第84話 孤軍奮刀(こぐんふんとう)7

 い、今……一体何が起きたんだ!?


 瞬の閃光から相手がいきなり倒れた……。


 え……、こんなのと戦えって?


 七光って魔法は『禁呪書』かもって思ってたけど違うのか……。


 ……禁呪書でもなく開花すらしてないのにこの強さ?


 無理無理! やばいよこんなの!


 誰も勝てないのでは……。




「ホッくん! なんだあれ……アシモのヤツ、やっぱり完全にチートじゃんか」



 如月さんがすっ飛んでやってきた。

 隣には凍上さんがいる。


 負ければ戦わなくて済む、どこか楽観的に考えていた。

 もうその手も使えない。

 対峙すればきっと怪我をする。



 もう痛いのは嫌だ……。

 逃げた先でもこの苦痛が終わらないのなら、何度でも楽な道を選びたい。


 ……。


 ……また自分は頭の中で逃避を繰り返す。


 何度立ち直っても、どうしても逃げてこの考えにに戻ってしまう。


 逃げたい、消えたい、もう何もかもなくなってしまえばいい……と。



 ……でももう、そんな自分とはおさらばしよう。

 今はやらなきゃいけないことが明確になっている。

 そして守りたいと思うものもある。

 逃げて救われることだけじゃない。

 立ち向かってこの状況を打開してみせると決めたはずだ!




 さあ、決勝だ……。



「皇くん」


 凍上さんの声がして振り向く。



フーッ……サラサラ……



 涼しげな風と雪が僕の元に舞い降りる。



「変わってきてるんだね。ホント男の子って感じ。でも、熱くなりすぎないように。そこまで来たら少し熱を冷ますくらいで丁度良いよ、君の場合は」



「凍上さん……」



「……月並みなことしか言えないけど頑張って」



「……うん。ちょっと落ち着いた。ありがとう、自分の出来る限りでやってみるよ」



「……いってらっしゃい」




「あ……い、いってらっしゃい……。ホッくん……頑張ってね……」


「うん。ありがとうね、如月さんも」




 雌雄を決すると言っていいのか……。

 自分はそこまでアッシュに対して『宿命』だとか『ライバル』なんてことを考えたことはなかった。

 向こうが勝手にいじめの対象として意識しているだけだ。


 だけど目をつけられてしまったのなら、お互いが納得するまで語り合わなければならない。

 それが喩え、拳であっても……。




 今の僕の手持ちのカード……。


 最初に覚えた居合の技、《霞》に火を混ぜた《霞火》。

 使えると思って、死にもの狂いで爺さんから会得した、《虎走とらばしり》に火を混ぜた《火走ひばしり》」。

 ……もう一つ、あるにはあるんだけど……。

 オリジナルの技、《苛月叢雲かげつむらくも》は……恥ずかしくて爺ちゃんにはまだ見せてない。

 未完成だし、中二っぽい名前にしちゃってムズ痒い……。

 それと使わないと思うけど〘燧喰〙。

 あとは基本の……小手・面・胴……?

 武器は予備の木剣一本。



 ……こんなんで本当に英雄の孫に太刀打ちできるのかな……?

 むしろ、試合になるのかどうか……。





***





「さあ……。大変長らくお待たせ致しました。MM−1GP、決勝です!!」




ウオオオオォォォォ!!




 聞いたことがない程の地鳴りがする。

 それに伴って耳鳴りがする。

 頭も痛いし吐き気もする。




「両者とも一年ながら決勝まで勝ち上がってまいりました。特に皇選手は無魔であり、目立った能力があるとは思えませんでしたが、今! 決勝の舞台にあがっているのです! 途中、不戦勝はありましたけれども! それでもこの最終戦まで勝ち上がるには、力なき者では成し得ない偉業だと思われます!! 魔武本でも2人の勝負に目を奪われた人が何人いるでしょうか! 今回も我々は期待しております! 無魔とトップクラス魔法師の激しいバトルを!!」




「……花楓かえでちゃんはそう言うけどよ、皇の相手ってそうでもなかったよな」

「ああ。運がいいとしか思えなかったぞ……」

「だってなあ、自爆筋肉にダブリドーピング、不戦勝と、手加減部員。こんなんで決勝出られたんなら俺でもいけたわ」

「いや、それは無理だな」

「テメェ! やんのかコラ!」

「うるせぇハゲ!」




 心中の勢いとは裏腹な拒絶反応を飲み込んで、今アッシュと相見あいまみえる。



「ハハ……凄いね。本当に上がってきちゃったんだ。ある意味尊敬するよ」



 笑っているようで侮蔑ぶべつした眼差しを向けるアッシュ。

 何度となく、この目を見てきた。




「何やらアッシュ選手が話をしている! 同じクラスメイトでもあり、対戦者でもある皇選手を称えているのでしょうか!」




ブオン……


「はぁ。ったるくて吐き気がするぜ。今、俺とお前の空間に薄い防音障壁を張ったから声は漏れない」



 ……こんな状況でもやっぱり猫はかぶっていたいようだ。


「お前に選択肢をやる。開始が宣言されてからのリタイアか俺にやられて這いつくばるか。どっちがいい」


 ……どちらにしろ僕が負ける話で締めくくろうとしている。



「……もし、どっちも嫌だと言ったら?」


「……言い方が悪かったか。お前にそれ以上を望む権利はねぇんだよ。これは提案でも慈悲でもねぇ。決定事項だ。……お前まさか、少しはやれる……だとか勘違いしてるんじゃねぇか? 笑うからやめろよ?」



「…………」



 ここまで頑張ってきたのに、やっぱり簡単に負けるのは嫌だ……。

 思い通りにならない人生なのはわかっている。

 今までもこれからもきっとそうだ。


 ……だからこそ、少しずつでも自分が変わらなきゃいけない。

 自分がどこまでやれるかを……!



「面倒なヤツだなあ。死なせないつもりだったが……。死ぬか?」



ゾクリ……



 やはりアッシュの圧は凄まじい。

 言葉の重さと意思が今の一瞬で確実に伝わってくる。



タラリ……



 汗が頬を伝う。

 全身が熱いのに鳥肌が逆立つ感覚。



「あー、わーった。じゃあよ、普通に一回やってみるか。んで決めたらいい。それでどうだ?」


「え、あ……」


「でもよ、そん時にはよ。……死んでるかもしれねぇけどな」



 …………。

 まだ脅かしてくる。

 学校の行事でそこまでするわけがないと思ってはいるけれども……。

 アッシュのことだから本当にヤりかねない……。



「……魔武本ではやらかしたと言わざるを得ない。あの黒歴史を消すにはお前の存在も消滅させるしかないだろ」


「そ、そこまでする? 普通――……」


「お前にはわからないだろう。プライドなんだよ。このままじゃ叔父に合わす顔がない」


「…………」


「よし、じゃあそろそろやるか」



 そう言って手を前に出す。



ブオオン



「よし、皇くん。よろしく頼むね」



 アッシュは防音障壁を解くと、いつもの爽やかさでそう答えた。




「アッシュ選手は準備万端のようです! それではMM−1GP決勝戦! 一年、皇焔 対 一年、アッシュ=モルゲンシュテルン、始め!」

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