魔法の泣き所なんよ」



「泣き所……って弱点ってことですか? そんなのあるんですか!? 無敵だと思ってましたけど」


「ばっ……! そら無敵やんか! せやけど……どうしても出来ひんことがいくつかある。……藤堂! ウチ、ちょいと花摘んでくるさかい代わりに説明しとき!」



「……全く部長はそういう時だけ……。コホン。幾つかある【ブラウンゲート】のデメリットなんだけど……。まず、ゲートの形状は円のみ。そして直径が100cm、円周約314cmのサイズが限界領域。つまりそれ以上大きいモノは転移出来ない。ゲートは入口と出口、永続魔法を合わせて最大3つまでしか同時に存在できない。炎獣などの燃焼系害獣は、亜空間内の仕様により入れることができない。後、亜空間内は時間が止まっていると思われていたけど、実際はゆっくりながらも時間が経過していることが最近判明したらしい。それくらいかな?」



 な、なるほど。


 炎獣を片っ端から転移させて葬り去る……ってのは出来ないのか……。

 仕様とか言われたらどうしようもない。



「ん……、あれ? 前にタキシードの藤堂さんを呼び寄せたじゃないですか。あれどうやったんですか? 転移先の距離に制限とかないんですかね?」



「皇殿……。あ、あの話を蒸し返すのかい……? えーとだね……。監視したい人物に、直接永続魔法でゲートを繋いでおくとそれが可能になるんだ。所謂、。ヤバいのは距離に制限は設けられていない。つまり部長がいきなり声をかけてきたり近くから出てきたりしたら、見える位置にいるかストーカーされてると思って間違いない。今も拙者達には永続魔法で【ブラウンゲート】がついてるからね……。『何かあった時にすぐ助けられるから』とは言うけど、常に部長が覗いてるかもしれないと思うとプライバシーなんて皆無さ……」



「は、はぁ」


「それに今回の転移だって事前準備が必要だったんだからね」


「えっ、そうなんですか?」


「ああ。昨日拙者がココに来るだろ? ゲートから部長に合図して……。ゲートから顔を出した部長は拙者についている永続魔法のゲートを解除しつつ、この地点を転移先として登録する。そして自分は首を引っ込めて戻るだけ。元々ズボラな性格なのにあんな便利な転移魔法使えるようになったらズボラが更に加速す――」


「『すとーかー』に『ずぼら』ねぇ。もっとマシな言い回しできひんのかい? トウドウクン?」


「ひっぶちょー!? と、トイレ早いですねー……!」


「ドアホッ!! このボケ忍にはデリカシーもないんかバカタレ!」


「……なるほど。声だけとか手だけとか簡単にやってたので、出入りも自由に出来ると思ってましたが違ったんですね」



「コホン……。んー、まあせやな。藤堂の言う通り2人には緊急時にいつでも連絡出来るよう永続魔法でゲートをつけとった、すまん」


「まあそれはいいんですけど……ぶっ壊れ性能ってことは再認識しましたよ」


「んー、いうてもこの盗聴スパイ機能は最大2人までに限られるんよ。自分側のゲートを開かんと聞くんも視るんも出来ひん。それに永続魔法を一回解除したら目視で再設定するまで出来ひんくなるしの」



「自分でもストーカーって言ってるし……(ボソ)」


「何や藤堂!!」


「ひいいっ!!」



「へー……。興味深いですね。色々細かい設定があるんですね!」


「設定言うんやない! 制限言うてや!」



「……己の限界を知らないといざって時に苦労するからね。だからろうとすることは大事なんだ」



 ……なるほどなぁ。



 超えられない限界は残念ながらある。

 自分も火の能力は向上したけど、無魔であることは紛れもない事実。

 どう足掻いてもこれはある意味、超えられない壁みたいなものだからな。



「皇殿ももっと自分の能力、限界を知ったほうが良い」



「そう思ってるんですけどね。中々試す機会も場もなくて……」



「拙者達しかいない今日はその機会だね。自分の能力も知り、実践も出来る。包み隠すことなく存分に力を奮えるんだよ」


「能力の限界を知るんもエエけど、皇はんは加減を覚えたほうがエエで。ウチらから見ると調節が微妙っちゅうんかな。ハッキリ言うて適度な火加減が下手やんな。正直、薄々その能力に気づいてる人も少なからずおるんとちゃう?」


「え!? まさか! そんなに下手ですか? でもみんな俺のこと『無魔無魔』言ってるし雑魚扱いしてますよ?」


「魔武本の前には気づいていた人もいるからね。じゃなかったら1年主席との対決で皇殿に100万もブッ込まないよ」


「そ、それ……ホントなんですか?」


「集計した拙者が言うんだから間違いない。大っぴらにバレてはいないと思うけど、一部の者からは何かしらあると思われていることに間違いはないかと」


「…………」


「んー、まあここん生徒は無魔ってだけで毛嫌いするもんやからな。他に秀でたもんがあれば別やで?  せやから強固な。これが皇はんを力なき者として見るに十分な材料なんよ。例えば……『バスケ、バレーの強豪校に低身長の新人が入ってきた』みたいな。『ヒョロヒョロのラグビー選手』みたいな。見た目だけで勝手に弱いと判断してまう。『ここに来る言うことはこう有るべきや!』っていう固定観念の塊みたいなんがいっぱいおるんよ」


