第49話 曇華一現(どんげいちげん)後編

 ほんと、クールだなー凍上さん……。

 でもそれでいて可愛い一面も見えるからいいよね……。



 あ……。

 如月さんはムーっと口をへの字にして、こちらを睨んでいる。



「あっ……ごめん、説明不足だった! でも説明して身構えられても火の通りが悪くなると思ったから……」


「あ、そうそう! あたしの指から出たよ! 火!」


「熱くなかった?」


「うーん、じわっとは感じたかも。この火はホッくんのでしょ? でもなんであたしの指から……?」


「そう。如月さんの指を通して火を出してみたんだ。最初、火を通す時に抵抗を感じたんだけど、一回通しちゃえば案外イケるかも……。だからもっと試したいんだけどいいかな?」



グイッ……



 そう言って再び手を掴んだ。


「い、いいけど……ホッくんって案外強引なんだね……♡」


「あ、いや! そういうつもりじゃないんだけど!!」



 ちらっと凍上さんを見る。

 彼女の表情はあまり変わらずこちらを眺めている。



 うーん……。

 こういう場合、普通なら怒ったり睨んだりとかっていうアクションが起きるはずなんだけどやっぱどうでもいいのかな……。



「あ、皇くん。それでも最初にちゃんと説明しなきゃだめだよ!」


 お、ようやく凍上さんは怒ってくれた。

 ……って心を読まれてた⁉



「じゃ、じゃあごめん、もう少し試させて」



 如月さんが頷くのを待ってから手を握り直した。

 全身に火の通り道を作れば火の耐性ができて、間接的に火を出しても問題ないと考えたからだ。



 目を閉じる。

 自身の火を如月さんに流していく。



 先程は掴んだ部位……腕から指先だけであったが、今度は全身に火を流していく。

 そして最後に心臓へ……。


 その刹那――。



ブワッ!



 突然如月さんの体から突風が吹き荒れた。


「うわっ!」


 僕と凍上さんは軽くふっとばされてしまった。



ビュゴオォォォ



「え! なにこれ! 風が……!」



 立ち上がった如月さんはスカートが捲くれ上がって、さっきの比じゃなく下着が丸見えになってしまった。


「いででで!」


 突如視界が暗くなり首を締め付けられた。


「ずっとはダメ!!」


 凍上さんがさすがに僕の目と首を締めたのだ。


 く、首までも……。



「んg……くるし……」


 それと同時に背中にあたる2つの柔らかいもの……。



 ああ……なんて幸せなんだ!

 愛しさと苦しさと柔らかさとが合わさって……。

 これではさすがに平静を装うなんてのは無理な話だ!



「え、ちょっとどうなってるの? 勝手に風が……。ホッくんなにしたの?」



 スカートを押さえながら聞いてくる。



「はぁ、はぁ……。ふう、僕も……よくわからないんだけども……。この風ってあのビル火災の時の……?」


 如月さんがスカートをちゃんと押さえたので、凍上さんは僕を離してしまった。

 宇宙を一瞬彷徨った挙げ句、ようやく激しい興奮という煩悩を焼き尽くして今戻ってこれた。


 ……何を言ってるんだ……僕は。



「〘颯舞〙……? 風の力が全然違う……。これが〘颯舞〙の本当の力……? でもなんで急に魔法が……」


「えーと、多分だけど……、如月さんの魔力回路に無理矢理、火の力を通したから……堰き止められてた魔力が流れ出した……とか?」


「そうなのかな! あの時よりヌルヌル動く感じ! 扱いやすいっていうか……自在?」


「結果的によかったよね! 完全に風の力をモノにしたって感じかな?」



 本当は耐性を高めるための実験だったんだけど、怪我の功名っていうのかな。

 そう言えば部長が言ってたのってこれかも……。


 これで無魔状態なのは巌くんだけか。


「ありがとホッくん! ずっと悩んでたから……これで二人に迷惑かけなくてすむよー!」


 そういって如月さんは僕の両手を握ってきた。 


 ……しかし風が強い。

 ほら、スカートを押さえないとまた……。


「文華……。隠して……」


「……!」


 凍上さんに指摘され、再び慌てて隠す。



「……ホッくん。ラキスケが過ぎるよ……。『MeLUCKミラクる』じゃないんだから……」


 ミラクル……?

