第63話 不凍不屈(ふとうふくつ) 前編
♠アッシュside♠
「さすがはお二人さん、いいペースですね。あえてこの距離で様子をみましょう。仕掛ける時は私が合図しますから」
「はい、アッシュ様」
「わかった」
……ハッ、猫被んのも疲れるわ。
門音のステータスコピーも微妙だしな。
全ステコピーとかだったら間違いなく俺の
1種だけじゃたかが知れてる。
今は村富のバフで俺を強化し、スピードだけを2人にコピーしている状況。
ステータスの1種を俺並にできたとしても他ステがウンコじゃ全く使えねぇ。
また別に優れた
……しかし前を走ってる黒のヤツら……。
明らかに普通の挙動じゃねぇ。
魔法で出来たトラップが発動しないということはそういうことだ。
ヤツらの
チッ……いけ好かねぇ。
俺らがあの黒にちょっかいだしても、その隙に
ここは抜かさずあえてこの順位で様子を見るか?
いや……1位にさせとく方が逆に調子に乗るか?
……あー考えんのもめんどくせぇ。
もう早々にブチかますか。
そうだ、それがいいな。
「お2人様、気が変わりまして次のトラップを抜けたら皇くんに仕掛けますが、いけますか?」
「はい、アッシュ様」
「了解した」
なに、ほんの一瞬だ。
猫を撫でるようにそっと。
それで仕舞だよ、クソ雑魚。
♠皇side♠
「さぁ先頭集団、続いてのトラップは『ケンケンポイポイ』! 直径30センチの円を出ないように踏んでください。黄色の円は片足でしか踏めず、赤い円は2人分の足でしか踏めません。これを踏み間違えると……トラップ直前まで戻されますので気をつけてください!」
つまり円以外に触れたりしてもだめってことか……。
2人ともMPに余裕があるわけでもないし、ゴールまでにもっと難しいトラップがあったら……。
どうすれば……。
「ハナちゃん、今度は私がやるよ! 2人とも助走つけて!」
凍上さんを温存するために、如月さんがやるみたいだ。
一気に助走をつける。
MPに余裕があったらゴールまでの距離を氷上にできたはず。
それが出来ないくらい凍上さんも消耗してるってこと……。
如月さんもあの防御魔法を1回分は残す予定だけど……大丈夫なんだろうか。
「【エンペラーサイクロン】!」
トラップエリアをジャンプで飛び越え、上昇気流で対空時間を伸ばす。
しかし思ってた以上に手前で落下し始めた。
「フ、【フリーズロード】! ……ック……」
距離の不足を凍上さんの氷でカバーするが、かなりギリギリだった。
「ハナちゃんごめん!」
「ううん……」
正直危なかった。
目算で10メートルくらい足りてなかった。
如月さんはMPを温存するために弱めで魔法を使ってたのか、それとももう……。
ここでトラップにかかってたらもう1位なんて叶わない。
本当はトラップを普通に越えればいい話なんだろうけど、今の僕たちはそれすら危うい。
最後の直線に〝あの連携技〟が出来なくなると……ちょっとでも残った勝ち目はなくなる。
でもそれ以前に、トラップ一つでもかかると終わる。
もう2人とも限界が来ている。
まさに万事休す……。
「またもや白1−1、皇チームはトラップをショートカット! あの距離を飛び越した!! このまま行けばまさに番狂わせ! 下剋上! 大金星⁉ ……さあ黒3−4、白山チームこのトラップをどう――⁉ 何だ何だ⁉ 何がどうなっているんだー! 円を無視!! 完全無視で走り去る!! トラップ発動せず! 運営委員が半日がかりで必死にこしらえたトラップを無視したり飛び越したりと……。ちゃんとセオリー通りにしてほしいところですが! ……おーっと白1−1、アッシュチーム! ようやく普通に通過してくれました! それもかなりの足捌き! これが観たかった! 3人ともアッシュ選手のステータスをコピーしてるとはいえ、かなりのポテンシャルを魅せる!」
1位で走る者には必ずついて回るものがある。
後ろからの重圧、プレッシャーだ。
いつ真後ろに付かれるか、追い抜かされるかわからない。
戦いでもその恐怖とも戦っている。
「……ハッ!! まずい!! 妨害魔――!!」
バチィッ!!