「それくらい魔武学は無魔を軽視する風潮にあるんだ。この風潮は卒業していった1期生と2期生が諸悪らしいけどね。実際、上位ランクのモンスターや炎獣相手に物理のみで挑むにはかなりの力量が必要だし、魔法なら物理よりも比較的楽だけど弱点を突ける属性がないと効果が薄い……とか色々あるからね」


「魔武本では風ちゃんと氷ちゃんに埋もれてた。MMー1では『かませ、かませ、不戦勝、2年No.2、1年主席」と振り幅ドエグくて皇はんの真の実力は測れんかった。せやけど今日は大丈夫や。力を存分に披露しやえる場を設けたさかいに! ウチらは皇はんの実力、じゅーぶん認めてるしの! いやー楽しみやわ〜!」


「え! 期待しないでくださいよ! 俺なんて何の役にも立たないですから!」



「……なあ藤堂。これ本気で言っとるんかね? だとしたらド・ド鈍感にも程があるで」


「……多分普通にマジだと思います。あとそのネタ、前にもやりました」


「ああ……せやったな。せやけどここまで自分が見えてないのも逆に問題児やな。コレ、本音ってことやろ? 謙虚いうんも違う気ぃするし。ある意味メンドクサイわ……」


「拙者的には、増長するよりいいですけど……。ここまでくると逆に腹が立ちますね」



「あ、あの……」



 2人で何をブツブツ言ってるんだろ。



「……ま!! それもミモノ、あれもミモノ。ってことか! ヒッヒッヒ〜」


「そうですね」



 煮物……?



「ほな、そろそろ行こか。転移座標アウトプット【ブラウンゲート】!」









ドサッ



「……あ、あれ……ここは……!」


「よっと。……はぁ、相変わらず殺風景な場所やわ」


「ここ既に拙者たちが踏破した希少点穴のうち。しからばこの先、待ち受けるモノは一つ――」


「え、待ってください……? え! ここってもしかして〖アカシックライブラリ〗ですか!? ……ってことは禁呪書読み放題! 取り放題! ってことですか!!」


「す、皇殿……落ち着いて……」


「さあ、おいでなすったでぇー皇はん! この4エレ相手に1人でどこまでやれるか試してみい! 今なら全力出してもええんやで」



 アカシックライブラリの扉の近くに転移したためか、石像はすぐに動きだし俺らを敵と見なした。



「……フォースエレメ……!? そんな!! 1人でなんて無理ですから!!」


 復活するのかこのガーディアンは!


 ……ってまあそうか、そうじゃないと〖アカシックライブラリ〗は踏破と言えずただの運ゲーになるか……。


 確かソロでこのガーディアンを倒したのは……知ってる人で学長ただ一人……。

 部長でも藤堂さんとかのサポートが必要だったはず。

 俺ら1班が倒した方法は、上昇気流で〖希少点穴〗から吹き飛ばした。

 ……まあ、倒したというよりは追い出した……か。


 その中核を担ったのは竈の役割をした巌くんの魔法があったからだ。

 今は蒸発させる水もない。

 そもそも上昇気流を起こす風の魔法もない。


 俺一人ではどうにもできっこない……。



 後ろに下がる2人。

 さすがに手も足も出ないとわかったら助けてくれるとは思うけど……。



「あ、ウチら助けには入らんよー? 軽い怪我なら藤堂が治してくれんで。骨折とか重傷なんは無理やからエエ診療所を紹介したるわ〜」


「そ……そんな……!」



 脚をぐちゃぐちゃに潰された記憶が蘇る。

 あの痛みを想像しただけで震え上がる。


 あの時とは違って火の力をある程度は使いこなせるようになってきた。

 どういう動きをするとかもわかっている。



 俺は足の震えを無理やり手で止めた。



 倒す方法……。



 確か、藤堂さんは言っていた。




〜〜〜


「じゃあ倒し方はもうわかってるか。あの時、部長は«火»だったし兵藤は«血»……。属性重複させるのに拙者の忍術が必要だったってわけなんだ」


「……せやな。……せやなあるかい! 忍術言うてもあん時は隙がバカでかい属性攻撃やったやん。印を結ぶんが時間くっての。んでもまぁ、ウチの火力がなかったら倒せんかったし。兵藤も自分の出した《血塊岩》を投げ返されて足バッキバキやったもんな」


「確かに最後は部長に持っていかれましたけど……。拙者がいなかったらそもそもダメージも通らなかったので――」


〜〜〜



 属性を重複……?

 藤堂さんは4属持ち……。

 ダメージを与えることが出来ても結局火力は必要?

 爺ちゃんでもダメージが出せない物理での攻撃は無意味……。

 魔法もない俺にとって到底太刀打ちできない相手……。



 いや、とにかくやるしかない!

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