 なんだろそれ……。



「コホン……。それ、風止まるよね? ずっと出っぱなしじゃないよね?」


 まさかとは思うが、MA展開してなくても風が吹き荒れてたら逆に周りが迷惑してしまうだろう。


「……止まんない。今は止まる気配ない……。でもまぁ今だけじゃない? そのうち制御できるっしょ」



 ……軽い。



 でもこれで体育祭はかなり優位になったはずだ。


「まぁ如月さんは風が戻って、火の通り道もできたし。あとは凍上さん……だね」


 そう言って凍上さんを向く。



「はい」



「準備できてるみたいだね……。じゃあ始めるよ……」


 そうは言ったが超緊張する。


 好きな人の手を握るということ。

 それがどれだけ大変なことか。


 震える手を抑えて一度呼吸をする。

 緊張する手でそっと凍上さんの腕を掴んで火を流そうと試みた。



 ――が、入らない。


 緊張しているからだろうか。

 何度か試そうとするが、つっかかる……と言うか抵抗があって入っていかない。



「あ、あれ……おかしいな」


 如月さんには通った火の通り道が凍上さんには通らない。


「あれかな、もしかして私の属性のせいかな……」


 あー、なるほど氷。

 でもそれなら逆に溶かして通ってってもおかしくないと思うんだけど……。


 ……いや、怖いな。


「火力を上げて無理して通そうとするとどうなるかわからないからやめとこう……」


 よくよく考えたら氷属性の人の体に炎を通してったら……どうなるかわからないよね。

 ダメージがあったり属性が変わっちゃったり……はしないか。


 ……ちょっと落ち込みかけたが、


「大丈夫大丈夫! あたしの風があるじゃん。今ならきっと余裕~!」


と如月さんが言ってくれた。


 確かにこれで僕が考えていたピースがほぼほぼ埋まったのだ。


「じゃあ如月さんの風も含めて考えた作戦をやってみようかな。準備してから河川敷にいこう」







 そう言って2人を河川敷に連れ出した。


 2人とも持ってきていたジャージを僕の部屋で履き替えている。

 もちろん着替えの時、僕は外に出ていた。


 僕の部屋で2人があられもない姿になったかと思うと……。



 なんか最近僕、おスケベだな……。

 気を付けよう……。



「それでー、どんな作戦なのー?」



 2人に僕の考えを伝えた。



「……ほほぁー……いいじゃん。面白そう!」


「私は皇くんに一任してるから」



 承諾は得られた。



「だけどさ、あたしからも火を出して……服とか溶けないよね?」


「あっ……だ、大丈夫だよ! ちゃんと溶けないところから見えない火を出すから」


「ふーん。じゃあ早速やってみよ!」


 そう言って僕の両脇に2人が並んだその瞬間、重大なことに気づいた。




「……りょ、両手に華……」




 ついつい思ったことをそのまま口にしてしまった。

 2人は顔を見合わせた。



「ぷっはっはw なにそれ! うまw 『華々はなか文華ふみか』ねw あっはっはww」


「今のは面白かった。皇くんに85点」


 いやそうじゃなくて、焦ってるんだよー!

 こんな可愛い子2人と肩を組んでたら絶対誰かになんか言われそうじゃないか……。


 ま、まあ、こんな時くらいしか女の子と触れ合えないか。

 トホ……。



 改めて覚悟を決めて2人と肩を組んだ。

 こんな体験、この先二度とないだろう。


 もう半ば、やけくそ混じりだ。




「じゃあ行くよ、3,2,1,GO!」




 自分から衝撃のある火を射って加速した。



ドォ!



 次に如月さんは両端の2人の前方の気圧を下げる。



ヒュウウ!



