第35話 こんなはずじゃなかった
「私はアップルちゃんが一番好きだったものを持ってきています」
そう言って、カゴの中からアップルパイを取り出した。
皆、おぉっと言ってマジマジと見ていた。
「全部で十三個あります。一個はアップルちゃんに捧げるので、残りは皆さんで召し上がってください」
「君は食べないのかい?」
フクロウが首を傾げながら聞いてきたので、私は「皆さんとアップルちゃんとの思い出が聞けただけで満足です。そのお礼も兼ねてどうぞ」と微笑んで見せた。
私は立ち上がって、一匹一匹の前にアップルパイを置いた。
余った一個はアップルちゃんのと隣に置いた。
「では、お言葉に甘えて。いただきましょう」
鹿はそう言って、パクッと食べた。
すると、他の動物達も続けてい一口、また一口と食べていた。
「う、うまい!」
「これは絶品だ」
「なんて美味しさだ! こんなの食べたことがない!」
「こんなものをアップルさんは食べていたのか……羨ましい」
皆、私が作ったパイを美味しそうに食べていた。
だが、カラスだけは一口も食べなかった。
林檎の皮みたいに赤い目でジッと私と周囲の動物達を見ていた。
彼らは気づいているのか、はたまた無視しているのか、カラスの事よりもパイに夢中になっていた。
そうこうしているうちにパイを完食し終えた狼が私が食べずに残したパイに手をつけようとした。
「ちょっと待ってください! 公平に分けましょう!」
私はそう言って、カゴからナイフを取り出して、綺麗に十二等分にした。
狼は不満そうな顔をしていたが、礼儀正しく一切れだけ渡すと、手掴みでかじった。
「他にもおかわりが欲しい方がいらしたら、言ってください」
すると、キツネとタヌキがおかわりをしてきた。
私はキチンと一切れずつ乗せてあげた。
「俺もおかわり」
またしても狼が要求してきたが、まだ余裕があるので、もう一切れ渡した。
あっという間に私の分が無くなった。
すると、カラスが鳴いてパイの方をツンツンと指していた。
「もしかして、もらっていいの?」
私がそう聞くと、カラスは大きな声で鳴いた。
「だったら、俺が貰うぜ」
すると、狼が奪うようにパイを丸ごと取ってしまった。
食べている途中の者もおかわりをしようとしていた者も一斉に狼に注目がいった。
「おい、それはみんなのだろ! 返せよ!」
タヌキがそう注意すると、狼は「うるせぇ! パイは俺のものだぁ!」と言って抱きかかえてしまった。
「狼さん、やめて! こんな場で争いを起こしたらアップルちゃんが悲しみます」
私が悲しそうな声を上げて訴えるが、狼は「死んでしまった奴を祈ったって、言葉を捧げたって、俺の腹は満たされねぇんだよ!」と乱暴にパイにかじりついた。
「狼さん、今なら間に合います。どうか考え直してください」
鹿が冷静に促すが、パイを食べている事に夢中で一切耳に入らない様子だった。
彼の反応に鹿は深く溜め息をついた。
「仕方ない。残念ですが……」
鹿はキツネとタヌキ、フクロウ、ハチを見た。
彼と目があった生き物達は一斉に立ち上がって、ガツガツ食べている狼の側に近寄った。
私は何か良くない事が起きるのではないかと思い、「みんな止めて!」と森中に響き渡るくらい叫んだ。
が、時すでに遅かった。
一匹のハチが狼の首に刺したのだ。
「あがっ?! ぐ、ぐ……てめぇ! 何しやがった?!」
狼はすぐに異変に気づいたのだろう、鋭い爪でハチをぶった。
ハチは当たりどころが悪かったのか、そのままテーブルに激突して、体液らしきものがブシャッと出ていた。
この光景を見ていた動物達は悲鳴を上げて散り散りになった。
しかし、狼は素早かった。
急に獲物を狙う狩人みたいな顔つきに変わって追いかけっこを始めた。
狼の早いこと。早いこと。
まず、リスをジャンプして捕まえたかと思えば、逃げ惑うタヌキに向かって投げた。
それは豪速球の球のごとき速度でタヌキの胴体に命中し、風穴をあけた。
二匹とも死んでしまったのは言うまでない。
「い、いや〜! 素晴らしい腕前ですな!」
キツネが急に態度を変えて、ゴマをすりながら狼に近寄ってきた。
「どうです? 僕と手を組みませんか? そしたら、パイが食べ方だいぃあああああ!!!」
キツネが何としてでも私のパイが食べたいのだろう、共闘を持ちかけていたが、狼にかぶりつかれてしまった。
キツネは絶叫した後、暫く痙攣し、ガクッとうなだれてしまった。
狼はキツネの肉を美味しそうに食べた後、枝をバサバサと乗り移っているフクロウに目が行った。
狼はヨダレを垂らしながら向かおうとするが、鹿が立ちふさがった。
「これ以上、罪を重ねるのは止めなさい。あなたがやっている事は生存するための捕食ではなく、快楽のために狩りをする人間どもち大差変わらないですよ」
「うるせぇ! 俺に指図するなぁあああ!!!」
狼は咆哮した後、鹿に飛びかかった。
鹿は大きな角で狼に向かって、突進した。
両者、傷だらけになりながら格闘した。
私はそれを見る事しかできなかった。
その間、生き残ったフクロウと蝶、小鳥は空が飛べるからか、うまく逃げ出す事ができた。
カラスはとっくに姿を消していた。
私は……どうすればいいのか分からなかった。
目の前で起きている事が夢であってほしかった。
ここでもしローリエがやってきたら、もしかしたらこの騒動が収まったのかもしれない。
だけど、もう手遅れだ。
鹿と狼との激闘は続き、テーブルの上に綺麗に置かれていたアップルちゃんへの贈り物は地面に散乱していた。
枝で作った冠と綺麗な花は芋虫と共にグチャグチャに潰されていた。
アップルちゃんを模した木の彫像とピカピカの石は狼の武器に使われていた。
蜂蜜と木の実、茶葉はイノシシが全部平らげていた。
獣の咆哮と奇声が入り混じる森の中。
鹿がガンッと角で狼の左眼を貫いた。
「ぬがぁああああ!!! あっ、がっ、くそっ!」
狼はお返しとばかりに石を投げつけた。
それが鹿の右目にあたって、ひるんだ。
その隙を狼は逃さなかった。
狼は自分で刺さった眼を引っこ抜くと、彫像を使って鹿の腹部を叩いた。
何度も、何度も、何度も。
鹿は軽い悲鳴を上げていた。
狼はトドメとばかりに噛みつき、
それが決定打となって、鹿は息絶えた。
狼はよろめきながら立ち上がって、血まみれの口元を拭った。
「ぐふふふ……パイは俺のもっ?!」
だが、イノシシが不意をついて、狼に激突した。
狼は完全に夢中になり過ぎたのだろう、バタンと地面に倒れた。
イノシシは助走をつけて、狼に向かって突進した。
彼の口周りにある無数の牙が狼の顔にあたった。
イノシシの角には血肉が付いていたが、彼は物足りないのか、また少し下がって狼に突進した。
何度も何度も同じ事を繰り返した。
そして、彼が息絶えたと分かったら、血まみれの鼻をフガフガと嗅いで動き回った。
そして、中身が漏れているパイを美味しそうに食べた。
つづく。
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