真っ先に気づいた凍上さんは大声を出したがもう遅かった。
恐らく誰かの妨害魔法が直撃してしまったのだろう。
僕は、それすら気づかなかった。
妨害魔法と言われなければ、何故体が動かなくなったかわからなかったかもしれない。
僕たちの弱点は魔法耐性の低さだったんだ。
今までは如月さんの防御魔法と、圧倒的にリードをすることでどうにか回避していたのだが……。
だがMPがギリギリになってしまった今、僕たちを狙った高度なデバフを回避する術はなく、こうなってしまってはどうすることも出来ない。
「もうダメ……。
それらのデバフを食らった如月さんの〘颯舞〙も今や力を失い、暴風は止んでいる。
氷も事前に張っていたところまでで、それ以降は途切れている。
凍上さんもMAを展開することすら出来ず、目を視ることでしか心は読めなくなっているだろう。
そんなことを考えられるのは余裕がまだあるのか、諦めたからなのか自分でもわからない。
ただ、横を颯爽と通り過ぎるアッシュたちを黙って見ていることしか出来なかった。
「(もう
アッシュの目は、確かにそう言い放っていた。
♥凍上華々side♥
MPを吸われた上、AMにバインド。
これはもう完敗としか言いようがない。
結構頑張ったつもりなんだけど。
もし本当に……私と文華の記憶から皇くんが消されるとしても。
また一から築けばいい。
大丈夫、きっと同じ様に……仲良くなれるよ。
男の人のこんな純粋な想い、初めてだったから。
確かに下心も……少しはあった。
そういう年頃だし、ちょっとくらいは……ね。
優柔不断だし八方美人だし、すぐ考え込んで1人で抱え込む。
それでも君はずっと本音だった、まっすぐだった。
心の声と発言が一致してた。
君の心の闇は、心の声で私に訴えかけていた。
でも君が段々明るくなっていくにつれて、私の心の氷も溶けていくようだった。
それは私が初めて味わった感情だった。
「白1−1、皇チーム!! 全てを封じられ成す術なくここで
皇くん、ゴメンね。
もう……動けない。
私にもっと力があったら……。
(まり……)
……え……。
(魔力があったら……)
誰……?
私の心を……読んでる……?
(魔力があったら……その想い、成し得る?)
……多分ね。
でもそんなの、その時になってみないとわからないわ。
(全部視てたの。じゃあやってみる? マスター……)
ボンッ
「マス……? えっ! な……なに……なにこれ……」
ぬいぐるみのような白い蛇が突然、目の前に現れた。
「悔しいけど2人ともありがとう。ここまでやれたのは2人のお陰……。と、凍上さん……? どうしたの……?」
(マスターの魔力を一時的に無限にしてあげるの。だから諦めないで)
パアアァァァ……
「ほ、ほんとに……魔力が……!」
(ボクは
ボンッ
そう言うと白い蛇は消えた。
「ミズチ……、〘
「え、凍上さ――!」
パリン……
バインドを砕く。
2人にかかっていたものも同時に。
「は、ハナ……ちゃ……!!」
「大丈夫、まだやれる。まだ諦めない。手筈通り最後の直線はアレでいくから……!」
♠皇焔side♠
さっき凍上さんは「みずちごい」と言った。
それは確か、凍上さんが手に取った〖禁呪書〗のタイトルだったはず……。
まさかこのタイミングで開花を……?
「ほら、いくよ! 文華が尽きてる今、皇くんが頼りなんだよ」
え、あ……。
「う、うん。わかった!」
2人の肩に手を回す。
「《アクセルターボ》……!」
「……んんんっ⁉ おーっとー! どういうわけだー? 脱落したかと思われた皇チーム、復活ッ……⁉ ……いや、先程のように皇チームを覆う暴風は消えたままだが……。速度も最初ほどではない……! しかし実際、バインドは解かれている! さあこの大差を縮めてリベンジなるかぁー⁉」
今は完全にビリだもんな。
追い上げるにしてもあの黒チームだったりアッシュを相手にしないといけないわけだから相当キツイ。
「違う。今からだと11チーム全部を倒さないとダメ。……でも大丈夫。後ろからならすぐに追い上げられる」
そう言うと凍上さんは前を走っているチームを3人まとめて氷漬けにした。
「げ……⁉ ハナちゃん、なにも全身凍らせなくても……」
「大丈夫、死にはしないから。この際、四の五の言ってられない。それに足だけだとまた妨害され兼ねない」
「……ア、アイテムなしで魔力が戻ったってこと……?w それともまだまだ温存してたとか? どっちにしろヤバいよー、ハハー……」
さすがの如月さんもちょっと引いている。
