第82話 孤軍奮刀(こぐんふんとう)5

 この硬い岩盤に穴を開けられたら水はそっちに流れて時間が稼げるはず。


 だけど僕の火なんかで穴が開くかな……。

 手に持っている木刀ではなく、もっと硬いモノ、尖ったモノ……。



 木刀を水に浮かべて腕組みをして考える。



 …………。



 ふと、魔武本で«火魔法»を使っていた中茅を思い出した。

 あんな感じに尖った火の魔法であれば、この硬い岩盤を貫けるだろうか。



 覚えている感覚で火を出してみる。




ボッ……




 ……こんな感じだったかな。

 壁に手を当てて放射してみる。



「《チュンビーム》……だったかな?」



ドスッ



 一応壁に穴が空いた。

 何箇所か開けておけば、そこに水が流れて時間が稼げるかな。



ドスッドスッドスッドスッ



 よし、今のうちに抜け出す算段を考えなくては……。


 藤堂さんの忍術……魔法でもきっとなにかしら弱点があるはず!

 多分だけど、僕の足元に水を噴出させる永続魔法を設置したんだと思う。

 足に当たる水の感覚でそんな気がするだけだが。


 そんなわけで、『僕の火でこの水を蒸発させてから土を掘って脱出する』という作戦を思いついたわけだ。

 足から火が出ないのに、そんなことが出来るだろうか。

 かといって他に方法はないし……。


 やってみるしかない。




 僕は水に浮かべていた木刀を手に取り、火を流し込む。

 《炬火付与こかふよ》は何度もやっていることだ、いつもどおりにやればいい。



「《エンチャント・フレイム》!」



ゴォォッ



 そして水に突っ込む!



ジュウウウウ……



 凄い量の水蒸気が出てきた。


 だがまだ足りない。

 もっと火の力を上げるしかない……。

 ここからはやったことないが、更に火の力を木刀に流し込む!




「《エンチャント・ブレイズ》!!」




ゴオオォォォ




 自分でも見たことがないほど、木刀は太陽のように白く光っていた。

 ……これなら!




ブシュウウウウ!!!




 瞬く間に水は蒸発していく。


 すると水が出ている魔法刻印を発見する。


「やっぱり……これか」


 それを木刀で突いて消滅させる。



バリン



 しかしエンチャントを解除するとともに木刀が消し炭と化した。



「あ……あちゃあ……」



 爺ちゃんからもらった魔法耐性が高い木刀だったのに……。


 火の力が強すぎたのかそれとも僕の集中力が切れてしまったのか。

 この試合中に使える武器はなくなってしまった。


 勝てたとしても、予備武器はもう何の変哲もない普通の木剣しかない。



「凄い量の蒸気が穴から出ております! 中では一体何が起きているんだー⁉」



 水は出なくなった。

 けど武器がないと、《火走》も《霞火》も使えない。

 この状態で藤堂さんに勝てるのか……?



 とにかくここから出ないと……。



 改めて足底から火を爆発的に噴出する。



ドゴオオン……



 爆発の勢いで埋まっていた足を出すことに成功する。

 しかし靴も木刀と同様に跡形もなく消えてしまった。



「げ……」




 ……今の爆発を体全体でやったら……一瞬ですっぽんぽんになるな……。

 恐ろしい想像を振り払い、僕は穴からでた。




「な、なんと皇選手……自力で穴から脱出したー!! 一体何をやったんだー⁉」




「……さすが皇殿。118秒で某の罠から抜け出すとは……恐れ入ったよ。こうなったら秘術を使うしかないかな」



 ……秘術?

 何をやるつもりなんだ……。



「最初に言っておくね。これをやると。物理も魔法もほぼ効果がないよ。ただ、現時点でこれ以上はない正真正銘の切り札。これを破ることが出来たら皇殿の勝ちだ」



 む、無敵……?

 そんなの無理に決まってるじゃないですか……。




「【藤堂流秘術 エレメンタルフロッグ】!」



どおおおんん……



 なっ……カ、カエル……⁉




「なーっ!! なんと藤堂選手……、巨大なガマガエルを召喚……⁉ まさに忍者! 口寄せの術!!」




「……っく……。まだまだ拙者も修行の身……。大分消耗してしまっている。これで決めねばやはり負けを認めざるを得ない。覚悟……!」



ベロン……



 いきなりそのカエルは舌を出して僕をグルグル巻きにしてきた。



ギュウウウ……



「っぐ……!」



「皇殿……、そなたは無魔でありながら魔武本にて見事あのアッシュを倒し、今こうして拙者の秘術と対峙している。誠、称賛に値するでござる」



ゴクン……



 藤堂さんがそう言い終わると同時に僕はカエルに飲み込まれた。


 そして思い切り吐き出され地面に叩きつけられた。



バーウッ!

