火の能力者である俺が異世界転生したら火属性の敵しかいませんでした。辛……

知己衛吉

〜転生まで

第1話 嚆矢濫觴(こうしらんしょう)

ザバァ……バシャバシャ……




 僕は自分の体にガソリンをかけえると手を伸ばし、目の前で指を鳴らした。




パチン……ボッ……




 点火てんかした炎が視界をまたたく間に赤くめ上げる。




「あ……っ……く……」




 周囲の空気が燃え、酸素を取り込むことが出来ず息苦いきぐるしさで倒れこんだ。


 このまま死ぬんだという感覚におちいる。






 ただ、両親と同じような死に方は本望ほんもうだと思った。



 燃え盛る炎の中、熱さはあまり感じずむし安堵あんどしていた。






 こうするしかなかった。


 もう、この世界で生きている意味はない。




 倒れこんだ僕はあわてふためく男たちに目をやる。


 上着を脱いで僕の火を消そうとしている。






 動かない体と薄れゆく意識の中、周りの事を考える余裕がなくなっていた。






*****






 小学校に入ってから数か月経ったある日、まだ幼かった僕に一つの隠し事が出来た。



 その秘密とは……。



 何のことでもない。

 火を出せることであった。



 鼻をかんだ後のゴミを捨てるのが面倒くさくて「消えないかなー」と手で叩いたら、燃えて跡形あとかたもなく消えたことでこの力に気づいた。


 先日テレビでた手品のように、いきなり火が出たのだ。



 当然ながら、本当に燃えると思っていなかったので本気でおどろいた。


 好奇心こうきしんかたまりであった僕は、ワクワクしながら色んな火の出し方をためした。



 ただ、普通では考えられないことだったので誰にも言えず、自分だけの秘密にしていた。




 あ、でも小学3年の時かな。

 一度母親にバレたことがあったっけ。


 部屋で火を出す練習をしていたら、たまたま見られてたようで……。


 母さんは「他の人には言わないほうが良い」って言ってたっけ。



 だけどしゃべりたくなってつい、1人の友達にだけ話しちゃったんだ。



 そいつは「凄い!」とか「うらやましい!」とか言って興奮こうふんしてたけど。



 ……その時は信用できる親友だと思ってたからね……。

 「誰にも言わない」って約束してくれたし。

 確かにそのことは誰にもバラしてはいなかったと、今では思う。




 当時読んでた漫画とかハマってたゲームに火を出すキャラクターがいたんだ。

 僕の、ライターみたいなちっぽけな火とは違ってド派手ハデでさ!

 敵を倒すための炎ってすごいカッコいいなって思ってた。


 火を出せるっていう共通点きょうつうてんで、ちょっとはあったのかもしれないな……優越感ゆうえつかん



 他の人に出来ないことを自分がやれるっていうのは「もしかして自分が選ばれた人間なんじゃないか」って。


 それがきっと、「この先なにかの役に立つんじゃないか。この力で正義の味方にもなれるんじゃないか?」って……。



 あの時の僕は本気で思ってた。




 でも現実は違った。

 この世界では何の役にも立たなかった。


 それがあったところでその力をふるえる場所が無かったら結局、普通の人となんら変わりない。






***






 あまり言いたくないんだけど……。


 小学校の3年生後期くらいからいじめにあってて。



 最初は僕の親友がいじめられてたんだ。

 さっき言った唯一、火のことを喋っちゃった友達ね……。


 何で仲良くなったかは忘れちゃったんだけど。


 その子はあまり喋らなくて、よく周りから「何考えてるかわからない」とか「閉じこもり」とか言われてたんだ。



 でも友達がいじめられてたらあまり良い気はしない。

 僕にまで「お金貸してくれない?」とか相談してきてさ。


 親友にお金の相談をするってよっぽどのこと……。

 その時はまだお互い小学生だったんだよ?


 話を聞いたら、いじめてる奴らがお金を巻き上げてたっぽくて。

 僕が友達に代わっていじめてる奴に言ってやったんだ。



「アンジをいじめるのはやめろ! これ以上いじめるなら僕が相手になるぞ!」



 ……だったっけ?

 あ、アンジってのは友達のことね。

 言い方は忘れたけど、そんな感じのニュアンスで言ったんだよね。


 でも案の定、今度は僕に矛先が向いて。



 うちの父親の家系は一応、空手でも剣道でも何かしら習うしきたりになってたんだけど。

 僕はそれにそむいて「やりたくない」って言って、何も習わず過ごしてきたツケが回ってきたのか。

 なんか正義感だけが突っ走っちゃって。



 そりゃ一方的にボコボコにされたよ。

 手が出る喧嘩けんかなんて初めてだし、僕よりでかい高学年の人が何人もやってきてさ。



 自分で言うのもなんだけど、僕は相当弱いと思う。

 体力測定でも握力なんかの筋力系きんりょくけいは全然ダメだし……。



 結局、一方的になぐられた。

 その後、いじめっこ達は僕の親友にこうけしかけたんだ。



「これ以上いじめられたくなかったらお前もこいつを殴れ。そしたらお前はもう見逃してやるよ」



 アンジは少し考えてから僕を殴りつけた。


 その日から地獄じごくの始まりだった。



 僕の火の力も少しずつ上がっていたから、能力を使っておどかしてやろうとか仕返しをしてやろうとか……。

 少しは思ったさ。



 でもね。



 結局それをやったらいじめっこと一緒だし、その人の親とかが警察に相談でもしたら自分の立場がもっとあやうくなるじゃない?


 捕まって牢屋ろうやに入れられたり研究所に連れていかれたり……って変なことまで考えちゃって。



 だから我慢するしかなかった。




 そんな中でも普通の小学生として自分なりに頑張ってたつもり。

 僕にだって楽しいことはあったよ。



 ……運動と勉強。



 ちょっとうそっぽく聞こえるかもしれないけど、それらを集中してやってる時は色んな事を忘れられるから丁度良かったんだ。


 サッカークラブに入って一日中ボールを追いかけたり、勉強ついでに字の練習に明け暮れたり……って両立しててさ。




 最初は「きっと自分の頑張り次第でどうにかなる、努力はむくわれる!」って思ってたけど、運とか境遇とかっていうのは自分が意識したところで変わらないものなんだよね。


 過酷かこくな練習にえて誰よりも上手くなってると思ってたんだけど……。



 結局、サッカーでは一度もレギュラーに選ばれず、字の綺麗きれいさや頭の良さよりも明るい性格で皆に愛想あいそうりまいている人の方が好かれた。


 まぁいじめられてる奴と仲良くするわけないか。

 僕に話しかけたら今度はその人もターゲットになりかねないし。



 そしていじめは段々だんだんとエスカレートしていく。



 最初のうちは、帰ろうとしたらくつがぐしょぐしょに濡れたりなくなったり、体育から戻ってきたら筆箱の鉛筆が全部折られてゴミ箱に捨ててあったりもした。


 いじめの定番である画鋲がびょうが、靴や椅子といったいたる所に仕掛しかけられたりもした。


 他にもいっぱいされたけど一番つらかったのは、僕と話をしただけでその人もお金を取られたりたたかれたりしたことだ。


 周りの人にまで危害きがいおよんでしまったことで、僕と喋ってくれる人は本当に誰もいなくなった。




 そんなわけで一人で過ごす時間が多くなった。


 靴がないので裸足はだしで走り込んだり、空をノートに見立てて指でなぞったりして字や漢字の練習をした。



 結局、いじめは収まることなく僕の不運は続くのであった。






***

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