 そのお陰で、僕だけが飛び出さないよう2人を風で押し上げてくれる。



 最後に凍上さんは僕たちの1m先くらいまでの地面を凍らせる。



 もはや走ると言うより、飛行機が離陸するような感じで滑っていく。


 だから自分たちはバランスを取るだけなのだ。




 如月さんが何か言っているけど聞こえにくい。

 この速度はゆうに時速100kmを超えているんじゃないか?



 ……さてどうしたものか。

 河川敷の端っこから、折れ曲がったポールを越えて橋の下まで来てしまった。



 あ、どうやって止まろう……。


 このままじゃ橋にぶつかる!!




「【アイスレーン】!」


 ぶつかると思った瞬間、橋の手前で氷が目の前に現れた。

 凍上さんが機転を利かせて出してくれたのだ。



 そのお陰で橋にぶつかることは避けられたが、今度は空中に放り出されてしまった。


「〘颯舞〙……!」



 今度は如月さんが臨機応変に風を使い、ゆっくりと地面に降りることができた。




トン……




「……あのさホッくん。……止まること、考えてた?」


「ごめん、全く考えてなかった」


「……ふふふっ! あはは!」



 凍上さんが笑っている。

 また大笑いだ。


 よく笑う子なのかクールなのか謎多き美少女だ。


 如月さんはポカンとしていたがすぐに、


「……まぁ思いつきだけで行動するのはこの際いいとして……。今ので優勝できないわけなくない? ヤバすぎ、絶対いけるっしょ!」



 そうは言うけど、他の生徒ももしかしたら似たようなことをやってくるかもしれない。

 まだ油断はできないな。







 その日はそれで終わりにした。


 安定した感じはしたので、本番前日にもう1回打ち合わせと練習を兼ねて集まり、それまでは各自トレーニングをするように決めた。


 家に戻ると爺ちゃんが薪を割りながら帰りを待っていた。



「ホッホ……焔よ。どっちなんじゃ? ギャルの方か? ロリ巨乳の方か?」


「◎△$♪×¥●&%#⁉ ぼ、僕はただ体育祭の練習を!!」


 爺ちゃんの冷やかしタイム再び。



 ……でも冷静になって考えた。


「……それに2人共、僕のことなんか何とも思ってないよ……」



「……フム。そうでもなさそうじゃったがの。特にあのギャル……グイグイではないか」


 何を言ってるんだ。

 如月さんも最初、僕を厄介者としか見てなかったはず。

 村富さんだって未だにジト目で見てくるのに……。



「それはきっと爺ちゃんの勘違い……ってかどこから見てたのさ! 午前中用事があったんじゃないの⁉ まさか部屋を覗いてたんじゃ……⁉」


「ひょほほ! さ、稽古じゃ」


「……く、もう知らない!」




 雑念を振り払うように特訓に集中した。









 三人四脚について浴槽の中で思い返していた。



チャプ……



 凍上さんの氷の精度……。

 最初にみた氷と今回の氷、印象的には全く別物だった。


 最初の頃は氷全体が白っぽくていかにも冷たい氷!って感じがしていた。

 でも最近の氷はすごい透き通っていてなんか……儚さを感じるんだよな……。


 無魔の僕が何言ってるのって言われそうだけど。



 ……それに凹凸がなくてキレイな平らで、しかもかなり薄かった。

 薄いのに氷が割れなかったということは、強度をかなり上げたのだろう。

 氷を厚くしたらその分高さがでて、周囲からのヘイトをモロに受けるかもしれない。


 それを全部考えて……?

 でもそんなことをしていたら負担がかなりいくんじゃないだろうか。


 ……でも今の僕は2人に頼るしかない。

 僕一人の力なんてほんと、取るに足りないちっぽけなものだ。



 だからこそ、仲間の力を合わせて信じたい。

 こんな僕でもやれるってところを……彼に、彼女に。

 そして、いつも自信がなくて弱気で、自分自身のことが大嫌いだったあの頃の僕に……。




 認めさせたい。

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