ドゴッ……



「うぁぁ!! ……ぐぐ……」



 強く叩きつけられた上に、吐き出された僕の身体にはベトベトしたものがべっとりとついている。


 今ので完全に左肘がイカれたっぽい……。




「皇選手なすすべなく地面に叩きつけられた!! そして……うわ……体中がべっとべと! カエルの体液のようなものが体中についている!!」




「すまないね。その粘液はガマの油だ。其方のその力、〝火の魔法〟……って魔法じゃないのか。〝火の能力〟を封じさせてもらった。エレメンタルフロッグのガマ油は少々特殊でね。火を使えばたちまち燃え上がって身を焦がし、周囲の酸素を燃やし尽くすことで火耐性関係なくダメージを受けるだろう」



「やっぱり火の能力これに気がついてたんですか……」



「んー、まぁそうなるかな。皇殿をよく観察していたけど、〝火を消す力〟だけってことは無いと思っててね。火が使えるとしたら今までの辻褄が合うからさ。その上で封じさせてもらったよ。某は酷い奴だろう?」



「……いえ、これが真剣勝負。忍は非情なんですもんね」



 非情というけど……、何故か愛情も感じるんだよな。

 この攻撃にすら指導というか指南というか……、そういったものが含まれているような。



「フフ、まだギブアップしたいと思ってるかい?」



「いえ……。こうみえて一度決めたら諦めだけは悪いもので……すみません!」



 そう言いながら巨大なカエルの懐に入る。



「険しい道とわかっていながら飛び込むなど、そうそうできるものじゃない。誠、勇敢な武士もののふよ」



ベロン……ドガッ


ベロン……ドガッ



 カエルの舌が再び襲ってくる。

 それを何度も回避する。




「猛攻猛攻!! カエルの猛攻!! ベロがどこまでも追っていくー! それにしても皇選手……何という俊敏さ……! この人、最弱って聞いてたんですけど本当ですか?」




「……すげぇ、ギリギリで躱してる……」

「おい。皇って無魔で、何も出来ないんじゃないのか?」

「いや、俺も魔武本では他人任せ的なヤツだと思ってたけど……」

「足が速いとかそういうもんじゃないぞ……? あれバフなしだろ……?」



 そう、《瞬炎》や《バーニングリミッツ》などの火の能力を使ったブーストすらも今は使えない。

 だからこそ、身一つでやるしかない!

 僕の最大限で……、藤堂さんに応えたい!!




「はは……やっぱり凄いよ。相当努力したんだね。叩けばもっと……伸びると思う。『負けてもいい』と思う試合で負けても何も得られない。負けをバネにするためには、勝ちたいと思っていないと駄目だからね。しかし拙者も負ける気はないでござる。皇殿にはここで負ける悔しさを感じて欲しい」



 そう言うと藤堂さんは再び印を結ぶ。




「【藤堂流秘術 フロッグダイブ】!」




 カエルが高くジャンプすると闘技場と同じくらいの大きさになって落ちてきた。




…………ズシイイイイイン!!




「ホッくーん!!!」

「皇くん……」




「はぁ、はぁ……。忍とは非情なり……。さ、さあ急いで救護班を……!」




バシュウウゥゥ……




「な……」




「カ、カエルが消滅……⁉ 藤堂選手が消した……のではない……⁉ その先には……皇選手ー⁉ 一体どうしたんだーっ⁉」




「……誠……見事……。まさかあのタイミングで先程、拙者が掘った穴に隠れた……と。しかし一体どうやってガマを……」



「穴の中からカエルさんのお腹を触っただけなんですけど……消えちゃいました」


「……まさか腹が弱点だったというのか? 拙者すら知らない事実……完敗だ……」




「しょ、勝負ありーっ!! 勝者、皇選手!!」




ウオオオッ……!!




「おいおい……2年のNo.2が負けたぞ⁉」

「どうなってんだ? 金でも貰ってたんか? 同じ部活の後輩だとか聞いてたから手加減したとか?」

「お前にはそう見えたのか? だとしたらとんだ視力だな」

「なんだとコラ! このやろ!」

「やんのかコラ! このやろぃ!」

「お前らは剣道三倍段って知ってるか?」

「……ああ。あれだろ? 素手だと剣を持つヤツに対して3倍の力量が必要だとか……ってやつだろ?」

「魔道六倍段。無魔が魔法師に勝つのに必要な力量とされている」

「6倍……!? マジかよ」

「まあ藤堂が攻撃特化じゃないから一概にはそう言えないがな。実際、あいつの忍術はサポート系の魔法に分類されてるし」

「相変わらず詳しいなオイ……」

「それに皇の方は、無魔ながら無力……。18倍どころの話じゃないと思うぞ」

「お、おう……」




 ハァ、ハァ……。

 さすがに藤堂さんが手加減したとは思えない……。

 かなり消耗してたように見えたし……。


 でも蛙のお腹が弱点でよかった……。




***

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