「まだまだ……!」
そう言うと、片っ端から走っているチームを凍らせ始めた。
「うへ……」
さすがに声が出た。
前も考えたけど、この炎天化の世界では«氷属性»も不遇にあたるはずだ。
しかし対人では凍上さんの氷はちょっとズルいって思うくらい強い……。
「な、な、な、なんと皇チーム、ビリから怒涛の追い上げだぁぁ! 後ろのチームは成す術なく氷漬け……! 恐るべし凍上選手! しかしこの先には黒3−4、四天王の2人が待ち受ける! さぁどうなるかーっ!」
流すように走っている四天王チーム、なぜか不気味だ……。
トップにいる四天王じゃない方の黒チームもまだ本気じゃないっぽいし……。
もしかして北栄さんと南芭さん2人の組み合わせに何か意味があったりして……。
「他の四天王の2人は、もう全種目に出てるし特に意味があるとは思えないんだけど……。でも、点数を寄付できるくらい絶対的な自信があるのは、あの3人のお陰かしらね」
「ねぇ、ゴメン。あたしどうしたらいいかな。さっきのAMとバインドでもう何もできなくなっちゃった……」
「大丈夫、私だけでどうにかやってみるから」
ただでさえ黒3-4の2チームを1人で相手にするとか……凄すぎる……。
「無理ならそこで終わりなだけ」
そう言って凍上さんはMA範囲を広げた。
♢
「へぇ、まだ追ってくる力が残ってたのかい。ま、アンタらには悪いけど白山たちを勝たせるからね」
何をしたのか知らないけどどうせ虫の息だろう。
あの一年主席のバインドを食らってキレッキレな訳がない。
「なら意地でも通ります。【フリーズロック】!」
ズドン……ズドン……
大きな氷の塊が次々と立ち塞がった。
「フン……こんなもの! 【パープルスネーク】!」
手を交差させて転位魔法を使い暗器を出す。
アタイの暗器は魔法で透明にしてるから普通じゃ見えない。
ガガッ……バリン……ガラガラ……
氷の塊はアタイの身長ほどデカかったが予想以上に簡単に砕けた。
暗器を回収すると粉々になった氷は左右に吹き飛んでいった。
「ふん。なんだい、脆い魔法だねぇ! これで妨害したつもりかい?」
「【フリーズロック】【フリーズロック】【フリーズ・ロック】……」
「はー、連発したって無駄なのにねぇ」
さっきと同じ様に氷の塊が出てきたが、今度のはこちらに向かってきた。
「全く懲りないねぇ! こんなの足止めにもなりゃしない!」
ガガッ……バリン……ピシィッ
【パープルスネーク】で壊したが、今度は砕いた氷がすぐに再生してこっちに向かってきた。
「なっ……⁉」
「【
南芭が魔法で回避してくれたが、なぜか氷の塊は追ってくる。
「な、なんだいこれ! 転位の中の暗器に氷がくっついて離れない……一体どうなって!」
普通に考えたら、武器を手放せば氷に追撃されることはなくなる。
けどアタイの暗器は転位魔法【ラグリホール】の中に入れてるので手放すことが出来ない。
「こんな氷はァァ……!」
今度は山田が魔法で氷を砕くが、一瞬で再生する氷に何の手立てもない。
「この氷を引きずりながら走るって? ……ダメだね……」
「ハハ……潔いけど、北栄がそう言うんなら仕方ない。僕らの負けネ」
南芭が呟くと、氷の塊は砕けてそのまま元に戻らなくなった。
「んー……あーっ! ホント今日は厄日だねェ。四天王最強女番長と言われたアタイが日に2度も負けるなんて」
「いや、少なくとも僕は北栄とはやり合いたくないけどネ……」
今更考えてもしょうがないけど、あの時アタイは……。
1年主席のバインド・AM・魔力吸収されたコイツらを見て「確実に終わった」「復帰は有り得ない」と思い込んだ。
しかしその予想を裏切り復帰してきた。
問題は復帰後……。
アタイらの進行を妨害する為にあの氷の塊を出したとするなら、壊すんじゃなくて回避……。
あえて壊させて、脆い氷しか出せないと思い込ませた。
それを罠だと疑うべきだった。
どうせ残りカスみたいな魔力で練られた魔法なんて、たがが知れてると……。
それがどうだ?
その思い込みの結果がこれだ。
氷を砕かなければ暗器にくっつくことはなかった。
それに暗器を手放せない、アタイの弱点をまるで知ってたかの妨害方法……。
考えを全て読まれた上での力技って感じだけど……。
初対面みたいなもんだったはずなのに……。
ふ……完敗さ。
まだまだ上がいるんだねぇ。
……あのお譲ちゃんは一体、何者だい?
このままじゃ白山たちも……!
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