第15話 わ、私と王子は決して婚約者とか恋人とかじゃありません!

「アップルちゃーーん!!」

 私が彼の名前を呼ぶと、ようやく気づいたのか、ゆっくりと私達の方を向いた。

「おぉっ! 誰かと思えばユキじゃないか!」

 アップルちゃんは嬉しそうに立ち上がって、私にも近づいてきた。

 王子は怖いのか、ギュッと私の腕を掴む力が強くなっていた。

「えっと……君はもしかしてシナーノ王子かい?」

 熊は彼の方を向いて聞いていた。

「は、はひっ! シシャーモ王子様です!」

 王子は緊張していたのか、変な感じで噛んでしまった。

 これに私とアップルちゃんは大笑いした。

「君は愉快だね。さぁ、適当な所に座りなさい。今、美味しいハーブティーを淹れてくるから」

 熊はそう言って机の上にあった松明を持つと、洞窟の奥へと向かっていった。

 私と王子は適当な所で腰を降ろした。

 座り心地は正直悪かったが、王子の隣だからか、そんなに気にならなかった。

「あの……本当に喋れるんだね」

 シナーノはまだ夢を見ているかのような顔をして、私に話しかけてきた。

「うん。不思議でしょ? 見た目は大きくて怖いかもしれないけど、とっても優しいから安心して」

 私がそう言うと、彼は「君を信じるよ」と笑顔を見せた。

「はーい、おまちどうさん」

 そこへアップルちゃんが戻ってきた。

 カップとティーポットが乗っかったおぼんを頭の上に乗せて運んできた。

 熊は松明を壁に立てかけると、おぼんを手に取って、慎重に胸元まで下げる、私達の近くまで持ってきた。

「はい、どうぞ」

 熊は私と王子の前に空のカップを置き、ポットから紅茶を注いだ。

 とても良い香りが鼻に抜けた。

「さぁ、火傷に気をつけて」

「いただきます」

「ありがとう。ちょうだいするよ」

 私達は紅茶を一口啜った。

「ん?! とっても美味しいです……あれ? 蜂蜜の香りがします!」

 王子は気に入ったのか、何度もカップの中に口を付けた。

 熊は嬉しそうに笑った。

「そんなに気に入ってくれて嬉しいよ。ユキはどうかな?」

「はい、最高です!」

「そうか、そうか! ハハハ!」

 熊は少し照れているのか、何度か頭を撫でていた。

「私の所へ来たという事は……二人は結婚するのかい?」

「ぶふーーー!!」

「ブシューー!!」

 アップルちゃんから思わぬ事を聞かれたので、二人同時に口から紅茶を噴き出してしまった。

 私達は咳き込んでしまった。

「おいおい、大丈夫かい?」

 熊は背後にまわって、私達の背中を優しく撫でてくれた。

「あ、ありがとうございます……」

「ちょっと変な所に入っただけだから……ケホッ、大丈夫です」

 私と王子は若干苦しそうな声で熊にお礼を言うと、彼は「そうかい。だったらいいんだけど」と言って元の場所に座った。

「まぁ、さっきのはほんの冗談のつもりだったんだけど……まさか、本当に……」

「いやいやいやいや!!」

「違います! 違います!」

「ぼ、僕達はまだ会ったばかりで、ほんの仲の良い友達みたいな関係ですから!」

「そ、そうなんです! 私と彼は単なる友達です!」

 私と彼は必死に婚約者じゃないという事を訴えた。

 アップルちゃんは「ははぁ、なるほど。ふーん、ふん。そうか、そうか……」とニヤッと笑っていた。

「君達がそう言うのなら、そうかもしれないな。確かに結婚は少し早すぎたかな……じゃあ、恋人同士という事かな?」

「ぶほっ!!」

「ぐほっ!!」

 私と王子が一息つくために紅茶を飲んでいたら、熊がまた刺激的なワードを出したせいで、再びむせるはめになってしまった。

 この反応にアップルちゃんは大笑いしていた。

 絶対に今のはワザとでしょ。

「ハハハハハ……本当に君達は愉快だね。うんうん、息ピッタリだし、相性は抜群……」

「アップルちゃん!」

 私は頬を膨らませてムッとした顔をした。

 熊は「ハハハ! すまない。つい君らの反応が楽しくて、おちゃめが過ぎたかな」と頭を撫でていた。

「アハハハ!!」

 すると、今度は王子が笑う番だった。

「君のむくれている顔、口の中に頬張ったリスみたいで可愛いね!」

「かわ、か……」

 また『可愛い』と言われてしまった。

 一気に顔が赤くなる私に、また王子は自分の口から出た言葉に赤面していた。

「あぁ、若いっていいね……」

 アップルちゃんは私達の反応に何を感じたのか、腕を組んでシミジミと眺めていた。

「あ、あの、アップルさん」

 王子はハッと思い出したような顔をして熊の方を向いた。

「何かね?」

「あの……彼女の呪いについてなんですか……」

「ほう」

 シナーノの言葉に熊の表情は一変した。

 私も背筋が伸びた。

 彼、もしかして、私が『呪われている』っていう話をするのかな。

「君はどうなんだい? ユキは呪われていると思うかい?」

 熊は穏やかな声で聞いていた。

 王子は「彼女の話を聞いた限りではそうとしか……あ、あのっ! 僕は彼女の助けになりたいんです! 彼女がもし生まれた時から呪いをかけられているのだとしたら、何としてでも……」

「分かった。分かったから、落ち着きなさい」

 彼は急に熱が入り、アップルちゃんに自分の思いをぶつけていた。

 これに熊は静かに受け止めると、思案にふけった顔をして顎をかいた。

 私は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていた。

 あまりアップルちゃんとはこういう話はして来なかった。

 いや、彼の方は知っていて、あえて話題に出さなかったのだろう。

 私の呪いついて、熊が何を言うのかと思うと、今にも破裂してしまいそうだった。

「……君がもし本当にユキの友達ならば」

 熊が厳かな声で話し出した。

「これから私が話す事を人には言わないと約束できるかい」

「はいっ! もちろんです!」

 シナーノは金色の瞳でジッと彼を見ていた。

 アップルちゃんも王子と見つめ合った後、私の方を向いた。

「君も覚悟はいいかい」

「は、はい!」

 私は緊張のあまり、声が裏返ってしまった。

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