バスに乗って。
駅前に集まった男女六人、乗り込んだのは電車ではなくバス。最後尾に四人、その前の左側の席に二人。俺とまちが兄妹だということで、前の席には自然と俺達が座ることになった。窓際の俺の後ろになぎさ、そこから右に向かって菊原さん、裕二、直也と続く。
バスの背もたれは高く、後ろを振り返ろという気にもならず、俺はひとまず盛り上がる会話を聞くだけに回っていた。隣のまちはといえば、上半身をぐりぐりとひねっては戻し、みんなと話したり俺と話したりと大忙しだ。人懐っこいまちは、子犬のように上級生にまとわりついていく。
家と学校ばかりの生活だった俺にとって、知ってる町の範囲はごくごく狭い。バスが十分、二十分も走れば、見慣れた町並みはすっかり過ぎ去り、しかしそれでも代わり映えのしない風景は続いていく。
住宅街を抜け、田園風景を抜け、やがてバスは大きな緑地公園へと入った。
緑豊かなその公園は、百ヘクタールを超える面積を有し、様々なレジャー施設と共に、それを縫うように走る小川が名物の人気スポットだ。
公園とはいってももはや大きなテーマパーク。遊具だけじゃなく、テニスや野球場、アスレチックコースや遊歩道など様々な施設がそろっている。
俺達の目的は、その中でもデイキャンプ場である。入口からほど近くの駐車場にあるバス停で降りた俺達は、一時間ほどの道のりに凝った身体を動かし解きほぐしていく。
デイキャンプ場では管理棟でいろいろと売っているらしく、ほぼほぼ手ぶらでいいとのことで、各々持っているのは小さなバッグ程度だ。
都会ではないにしろ、余り町から出ることのない俺達にとって、こんな緑地公園でももはや「大自然」だ。きれいだなぁと見回せば、その穏やかな色合いに目の奥がじんと沁みるような優しさを感じる。
木々の緑。花壇だけに留まらず、自生する花々も。吹き抜ける風はどこか清涼感を伴い、ついつい深呼吸をしたくなる。
「いいとこだねぇ」
「だなぁ」
隣を歩くまちがしみじみと呟けば、俺もまたしみじみと同意する。子供だけで育ってきた俺達にとって、バスで一時間のこの公園も立派な
でもやっぱり、対等な友達と
ここまでの道のりで一通りの自己紹介は終えた俺達だけど、初対面の面々には改めて思うところがあるようで。
「……あしなげー」
菊原さんが、先頭を張り切って歩くまちを見ながらポツリとこぼす。
「ガチアイドルなんだね」
「ガチアイドルなんよ。ドマイナーだけど」
「スタイル良すぎ。顔ちっさ。ただのパーカーがあんな似合うことあんの?」
「自慢の妹ですよ」
「あれでめっちゃ素直ないい子だっていうのが信じられない。アニメのキャラなの?」
「実在しとるわ」
これでもかと褒めちぎってくれる菊原さんに、なんだか誇らしいやら恐縮してしまうやら、複雑な気持ちだ。それとも少しくらいの皮肉も込められていたりするんだろうか。鈍い俺にはよくわからず、やっぱり素直にありがとうとしか言えなくなってしまう。
なぎさは、そんな張り切るまちの横を歩いている。裕二と直也が二人、それに続く。お前ら「チャンスだ」とか言ってたくせに、なんで男二人で固まっちゃってんだ。
「見かけめっちゃ大人っぽいけど、ちゃんと年下だよね」
「な。上背もあるから、ギャップすげーんだよな。慣れてるけど」
「なぎさと並んでるとほんと、頭一つ違うし。ちょうど遠野くんと同じくらいだよね」
「だね。もう何年かしたら、大人っぽいって評価もなくなるだろうから、そっからだなぁ」
「めっちゃ心配性」
「妹のことは心配だろうが」
そうねと笑う菊原さんに、なんとなくなぎさと同じものを感じてしまう。
いやわかってる。さすがに自覚した。俺はシスコンで、周りから見れば奇異に映るであろうことは。
それでもこれまで重ねてきた生き方を修正するのも難しく、まちが行動するたびそれを目で追いかけてしまう。走り出すと転ばないかとハラハラするし、重いものを持てば取り落とさないかとドキドキする。それでもまちは、そうやって走り出したり重いものを持ったりするのが好きで、そんな時に一番輝くものだから。
やっぱり俺は、傍にいて支えていてやりたいと思ってしまうのだ。
「そういえばそのバッグ、昨日言ってた?」
「ああ、うん。一番心配だったの菊原さんだったけど」
「全然。なぎさから話聞いて、なんならめっちゃ楽しみにしてたよ」
「なら、よかった」
まちを支えるために培ったスキルは、それなりに日常生活の助けにもなっている。
料理は言わずもがな、家事スキルはそもそも誰が生きるにしたって必要なものだ。こうして馴染のない女友達との会話も、少なくとも気負わずにはできている。
その中の一つ、お菓子作り。持ってきたスポーツバッグには小さなクーラーボックスが入っていて、今朝作ったばかりのスイーツが六人分、保冷剤とともに入っている。
「まぁ、今回はシンプルなもんだから、味についてはそこまでかな」
「へー。でもアップされてる写真はいくつか見たよ」
「マジ? まちのやつ、いつのまにか勝手に撮ってやがって」
「いいじゃん。閲覧数はそこまでじゃないのに、いいねばっかめっちゃついててウケた」
「アイドルが変なら、ファンも変だよなぁ」
「筆頭が目の前にいるってのに」
送る視線の先、まちと会話するなぎさの姿。まだまだガチガチに硬くはあるけれど、それでも笑顔だ。いつのまにか隣に並んでいる裕二と直也も交えて、その中心にまちがいる。
「でも、なぎさと会えてよかった。その点はまちちゃんに感謝かな」
「いつのまにそんな」
「え、別にきっかけとかないよ。でもほら、ウチらみたいなんって、あんまり周りにいないじゃん?」
「あー……確かに。俺が縁ないだけかと思ってたけど、思い返してみると」
「そうなんよ。だからいろいろ気が合うなぎさといると、楽なんだよねー」
言うなれば「ギャルっぽい」。進学校ってほどでもないけれど、それでも真面目なキャラが多い学校で、ルールが緩いにも関わらず不思議と黒髪が目立つような。一年の時一緒だったはずの菊原さんは、俺にとっても馴染みのない女子だった。
「こうして話してるのも、まちきっかけかぁ」
「そうなるねぇ。大人しそうに見えてアイドルとかしてるし、意外にもアクティブなんだね」
「だなぁ。俺の方がずっと内向的というか、家のことばっかだ」
「ま、だから安心できるってのもあるんじゃない?」
「……だといいけど」
本当、そうだといいな。まちがどこにでも走っていって、いろいろなものを持ち帰ってきても、また明日には平気な顔して走っていく。その理由が「俺がいるから」であれば、そんなに誇らしいこともない。
遊歩道はアスファルトから土の道へ。いよいよ林の中を歩く俺達に、木漏れ日がカーテンのように降り注ぐ。ゆらゆらと風に揺れながら、時折影を落としてはまた光の粒を散らした。この林を抜ければ目的のデイキャンプ場だ。
スマホを取り出した菊原さんが、木々から漏れる光のカーテンに包まれる友達を、一枚絵に収める。撮れた写真を見ては笑みを一つ、「うん」と頷いた。
「いい感じ。エモい」
「え、見せて」
「見たまんまだよ。加工とかしてないもん」
「写真で見ると印象変わったりするじゃん」
「しょーがないなぁ」
差し出されるスマホに顔を寄せて見てみれば、確かにいい写真だ。笑みがこぼれて、頷きたくなる。
「アップするの?」
「後でまとめてね。あ、でもいいのかな」
「まち? ……あー、ちょっと微妙かも」
「だよね。じゃあ、アップはやめとこっか」
「ごめん」
「いいよ、今日は親睦会みたいなもんだし」
まちとなぎさだけならともかく、裕二と直也も一緒に映ってるとなるとどうだろう。いくら兄萌え系だとは言っても、見知らぬ男と映るアイドルはさすがにファンからの心象が良くない可能性は否定できない。
かといって、じゃあまちが映ってない写真だけアップしようとなると、どうにもそれは仲間はずれにでもなっているみたいで。
「風景だけの写真も撮っとくから、それでいいじゃん?」
「優しいわぁ」
「でしょー? 気が利くんよこれでも」
「自分で言っちゃうとこじゃないかなぁ」
「……でしょー?」
茶化してはみるものの、いい子であることはまったく否定しない。
そうして軽口を叩き合ううちに林が途切れ、注ぐ陽光に目を細める。見渡せばそこは少しばかりの丘陵になっていて、そこには既にいくらかの人が思い思いにデイキャンプを楽しんでいた。タープの下のアウトドアチェアで自然を満喫する人、少し早いけどもうバーベキューを始めている家族、駆け回る子供達――見るからに、楽しいが伝わってくる。
俺達はその足で管理棟に向かい、手続きと買い物をした。バーベキューの食材と道具、タープと薪に加え、それらを乗せる台車のレンタルまで。至れり尽くせりだなと感心しつつ、台車の運搬は男性陣からじゃんけんで選ぶことになった。
見事に敗北を喫した直也は、文句の一つもこぼさずに台車を押す。それなら最初から名乗り出た方が印象はいいだろうに、その半端さになんとも親近感を覚えてしまう。とはいえここでじゃんけんに乗らないってのも、ノリが悪いという扱いになってしまったりするんだろうか。あるいは、下心丸見えだ、みたいな。
あれこれ考えてみても、女心はわからない。ひとまずわかるのは、三人とも笑っているんだから、直也は一つも間違っちゃいないってことだ。
若いから、なんて殊勝な理由もなく、空いてるから。丘陵の下の方、遊歩道からほど近くに集まった俺達は、道具を広げていく。
近くを流れる小川のせせらぎが耳に心地良い。
慣れない作業に四苦八苦しながらも、準備は着実に進んでいく。時刻は午前十一時半。昼飯時まで、もうしばらく。
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